第20話

 しばらくして、救難信号を出すアイテムが湿気ていた件を調べたユリウスにより、故意に使えないよう細工を施した犯人が結月であると特定された。




「結月先生が? 一体どうして?」




 古都子も晴臣も、なぜ結月がそんなことをしたのか分からない。


 それに答えてくれたのは、ソフィアだった。




「どうやら、私たちの班は巻き添えを食ったようです。ユヅキ先生の本来の狙いは、三班のリリナさんでした」


「泉さん……そう言えば」




 そこでようやく、理科実験室での出来事が思い出された。


 リリナは結月のSNSを見つけ出し、そこから結月が年下の彼氏と別れた事実を知った。


 そしてヒステリックに怒る結月を、からかうネタにしていたはずだ。


 この世界に来る前の騒動だが、ふたりがこの世界で出会ったことで、再び衝突した可能性もある。


 


「もしかして、そのせいで?」




 晴臣に確認をするが、どうやら晴臣は覚えていないようだ。


 おそらくリリナと結月の行動に、一切の興味がなかったせいだろう。




「三班のリリナさんの手に渡るはずだったアイテムが、なぜか四班のハルオミの手に渡ってしまって、今回の事態に発展したそうです。ユヅキ先生も、こんなはずじゃなかったと言っていたとか」




 三班に渡ったアイテムは、無事に救難信号を発することができたため、そこで結月は失敗に気づいたようだ。


 そして、よりにもよって王族が所属する班に、件のアイテムが配布されてしまう。


 


「いくら異世界人と言えど、ユヅキ先生の処罰は免れません。王族への翻意ありと、見なされる行為だからです」




 落ち着いたソフィアの声が、余計に罰の重さを感じさせた。




「結月先生は、これからどうなるのでしょうか?」


「魔法学園は懲戒処分により解雇、その後、本人に実刑が科されます」


 


 ただし、とソフィアが付け加える。




「ユヅキ先生とリリナさんの間に、何らかの確執があったのであれば、減刑の可能性もあります。それは今後の調査次第ですね」




 この世界の法律をよく知らない古都子には、どうしようもなかった。


 


 ◇◆◇




「リリナさまに逆恨みをするなんて、あるまじき行為ですわ」


「ようやく天罰が下ったのかもしれませんね」


「そもそも、ユリウス先生に懸想する、分不相応な方でしたから」




 姦しく結月を罵っているのは、リリナの取り巻きたちだ。


 職員の結月が生徒のリリナを狙って、野外活動中に狼煙が上がらないよう細工をしたことが、すでに生徒間にも知れ渡っていた。




「まったく、教師の風上にもおけないわ。これで結月先生は、外道に落ちたってことね」


 


 リリナにとって運がいいことに、結月は王家への翻意の疑いありとして、魔法学園をクビになっている。


 これで邪魔者がいなくなった訳だが、なぜかリリナは最近、ソフィアから見張られているような気がしていた。


 たまった憂さを晴らすために、古都子をいじめようとしていたリリナは躊躇する。




(しばらくは、大人しくしていようかしら? まだ、学園生活は二年以上もあるし……)




 卒業までに、ミカエルを落とせばいい。


 そう自分に言い聞かせて、リリナは一年生の間は息をひそめることにした。


 そして駒にしやすいように、取り巻きたちとの縁を深めるのに全力を傾ける。


 ハーカナ子爵家には、王子との仲は順調だと偽りの報告をし、必要だからと小遣いをせしめる。


 リリナはその小遣いをばら撒くことで、下位貴族の令嬢たちを陰から支配していった。




 ◇◆◇




 吐息が白くなる冬。


 晴臣の誕生日がやってきた。


 古都子は用意していたプレゼントを晴臣に差し出す。




「晴くん、お誕生日おめでとう!」




 古都子は、魔物の討伐へ向かう晴臣の安全を祈って、お守りを作ったのだ。


 フィーロネン村に貢献したことで配給された古都子の特別手当は、今もホランティ伯爵から定期的に送られてくる。


 そのお金で、グラデーション染めの刺繍糸と水晶を購入し、ミサンガを編んだ。


 中学生時代、想いを込めて編んだミサンガを男子生徒に渡すのが、一部の女子生徒の間で流行った。


 それを横目で見ながら、古都子は晴臣に渡したいと密かに思っていたのだ。


 


「これ、ミサンガ?」


「お守りになるかと思って」




 古都子は、晴臣が手に取って見ているミサンガについて、説明する。




「糸の色には意味があってね、紫色は上達とか現状打破とか、そういう意味があるんだよ。そして黒水晶はね、魔除けになるの。だからこれを、晴くんにつけていて欲しいの」


「ん」




 晴臣が、受け取ったミサンガを古都子に渡す。




「古都子につけてもらいたい。手首だと、戦いの最中に切れるかもしれないから、足首がいい」


「わかった、利き足はどっち?」




 右足の裾をめくった晴臣の前にしゃがみ、古都子は願をかけながら結んだ。




(晴くんが怪我をしませんように。無事に討伐から帰ってきますように)




 真剣な顔をしている古都子を、晴臣はじっと見つめる。


 晴臣が中学生をしていた期間は数か月と短かったが、それでもたくさんの女子からミサンガを贈られた。


 それらを断るたびに、晴臣は古都子の顔を思い浮かべていた。


 いつか古都子が、編んだミサンガを贈ってくれないか。


 願っていた長年の夢が今、叶ったのだ。


 晴臣は感慨深かった。




 ミサンガを結び終わった古都子が顔を上げると、柔らかく微笑む晴臣がそこにいた。




(ああ、晴くんの笑顔は反則!)




 かあっと頬が赤くなる。


 晴臣はそんな古都子の頬を、指の背でそっと撫でる。




「ありがとう、古都子、大切にする」




 それはミサンガのことだと分かっているのに、自分について言われているようで、古都子の動悸は早くなる。


 まだ恋人未満のふたりだが、取り囲む空気は甘い。


 それに気がついていないのは、当人たちだけだった。




 ◇◆◇




「早く、夏にならないかなあ~」




 二年生に進級したミカエルが、毎日つぶやくには訳がある。


 恒例の学校行事として、一年生の野外活動と同じく、二年生にも体験学習があり、それが海で行われるのだ。


 ミカエルは生まれてから一度も、海を見たことがないらしい。


 海が身近だった古都子や晴臣にとって、海へ対するミカエルのすさまじい執着心は、いっそ異様に思えた。


 しかし、リリナにとっては、ここがミカエルへ付け入る隙となる。




「ミカエルさま、私は元の世界にいるときに、よく海で遊びましたの。よろしければ、体験談をお聞かせしますわ」




 すっかり令嬢のような喋り方が身についたリリナが、しおらしくミカエルにおもねる。


 もはや海しか眼中にないミカエルは、リリナの言葉へ敏感に反応した。


 


「わあ、教えて! 海のことなら、なんでも知りたいんだ!」




 目をキラキラさせたミカエルは、リリナの話す日本の海について、うっとりと耳をそば立てる。


 海に面した土地の少ないムスティッカ王国の者にとって、海を経験した者の話は貴重だ。


 ゆえに誰の追随も許さず、ミカエルの興味を引くのにリリナは成功した。


 そうする内に、ふたりが一緒にいる場面が多くなり、やがてミカエルとリリナは親密な仲になっていく。


 多くの生徒が、ついにミカエルの婚約者が決まったか、と噂する中、ソフィアは苦い顔をしていた。


 


「ミカエルにも困ったものね。リリナさんには、不明瞭な部分があるから、あれほど気を付けてと言ったのに」


「不明瞭な部分ですか?」




 ソフィアの独り言を拾った古都子が聞き返す。


 


「リリナさんが野外活動時、コトコを脅した場面を私は見たわ。それにユリウス先生が調査したユヅキ先生の件についても、リリナさんに都合のよくない証言が出ているの。だから私はリリナさんを、完全に白とは思ってないのよ」




 きっぱりと言い切ったソフィアは、ふうと溜め息をつく。


 結月はその証言のおかげで、減刑されたそうだ。




「ミカエルが海のことしか頭になくて、ぽやぽやしているのが悪いのだけど、どうしたものかしらね」


「ソフィア殿下、大丈夫ですよ。ミカエル殿下が興味を持っているのは、あくまでも海です。夏になって実物の海を見れば、リリナとやらには眼もくれなくなるでしょう」




 ソフィアを安心させるように、オラヴィが口を挟んだ。


 常にミカエルの側へ控えているオラヴィの推察には、信ぴょう性がある。


 


「そうだといいわ。……それにしても、コトコ、今日は素敵なブレスレットをしているのね?」




 ソフィアに言われて、ハッと古都子は手首に手をやる。


 先日の古都子の誕生日に、晴臣からプレゼントしてもらったのだ。


 嬉しくて、髪飾りと同様、毎日身につけるつもりでいる。


 


「あ、こ、これは……」


「言わなくても、誰からの贈り物なのかは分かっているわ」




 ぱちんとウィンクを飛ばしたソフィアに、古都子は真っ赤になって俯くしかなかった。

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