第19話

 大変なことになった。


 地表に出るための安全な経路だったはずが、まったく安全ではなくなった。




(どうしよう? どうしたらいい? 私がこっちの道を勧めたばかりに――)




 古都子の心臓が、バクバクと激しく脈打つ。


 そうしている間にも、晴臣はゴーレムの攻撃を剣で受け流し、オラヴィは竜巻を起こしてゴーレムの足をすくう。


 だが、決定打に欠けていた。


 このままでは晴臣の体力がもたず、オラヴィは魔力切れを起こすだろう。




(ゴーレムは魔物ではないから、『魔物について』にも載っていない。私がゴーレムだと分かったのは、日本の知識があったせい――)




 そこで、ふっと古都子は冷静になった。




「ソフィアさま、あれの名前を知っていますか?」


「いいえ、大きな操り人形のように見えますが……」


 


 やはりそうだ。


 このゴーレムは古都子が着ているジャージと同じ。


 異世界人の知識で作られている。




(それなら、止め方だって同じじゃないの?)




 エッラが必死で制御している火によって、ゴーレムは下から半分以上が見えている。


 だが肝心の額が暗くて見えない。


 もしも、そこに文字があるのなら――。




「晴くん、ゴーレムの額をよく見て! そこに文字があるなら、一文字だけ削れば、動かなくなるはず!」




 古都子の声が届いたのだろう。


 晴臣は跳躍し、ゴーレムの腕から肩へと飛び移った。


 しかし、ゴーレムはこれを嫌がり、体を震わせる。


 ゴーレムから落下した晴臣は受け身をとると、古都子のそばへ駆け寄った。




「何か文字が書いてあったが、読めなかった」


「最初の一文字だけ、削れそう?」


「やってみる」




 晴臣はゴーレムへ近づく前に、折れたオラヴィの剣を拾う。


 そして疾走した。




 ズン!




 オラヴィの風魔法を受けて、ゴーレムが片膝をつく。


 その瞬間に、晴臣は機敏にゴーレムの体を駆け上がった。


 払い落とそうとゴーレムが腕を振る。


 それを右手の剣で受け流し、左手に握る折れた剣をゴーレムの額へ宛がう。




 ギィイイイイ!




 そして渾身の力を込めて青銅に書かれた文字を引っ掻いた。


 脳が痺れるような、ぞっとする音が空間に響く。


 


 しかし、音が止むと同時に、ゴーレムもまた動きを止めたのだった。


 遺跡の中に静寂が広がった。


 


「やった! すごいぞ、ハルオミ!」




 ミカエルが飛び上がって喝采する。


 ゴーレムの体から飛び降りた晴臣は、肩で息をしている。


 かなり体力の限界だったのだろう。


 オラヴィも膝をついていた。


 ――ギリギリだった。




 エッラがそろりとゴーレムに近づく。


 照らされた額には文字らしきものがあり、正しく頭の文字が削れていた。


 


「これで動かなくなるんだ。不思議ですね、ソフィアさま」


「ええ、よく知っていたわね、コトコ?」




 ソフィアだけでなく、みんなの視線が古都子へ集中した。




「元の世界の知識なんです。あれはゴーレムと言って、主人の命令を聞くように作られていて……」




 説明をしようとした古都子だったが、ふらりと体が傾ぐ。


 それを晴臣が受け止めた。


 そう言えば、ずっと息苦しかったのだった。


 忘れてしゃべり続けたせいで、酸欠になったのかもしれない。




「先にここから出よう」




 晴臣が古都子を横抱きにし、遺跡からの退去を促す。


 元気が有り余っているミカエルが小道を探し、全員でそこから地表を目指した。




 ◇◆◇




「ユリウス先生、狼煙が上がっています。位置的に、三班からです」


「分かりました。すぐに救援に向かってください」




 ユリウスは待機していた仮設テントから出て、野外活動が行われている山を見た。


 稜線を越えて、細長い狼煙が上がっている。




「もう少しで最終地点だったが、力及ばずか」




 三班は異世界人のリリナと、その取り巻きたちで形成されていた。


 そして、狼煙よりも奥にユリウスは視線を移す。




「四班も到着していい頃合いだ。あの班は戦力過多だから……」




 果たしてこの山で訓練になったかどうか、という言葉をユリウスは飲み込んだ。


 四班のコースがある辺りを眺めていたら、それより大きく外れた場所に、黒々とした煙が立ち上がったからだ。




「あれは……もしかしてエッラの火魔法?」




 ユリウスは職員には任せず、自らが救援に向かった。


 いざとなれば、氷魔法で火を消し止めなくてはならない。


 それほど山の奥地ではなかったのが幸いだった。


 駆け付けたユリウスが見たものは――土埃まみれの六人だった。




 黒煙は、本物の狼煙の上げ方を知っていた晴臣が、生木を燃やして作っていた。


 エッラの火魔法の暴走ではなかったことに、ユリウスはひとまず安堵する。




「何があったのか、後で詳しく聞こう」




 地中から出たものの、地図にない場所だったので帰り道が分からず、下山できなかった四班のメンバーはこうして救出された。


 事情聴取が行われたのは、それから数日が経ってからだった。




 ◇◆◇




「なるほど、救難信号を出すアイテムが湿気ていた、と――」




 ユリウスは四班の六人を前にして、時系列で起きた出来事を書き留めている。


 あの山では物足りないだろうと思っていたが、六人は思いもかけない事件に巻き込まれていた。




「みんなが無事で、なによりだった。今後のためにも、あの山はもう少し、調査した方がよさそうだな」


 


 すべてを聞き終えたユリウスは、ペンを置く。


 扉を見つけたのが四班だったから良かったものの、他の一年生なら落下した時点で終わっていた。


 未盗掘の遺跡を見つけるなんて、完全にユリウスの想定外だ。




「ゴーレムと遺跡の研究は兄上に任せるとして、私はアイテムが湿気ていた原因を突き止めよう。君たちは何重苦もの困難を乗り越えた。野外活動の成果としては合格だ」


「やった〜! ソフィア、言っただろう? 叔父上は融通が利くんだ」




 それまで神妙にしていたミカエルが、立ち上がって喜ぶ。


 ソフィアはどうやら、コースから外れたことで不合格になるのを恐れていたらしい。


 懸念がなくなって、ホッとしていた。




「私やミカエルだけならまだしも、コトコやハルオミ、オラヴィやエッラにも関わることだもの。足を引っ張った側として、不合格になったら申し訳ないと……」


「ソフィア殿下、僕とエッラは、護衛として当然のことをしたまでです」


「そうですよ! なんならあれで、私はだいぶん火の制御がうまくなったんですから」




 オラヴィとエッラに激励され、ソフィアはやっと笑った。


 古都子は、不合格になる場合もあったのだ、と今ごろ気がついた。


 とことん、冒険にワクワクしてしまった自分を責めたい。




(それにしても、晴くん、カッコよかったなあ)




 暗がりに不安定な灯りの中、古都子は初めて晴臣が剣を使うところを見た。


 今なお、休みの日のたびに、兵団と一緒になって訓練や魔物討伐に参加している晴臣。


 魔法学園に入学した当初よりも、背が伸びたし筋肉もたくましくなった。




(どうしよう。どんどん好きになる)




 古都子がひとりで悩んでいると、ふいに晴臣がこちらを向いた。


 まさか考えていることが、顔に出ていたのでは――。


 そんな心配をした古都子だったが、晴臣からは素直に感謝された。




「古都子のおかげで助かった。ありがとう」


「そうだそうだ! コトコがゴーレムの止め方を知っていたから!」




 晴臣に絡み、ミカエルも嬉しそうにしている。


 古都子は照れた。


 漫画で読んだ知識が、この世界では意外と役に立つ。


 


「たまたま、だよ」


「異世界人の知識は、この世界の宝だ。だからこそ、私たちは異世界人を大切にする」




 ユリウスの口から、ホランティ伯爵から聞いたのと同じ言葉が紡がれる。


 よほど徹底されている考えなのだと感じた。


 


「だが、今回は処罰される異世界人が、いるかもしれないな」




 続けてぼそりと呟かれたユリウスの声は、古都子には届かなかった。

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