第17話

「この世界にも、ジャージがあるんだね」


「動きやすくていいな」




 いよいよ野外活動の日、ユリウス先生から着替えを渡された。


 それがあまりにも中学校のジャージと同じで、古都子も晴臣も驚く。


 


「これは、異世界人の発案だそうだ。それまでは制服もなかったし、野外活動というのもなかった」




 ミカエルが話に割り込んでくる。


 その後ろからやってきたソフィアが、班のメンバーに山の地図を広げて見せてくれた。




「私たちのコースが決まりました。出発は四番目で、最後になります」




 くじ引きで決まったコースは、蛇行の多いルートだった。


 それを見た、ソフィアの護衛エッラが眉をひそめる。




「ソフィアさま、これはけっこう歩きますよ。きつかったら、いつでも背負いますからね」


「これは学校行事だから、そういうのは駄目なんじゃない?」




 笑うソフィアに、エッラは力こぶをつくって見せている。


 


「筋肉量ならオラヴィには負けませんよ! そうだ、ハルオミ、ちょっと腕の筋肉を触らせてよ」


「嫌だ」




 近寄ってくるエッラを、晴臣は華麗に避ける。


 エッラは晴臣の剣の腕前に興味津々で、ときおり手合わせを申し込んでは断られていた。


 古都子はエッラと晴臣の距離感の近さに、心臓がしくりと痛むときがある。


 だが、晴臣の幼馴染でしかない古都子に、文句を言う権利はない。


 


「エッラは脳筋だな。魔法がつかえるなら、剣なんてなくても戦えるでしょ」




 そう言うオラヴィは、腰に剣を差しているが、実際に戦うときは風をつかう。


 王子の護衛だけあって、風魔法のレベルも相当に上げているらしく、風は下手な剣よりも切れ味がよいのだそうだ。


 逆に火使いのエッラは、火魔法のレベルを上げ過ぎて制御が困難らしい。


 山火事になるから、野外活動中は魔法禁止と、ユリウス先生に念を押されていた。


 


「俺の雷魔法も、ソフィアの草魔法も、まだ大したことないからなあ」




 ミカエルは唇をとがらせ、つまらなさそうに呟く。


 魔法学園では、二年生から本格的な魔法のつかい方を学ぶ。


 だから一年生の間は、地味な初歩の魔法を連発して、経験値を稼ぐしかないのだ。


 この野外活動を行う山には、小さい魔物が点在する。


 その魔物に魔法を当てるのも、レベルを上げる訓練の一つだ。


 魔法がひとつでも的中すれば逃げていく程度の魔物だが、古都子は緊張していた。




「小さいと言えども魔物ですから、気を引き締めていきましょう」




 古都子はぐっと拳をにぎる。


『魔物について』はすっかり古都子の愛読書だ。


 だが古都子は、これまで本物の魔物を見たことがない。


 逆に魔物について詳しいからこそ、怖いのだ。


 そんな気持ちが晴臣にバレたのか、そっと震える拳に手を添えられた。


 


「大丈夫だ、絶対に護るから」


「あ、ありがとう、晴くん」


「ハルオミ~、コトコは強いんだぞ? むしろ護られるのはハルオミ゛ッ!」




 茶化している最中に、ミカエルはソフィアから脳天に手刀を打ち込まれていた。




「ふたりの邪魔をしては駄目よ。さあ、私たちも列に並びましょう」




 他のクラスメイトたちが班ごとに分かれ、登山口へ集まっている。


 先頭の班はもう、スタートをしたようだ。


 古都子たちが最後尾についていると、ひとつ前の班からただならぬ視線を感じた。


 顔を上げた古都子を、三白眼で睨みつけていたのはリリナだった。


 リリナは古都子にだけ聞こえるように、ぼそりと呟く。




「これ以上、ミカエルさまと仲良くしたら、許さないからね」




 ミカエルと特段に仲良くなろうと思ってはいない古都子は、思わずブンブンと縦に首を振った。


 リリナは鼻をふんと鳴らすと、ユリウスの指示にしたがって山へ入っていった。


 ほっと肩を落とす古都子へ、ソフィアが声をかける。




「コトコ、大丈夫? 今、リリナさんが――」


「ただの牽制ですから。むしろ的がずれてくれて、助かったというか」


「的?」




 きょとんとしているソフィアに、古都子は苦笑いを返す。


 リリナから釘を刺されたのは、ミカエルについてだけだった。


 ということは、晴臣はリリナの射程外になったのだろう。


 


(中学校時代は、泉さんから陰湿な嫌がらせをされたもんね。あれは面倒くさかったな)




 相談相手に選んだ結月も、役に立たなかった。


 だから古都子は晴臣から離れる選択をしたのだが。




(思っていた以上に、きつかった。やっぱり私、晴くんを好きなんだ。ずっと昔から)




 古都子にとって、ヒーローだった晴臣。


 幼稚園のころから古都子が抱く恋心は、変わらない。




(一時は私のせいで疎遠になったけど、今はまた仲良くなれた。そして……もっと仲良くなりたい)


 


 古都子は自分の考えに頬を赤らめる。




「お~い、コトコ、行くぞ~」




 古都子たちの班の番になったようだ。


 満面の笑顔のミカエルが、先頭で手を振っている。


 今は野外活動を頑張ろう。


 そう思って古都子は、小走りで登山口へ向かった。




「さて、これですべての生徒が山へ入りました」




 名簿をチェックしていたユリウスが、補佐をする職員へ次の指示を出す。




「生徒たちには班ごとに、救難信号を出すアイテムを配布しています。狼煙が見えたら、すぐに私へ連絡をしてください」




 頷く職員たちの中には、結月がいる。


 こうした誰にでもできる仕事を、いつもなら嫌々しているのだが、今日の結月はいつもよりやる気を漲らせていた。


 それに気づかず、ユリウスは場をまとめる。




「私は最終地点で生徒たちを待ちます。では、それぞれ配置についてください」




 ◇◆◇




「魔物~、魔物はいないか~?」


「ミカエル、そんなに声を出していたら、魔物は逃げていくわ」


「あ~あ、早く魔物と会いたいなあ」




 ソフィアに注意をされて、ミカエルは分かり易く拗ねる。


 山に入ってかなりの距離を歩いたが、まだ一体も魔物を見かけない。


 


「オラヴィとエッラが強いから、魔物が逃げてるんじゃないの? ふたりとも、ちょっと離れてついてきてよ」




 ミカエルの矛先が、護衛のふたりへ向く。


 だがそんなことには慣れっこなのか、ふたりは余裕の笑顔を崩さない。




「今回のコースを決めたのは、ユリウス先生です。どのルートでも必ず、魔物と遭遇できるように考えられていますよ」




 オラヴィが、ユリウスをだしに使ってミカエルを宥める。


 ミカエルは叔父であるユリウスを尊敬している。


 それはユリウスが氷使いとして、国内随一の実力者だからだ。


 ユリウスの名前を出されて、仕方なしにミカエルも諦めて、とぼとぼ歩き出した。


 が、しばらくすると――。


 


「あれ? オラヴィ、あそこ見てよ! あそこに何かある!」




 しょんぼりしていたミカエルが、何かを見つけて嬉しそうな声を上げた。


 崖下を覗き込んでいるミカエルの視線の先を、古都子も追う。


 苔むした木々の間に、確かに何らかの人工物がある。


 しかしそれは緑にまみれ、パッと見ただけでは、誰も存在に気づかなかっただろう。




「よく見つけましたね、ミカエル殿下」




 オラヴィが感心している。


 ソフィアやエッラも、そうっと崖下を見ると、ミカエルと同じものを目にした。




「何かの扉? 随分と古いものみたいね」


「行ってみよう! 絶対に面白いよ!」




 崖下へ続く緩やかな道を見つけ、すでにミカエルは走り出している。


 オラヴィが慌ててその後を追っていった。




「もう、ミカエルったら。そっちに行ったらコースから外れるのに」




 ソフィアがぷりぷりしながら、それでも道を下りていく。


 古都子と晴臣も、付いていくことにした。


 なんだか冒険が始まるみたいで、ワクワクしてしまったのは否定できなかった。




「う~ん、開かないなあ」




 辿り着いた先の人工物は、長方形をした両開きの扉だった。


 ミカエルがすでに取っ手を引っ張っているが、ビクともしない。


 周りを岩で固められた中に、青銅色の古びた扉は静かに佇む。


 それは恐れ多く、神秘的な光景だった。


 古都子の腕に、寒くもないのに鳥肌が立つ。


 この扉は開けてはいけないのではないか、ホラーに過敏な古都子が、そう提案しようとしたが――。




「エッラ、力自慢だろ? 試しに開けてみてくれないか?」




 もうミカエルが、取っ手の場所をエッラへ譲っていた。


 指名を受けたエッラが、腕まくりをして扉に挑む。




「いきますよ! せ~の~」




 腰を落としたエッラが、両手を取っ手にかけ、引っ張ろうとしたら――。


 


 がらがらがら!




 足場の岩が崩れた。




「あ!」




 六人全員の体が宙に浮く。


 晴臣が古都子へ手を伸ばし、その体を腕の中に包み込む。


 コマ送りのようにゆっくりと見える視界では、エッラがソフィアを、オラヴィがミカエルを、同じように腕の中で護っていた。


 そして、地表に空いた穴から差し込む陽光によって、薄暗い地底が近づいてくるのが分かる。


 古都子は、土に柔らかくなるように願ったが、魔法が届くよりも落下速度のほうが早い。




(ぶつかる!)

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る