第18話

 ぎゅっと目を瞑った瞬間、ふわっと風が吹いて、六人の体を受け止めた。


 そうして勢いを殺してから、地底に降り立つことができたのだ。


 晴臣に抱き締められたまま、古都子は呆気に取られる。




「今のは……?」


「あ~助かった! 今のはオラヴィの風魔法だよ」




 やれやれ、と立ち上がったのは、尻もちをついていたミカエルだ。


 隣にいたオラヴィも、自らについた土埃をはたき落とす。


 


「ミカエル殿下はよく、木登りをしては落下していたので、この魔法は得意なんです。ですが、間に合ってよかった」


「生きた心地がしなかった! ソフィアさま、大丈夫ですか?」




 エッラが腕の中に匿ったソフィアの無事を確認する。


 ソフィアは目を回しながらも、こくりと頷いていた。


 古都子を護っていた晴臣の腕も解かれる。




「ありがとうね、晴くん」


「ん」




 晴臣は宣言した通り、ちゃんと古都子を護ってくれた。


 それを見たミカエルは、やるな~ハルオミ! と感心しきりだ。


 


「それにしても、ここは一体?」




 上空にぽっかり空いた穴を見上げて、ソフィアが呟く。


 それに合わせて、他の五人も空を見上げた。


 暗い地底からうかがえる青い空は、かなり遠い。




「もとから、地中にあった空間へ落ちてしまったのでしょう」




 オラヴィが推察する。


 横ではエッラが深々と頭を下げた。




「私が足を踏ん張ってしまったばかりに! 申し訳ありません!」


「エッラは何も悪くないわ。誰もそれを止めなかったのだから」




 落ち込むエッラをソフィアが慰める。


 確かにその通りだった。


 ワクワクした気持ちを抑えられず、コースから外れて探検してしまった。


 古都子も、反省する。


 その隣では晴臣が、背負い袋から何か筒状のものを取り出していた。




 カシュ、カシュ!




 擦り合わせる音がするが、それだけだ。




「晴くん、何をしているの?」


「ユリウス先生から配られた、狼煙を上げるアイテムだ。救援が必要になったら、こうやって使うようにと教わった」


「狼煙? でも上がらないね」


「なんだか湿気ている。そのせいで着かないんだと思う」


 


 先端を見ると、わずかに濡れた跡がある。


 これでは狼煙は上がらない。




「参りましたね。さすがにこの高さを、殿下を背負って登れる気がしません」




 オラヴィが土の壁を見上げる。


 古都子が手を挙げた。




「私が階段を作ってみましょうか?」


「けっこうな高さがあるわよ? コトコの魔力がもつかしら?」




 ソフィアが古都子の魔力切れを心配する。


 腰袋の中から、古都子は自作の丸い焼き菓子を取り出す。




「これがあるから、少しは回復できます」


「何だ、それは?」




 覗き込むミカエルに、古都子はひとつ手渡した。




「私の故郷の焼き菓子なんです。魔力切れをしたときは、食べたり寝たりするといいんですよ」


「へ~!」




 魔力切れを起こしたことのないミカエルは、目を見開いて驚いた。


 オラヴィとエッラは頷いているので、このふたりは経験済みなのだろう。


 ミカエルがソフィアと分けあって焼き菓子を食べている間に、古都子は周囲の土と意識を通わせる。




(この穴から脱出したいの。縦穴に沿って、階段を作れる?)




 ざわざわ……




 この山の土が、古都子の呼びかけに応えようとしている。


 しかし初めての接触なので、複雑なことは読み取れない。


 やがて古都子の頭の中に、周囲の土の状況が、なんとなく浮かび上がった。


 


(そう、ここが……うん。分かったわ、教えてくれてありがとう)




 古都子は土との対話を終えると、みんなを振り返る。




「ここの土は脆く、階段を作るには適さないようです。代わりに、あちら側に抜けた方がいいと、教えてくれました」


 


 古都子は、さらに奥へと続く暗闇を指さした。




「あちら側には、何があるのだろう?」




 オラヴィの質問に、古都子は答える。




「ここと同じような、地中の空間があるそうです。そしてその空間からは、地表へ続く小道が伸びていて、そこを通るのが最も安全だと」


「なるほどね、ここは土使いのコトコの案を、採用するのが良さそうだ」




 オラヴィの意見に、みんなは頷き合う。


 そして六人は、暗闇へ向かって歩き出した。




「ユリウス先生から駄目出しされたけど、ここは私の火魔法をつかうべきじゃない? この先は真っ暗だもの」


「手のひらサイズの、小さな火にしておけよ。万が一にも、投げつけたりするな」




 オラヴィの忠告を受けたエッラが、慎重に小さな火を手の上に灯す。


 火魔法で暗闇を照らしている護衛組が、列の先頭を行く。


 その後ろをミカエルとソフィア、しんがりを古都子と晴臣が務めた。


 古都子は歩きながらも、周囲の土の状況を確かめる。


 脆いと教えられた通り、あちこちに今にも落下しそうな土塊があった。


 それらを見つけるたびに、古都子は固着させて道中の安全を保つ。




「大丈夫か?」




 古都子が魔法をつかっているのに気がついたのか、晴臣が心配する。




「うん、今のところは。ここは初めての場所だから、ちょっと手こずってるだけ」




 以心伝心だったフィーロネン村の土と違って、慣れない土だとつかう魔力の量は多い。


 だが、それでも古都子にはまだ余裕があった。


 


「お~い、オラヴィが何か見つけたって~!」




 ミカエルが後ろを振り返り、古都子たちに教えてくれる。


 どうやら目的の空間に辿り着いたようだ。


 


 ◇◆◇




「これは……遺跡でしょうか?」




 古都子たちの目の前には、巨大な壁画があった。


 エッラが手を掲げて、火で照らしてくれているが、すべてを見ることは叶わない。


 土が教えてくれた空間とは、忘れ去られた古代遺跡の祭壇だった。


 


「見事だわ。この遺跡は盗掘を免れたのね」


 


 ソフィアがうっとりして壁画と祭壇を眺め、溜め息をもらす。




「もしかしたら、あの扉は盗掘避けの罠だった可能性がありますね」




 オラヴィがじっとりとミカエルを見る。




「な、なんだよ、扉があれば開けたくなるのが人情だろう?」


「ミカエル殿下は、もっと考えてから行動する癖をつけましょうね」




 オラヴィの説教は長い。


 くどくどとミカエルが注意を受けている間に、古都子たちは遺跡の探索を続けた。


 早く地表へと続く小道を見つけたい。


 暗がりに居続ける圧迫感からか、古都子は少し息が苦しくなってきていた。


 足元に気を付け、頭上に気を付け、大きな壁画に沿って歩く。




 すると、エッラの火が大きく揺れた。




「空気の流れがある。きっと小道はこっちよ!」




 エッラが先を指さした。


 しかし――。




 ズウンッ!




 揺れたのは火だけではなかった。


 地面からの振動に、古都子たちはよろめく。




「な、何……地震?」




 土からの予兆はなかった。


 古都子は、晴臣からぐいと体を引き寄せられる。




「気配がないが、この先に何かいる」




 晴臣の言葉に、剣を抜いたオラヴィが前に出た。


 それと同時に、ぬうんと立ち上がる大きな者がいた。


 古都子たちの背の倍はあろうかと思われるそれは、青銅色をしたゴーレムだった。


 この祭壇の護りを、任されていたのだろう。


 エッラの火魔法に照らされて、今やその無機質な図体を古都子たちに露わにしている。




「ひえ! なんだよ、こいつ!」




 驚いたミカエルが声をあげると、ゴーレムの体がそちらを向いた。




「殿下、騒がないで! エッラはそのまま、火を灯せ。こいつは暗闇でも見えるだろうが、僕たちが視界を奪われたらおしまいだ」


「分かった。ハルオミ、私の腰の剣を抜け。魔法に集中している間は、私は動けない。代わりにソフィアさまを護ってくれ」


 


 晴臣がエッラの腰から剣帯を取り、己の腰に装着した。


 そして背に、古都子とソフィアを庇う。




「この者は、私たちの敵なのでしょうか?」




 ソフィアが恐る恐る尋ねる。




「私たちは盗掘をしに来た訳ではありません。このまま素通りすれば……」




 しかし、その言葉を言い終わる前に、ゴーレムの腕が振り下ろされる。




 ガキンッ!




 受け止めようとしたオラヴィの剣が、真っ二つになった。


 相当な威力だ。




「ソフィア殿下、どうやらこいつは、僕たちを敵と認識しているようです。倒さなければ、ここからは出られないでしょう」

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