第21話

 日差しが力を増した夏――。


 ミカエルが待ちに待った、体験学習の日がやってくる。


 この日に向けて、二年生は海に関するレクチャーを受けた。


 潮や波の動き、生息する生きもの、海中での危険性、そして現れるかもしれない魔物について。




 一年生のときとは違って、ある程度の魔法がつかえるまで、二年生は特訓を重ねてきた。


 海での体験学習では、参加するだけの野外活動とは違って、レポートの提出が求められている。


 自らテーマを設け、それについて実地で調査し、検証結果をまとめるのだ。




「待ち遠しいなあ!」


「いよいよですね」




 ミカエルと、その隣に陣取るリリナが、肩を並べて見ているのは鉄道車両だ。


 駅までは、魔法学園の大型馬車で来たが、ここから海へは列車で向かう。


 古都子も晴臣も、この世界の列車は初めてだ。


 


「思っていたより大きいね。私がお世話になった、ホランティ伯爵の経営する温泉がある村にも、鉄道が繋がっているんだって」


「いつかその温泉、行ってみたいな」




 ふたりは列車に乗り込むと並んで座る。


 向かいには、ソフィアとエッラが座った。


 車窓から窺えるホームには、まだ乗り込んでいない生徒の姿がちらほら見える。


 列車が動き出すまで、今しばらくかかりそうだ。




「この旅客列車は、伯父が開発したのです。それまではもう少し、車体が小さくて速度も遅かったんですよ」


「ソフィアさまの伯父というと、国王陛下のお兄さんですか?」


「ええ、アンテロ伯父さまと父とユリウス先生は、三人兄弟なのです」




 三人兄弟のうち、国王になったのは次男ということか。


 こんな列車を開発してしまうのだから、長男はよほどの研究者気質なのかもしれない。


 そう言えば、古都子はホランティ伯爵から、将来は研究者になるのをすすめられた。


 卒業後、近衛騎士になるだろう晴臣と同じく、自分も王城で働きたいと相談したら、それならば研究職があると教えてくれたのだ。


 古都子がそんなことを考えていると、ソフィアが付け加える。




「アンテロ伯父さまは、ちょっと変わっているのです。とても優秀な方なのですが、情緒面が……」




 そこで発車を知らせるベルが鳴った。


 出発するとソフィアが窓の外へ視線を移したので、古都子も晴臣と一緒に流れる景色を見る。


 もしも日本で高校生をしていたら、こうしてふたりで電車通学なんて場面もあったかもしれない。




(だけど晴くんは頭もいいから、別々の高校になっていたかもしれないな)




 ちらりと横目で晴臣の表情を盗み見る。


 今年で17歳になる晴臣は、ますます背が伸びて男らしくなった。


 


(顔も精悍になって、困るくらいモテるのかと思ったら、こっちの世界ではそうでもないのよね)




 それはこの世界に、身分制度があるからだろう。


 魔法学園に通う令息令嬢は、家のために、できるだけ利がある相手と縁を結ぼうとする。


 古都子や晴臣のように、地位も権力も持たない異世界人は対象外なのだ。


 日本では晴臣に熱を上げていたリリナでさえ、子爵令嬢となった今ではミカエルを追いかけている。




(あからさまだけど、おかげで私は助かってる)




 シャラ、と晴臣から贈られたブレスレットを撫でる。


 細い白金の鎖には、小さなうさぎのモチーフがぶら下がる。


 遠い昔の誕生日に贈られた、うさぎのぬいぐるみを古都子は思い出していた。


 晴臣がこれをどんな顔で買ったのか、想像したら胸がときめく。




(こんなに可愛い装飾品、選ぶのも買うのも、恥ずかしかったよね。それを、私のために……)




 ブレスレットに落としていた視線を持ち上げて、再び晴臣の顔を見る。


 すると丁度、晴臣は古都子を見ていて、ばっちりと視線がかち合ってしまった。




「な、なあに?」


「それ、気に入ってくれたみたいで、良かった」




 ちょっとだけ口角を持ち上げて笑う晴臣に、古都子の心臓はぎゅうと鷲掴みされる。


 こちらの世界で晴臣と再会してから、笑顔への遭遇率が高い。


 


(もう駄目……好き過ぎて……)




「やっぱり、ハルオミからの贈り物だったのね。髪飾りといい、ブレスレットといい、コトコに似合うものを、よく知っているわ」




 にこにこ笑うソフィアの言葉に、晴臣が頷いていた。


 古都子に似合う、の部分に反応したのだろう。




「そう言えば、ミカエルさまがリリナさんに、何か贈り物をしていましたよね? あれも宝飾品だったんでしょうか?」




 贈り物と聞いて、エッラが思い出したように話題を持ち出す。


 答えるのはソフィアだ。


 


「あれはね、私も疑問だったのだけど――杖らしいわよ」


「杖? リリナさんは足が悪いんですか?」


「そういう杖じゃないのよ。指揮棒と言えば伝わるかしら?」


 


 これくらいの、とソフィアが両手で長さを示す。


 杖と聞いて、古都子も思い出した。


 リリナが要求した杖を作るために、ハーカナ子爵がサイッコネン村の銀山で無茶をしたことを。


 


「泉さんは以前から、なぜか杖に、こだわりがあるようです」


「コトコ、杖を知ってるの? あれ、何に使うのかしら?」




 ソフィアはしきりに首を傾げている。


 この世界の人には、意味不明だろうが、古都子には分かる。




「私たちのいた世界では、魔法をつかうときには杖を振り、呪文を詠唱をするのが一般的でした」


「でも、コトコの世界に魔法はないのよね?」


「ないんですが、なぜか魔法という概念はあったんですよ」




 古都子は、日本人なら誰もが知るだろう魔法使いキャラを模して、杖を振り詠唱をする真似事をしてみせた。


 晴臣が「ん」と言っていたので、それなりに似ていたのだろう。


 ソフィアとエッラは、ぽかんとして古都子を眺めている。




「なんだか不思議というか……」


「滑稽ですね!」




 オブラートに包んだソフィアと違い、エッラはずばり表現する。


 本当に魔法がある世界で、本当に魔法をつかっている人にとって、それは正しい認識なのだろう。


 エッラは興味津々で古都子に質問する。


 


「杖がなかったり、詠唱ができなかったりしたら、どうなるの?」


「魔法が発動しなくて、すごく困る状況になるの」


「はあ……まったく理解できないわ。コトコの世界の魔法の杖は、騎士にとっての剣のようなものかと思ったけど、騎士は剣がなくても拳で戦えるからね」




 エッラらしい脳筋な例えを出す。


 


「泉さんは異世界人が魔法をつかうには、杖が必須と考えていたのだと思います」


「だけどリリナさんも、魔法学園へ入学して、そうじゃないと学んだはずよね?」




 それなのにミカエルに杖をねだったの? とソフィアは疑問符を浮かべる。


 同じ異世界人の古都子も、その答えは持ち合わせていなかった。


 


 ◇◆◇




 そんな古都子たちの席から、かなり離れた場所に、ミカエルとリリナとオラヴィは座っていた。


 ミカエルは車窓にへばりつき、今か今かと海が見えるのを待っている。


 その横顔へ、リリナが話しかけた。




「ミカエルさま、素敵なプレゼントをありがとうございます。私、この杖を大事にしますね」




 リリナが手のひらの上で押し戴いているのは、金色をした細い杖だ。


 持ち手には小さな真珠もつけられている。


 


「海の話をたくさん聞かせてくれたお礼だよ! 妙な形の宝飾品だけど、リリナの要望と合ってた?」


「ええ、こういう形のものが欲しかったんです」


 


 それからミカエルは、リリナに興味をなくしたように、また車窓から外を眺める。




 正直リリナは焦っていた。


 体験学習の日が近づくにつれて、ミカエルの関心がリリナから薄れていくのを、肌で感じていたからだ。


 こうして目に見えるプレゼントを強請ったのも、これをリリナが持ち歩く限りは、周囲への牽制になると思ったからだ。


 だが、もう一押し、ふたりの仲を決定づける何かが欲しい。


 今のままでは、リリナが婚約者に指名されるかもしれないという噂が、噂で終わってしまう。




「ミカエルさまはもう、レポートのテーマはお決めになりました? 私はこの杖をつかうことで、魔法の命中率を上げられないか、検証しようと思っているのです」


「へ~!」




 ミカエルの視線は、窓の外へ向いたままだ。


 


「ですが、私の魔法は水属性。海の魔物とは相性がよくありません。それで……できたら雷属性のミカエルさまと一緒に――」


「わあ! 見えた、海が見えたよ!」




 リリナが話している最中だったが、ミカエルが歓声を上げた。


 同じく列車の中では、海が見えたという声があちこちの生徒間から聞こえる。


 遠くにキラキラと輝く海面が現れたと思ったら、列車の速度に合わせて、その面積がどんどん増える。




「あ~、ついに来たんだ、海へ!」




 感動して涙まで流しているミカエルの隣では、リリナが無視をされた屈辱に打ち震えていた。


 それを正面の席からオラヴィが冷静に観察する。


 


「そうだ、砂浜でコトコの土魔法を見せてもらえるか、聞きに行かないと!」




 それまで座っていた席から立ち上がり、ミカエルは古都子たちの席へと移動する。


 それに合わせてオラヴィも動いたのだが、残されたリリナが毒づいた台詞を聞き逃さなかった。


 


「あの女、どこまで私の邪魔をするのよっ」




(これはソフィア殿下が言うように、あざといだけの令嬢ではないな)




 リリナの憎しみに歪む表情を見て、オラヴィはそう判断した。


 そして古都子をしっかり護るように、晴臣へ言付けようと思うのだった。

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