第4話 訪れた転機②

 謎の美女から封筒を受け取ってからしばらくした、数日後。


『二年B組、鍋敷なべしきりき君……鍋敷力君は、昼休みに職員室へ来るよう、お願いします……』


 平日、中学校で授業を受けていると。

 校内全体に流れるアナウンスで名前を呼ばれ、身構えていた僕は肩を強張らせる。


「おっ、また名指しでの呼び出しじゃ~ん、ヒーロー!」


「今回もまた、ネットニュースのインタビューなんじゃねーの?」


「は、はは…………」


 同じ放送を聞いていたクラスメイトは笑顔で僕を茶化すが、僕はぎこちなく笑うことしかできなかった。


 今、僕が名前を呼ばれた意味……その真意は、僕だけしか知らなかった。


 昼休み。

 僕は給食を手短に済ませて、そそくさと職員室へと向かう。


 たどり着いた職員室に隣接する校長室の前には、深く刻まれたしわが特徴的な教頭先生が立っていた。


「来たね、鍋敷くん。指定の場所まで私が案内するから、ついてきなさい」

「は、はい……」


「就任してから一度も笑ったことがない」と噂されている教頭先生でさえ、その顔からはわずかな緊張がにじみ出ている。


 これから僕が迎える展開は、それだけの重要度を秘めている。

 そう再認識するのと同時に、僕は脇をきゅっと引き締めた。


 とある部屋の近くまで差し掛かったところで、見覚えのある顔の女性に出くわす。


 先日、閉店間際の喫茶店にやってきて、書簡を渡してきた燕尾服の美女だ。


「教頭先生、案内ありがとうございます。ここからは私が引き継がせていただきます」

「よろしくお願いします」


 この学校において、教頭先生はそれなりに偉い役職のはず……だというのに、美女に圧倒されているのが見て感じ取れた。


「それでは鍋敷さま、私とともに向かいましょう」

「お、お願いします」


「さま」呼びされることに若干のむずがゆさを覚えながらも、僕は姿勢正しく歩く美女の後をついていく。


 そして、とある部屋にたどり着いたところで、僕たち二人は歩みを止める。


 来賓室。

 僕たち生徒とはまるで無縁な、いつも小綺麗で豪華な部屋だ。

 何かしらの行事のときに、市長がこの部屋に入っていくのを見た気がする。


「それでは鍋敷さま。この部屋に入室される前に、簡単なボディチェックを行ってもよろしいでしょうか」

「へ?」


 僕が間抜けな声で反応する間もなく、女性は俊敏な動きで僕の体をパタパタと障っていく。


 キラキラと煌めく銀髪、芸術品のような美顔、そして慎ましくも女性的なラインが目立つ体が急接近するたび、女性に耐性のない僕はドギマギさせられてしまう。


「ふむ、不特定な危険性を含んだ機器の存在は確認されませんでした。入室をお願いします」


「あ、ありがとうございます。………と、その前に」


「?」


「な、名前をうかがっても、いいでしょうか?」


 きょとんとする女性を前に、僕は至極まっとうな質問をぶつける。

 以前からある程度面識があるはずなのに、今まで僕は彼女の名前すら認知してなかったのだ。


「…………これは、失礼いたしました。私はボディーガードの増田ますたと申します。以後、お見知りおきを」


「増田さん、ですね。よろしくお願いします」


 恭しく礼をする増田さんに、僕はぺこりと頭を下げてから、おずおずと来賓室に入室する。




「…………君が、鍋敷力くんだね?待っていたよ」


 僕を出迎えてくれたのは、齢五十歳前後とみられる初老の男性だった。


 オールバックにまとめた透き通るような白髪に、高い鼻と彫りの深い顔つき。顔に刻まれた幾つもの皺は年によるものだろうが、日本人離れした黄色い瞳孔からは活力に満ちた眼光を放つ。


 ダークブラウンを基調としたセレブリティなスーツを身にまとい、腕を広げてこちらを出迎える姿はまさに、アメリカを象徴するハクトウワシを擬人化したようだった。


「は、はひゅ…………っ!」


 この男性、ただものではない……!


 そう直感したぼくは、いつの間にかカラカラに乾いた口で間抜けな返事をしていた。


「ハハハ、そんなに緊張しなくていいよ。君をここに招いたのは誰でもない私だ。ぜひ君とは、建設的かつ友好的な会話をしようと思っているからね」


 男性に招かれるまま、僕は向かいのふかふかとしたソファに座る。

 高級店から取り寄せたような茶菓子がテーブルに配備されているのは、学校側の配慮だろうか。


「はじめまして、鍋敷力くん。私の名前は白雪しらゆき峯央みねお。とある学園で理事長を務めている。今日この面談を検討してくれたことに感謝しているよ」


「は、初めまして、鍋敷力です……よろしくお願いします」


 白雪さんが差し出してきた右手に対し、掌から噴き出た手汗をハンカチでふき取った後に仰々しく握り返す。


 僕がこれほどまでに緊張しているのは……目の前に座る白雪さんが放つ、圧倒的なオーラによるものだった。


 ヒナを護る親鳥のような圧倒的包容力と、鳥の王者である大鷲が放つような圧倒的強者感……ただ年を重ねるだけでは決して身につくことのないだろう二つの威光を、白雪峯央はその全身から迸らせていた。


 目の前の白雪さんは、明らかに友好的だ。


 しかし、非礼と無礼が祟るようなら、人生が瓦解するほどの破滅が待ち受けるだろう。

 僕はそう予想し、未曽有の恐怖にガタガタと歯を震わせていた。


「増田によって、この辺りの人払いは完璧だし、盗聴の心配もない。……これから私が君にするのは、他言無用の重要な取引だ」


 白雪さんの背後から増田さんが入室するのを見て、逃げ道は断たれたと確信した僕はゴクリと喉を鳴らす。



「単刀直入に聞こう。鍋敷くん、君は……私が理事長を務める、煌櫻こうおう高等女学園に、初の男子学生として入学する気はないかい?」


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