第16話
日にちを置いて、古都子と晴臣はユリウスの教務室を訪れる。
相談に来た生徒たちを、ユリウスは温かく出迎えた。
晴臣は自分の見た古都子の影が、魔法なのではないかと質問する。
ユリウスはしばらく顎に手をあて考えた。
「話を聞かせてもらった限りで判断すると、魔法である可能性が高い」
古都子も晴臣も、笑顔で顔を見合わせる。
良かったね、と手を取るふたりに、続くユリウスの声は明るくはなかった。
「ハルオミ、ここで発現させられるか? 見てみないことには、なんとも確信が持てないのだが……」
渋い顔をしたユリウスに、晴臣は頷く。
「やってみます。でも……古都子はここにいるから、なんて願えばいいのか」
「そうだね、影に会いたいと願ってみて欲しい。誰でもなく、ただ『影』と呼びかけてみてくれ」
それを聞いて、晴臣は目を閉じた。
集中するためだろう。
隣で古都子も邪魔にならないよう、呼吸を止めた。
これから何が起きるのか。
じっと待つだけの時間が過ぎる。
すると――。
「っ!」
古都子たちの正面に座っていたユリウスが、息を飲む音がした。
しかし、まだ何も起こっていない。
ユリウスは一体、どうしたのだろうか。
「ユリウス先生?」
古都子の問いかけに、ユリウスはゆっくりと指をさす。
それは晴臣の背後へと向かっていて、その指を辿るように古都子も視線を後ろへ動かす。
「っ!!」
そして古都子も驚愕した。
大声で叫ばなかったのを褒めてもらいたいくらいだ。
ゆらりと、黒い影が、晴臣の足元から立ち上がっている。
幽霊の正体は、晴臣自身の影だった。
そしてその影を操る力こそ、晴臣の魔法だったのだ。
「これは驚いた。まさか本当に闇属性だったとは……」
「闇属性?」
目を開けた晴臣が、ユリウスの指さす先を振り返る。
そしてそこに立っている自分の影に瞠目した。
「影? これが俺の魔法?」
「ハルオミ……おそらく、君の将来は王家預かりとなるだろう」
「どういうことですか? 俺の魔法、良くない魔法なんですか?」
古都子は、晴臣の手を握る。
ユリウスが何を告げようとしているのかは不明だが、どんなときでも晴臣の側にいる。
そう思って、冷たくなっている晴臣の手に熱を分け与えた。
「闇魔法は、強すぎるんだ。今はまだ、操れるのは己の影だけだろう。だが、これからハルオミが成長すれば、どんな影も操れるようになる」
この意味が分かるか? とユリウスが問いかける。
古都子と晴臣は、首をかしげた。
「例えば、国王陛下の影を操り、国王陛下を暗殺することも可能だ」
「そんなこと、俺は――」
「望んではいないだろう。それは分かっている。だが出来てしまうという点が、問題視される」
この教務室を訪れたときとは、空気の色が変わったようだった。
「自分を護るためにも、魔法について学びなさい。闇使いは他国からも狙われる。王家預かりになるのは、その身を保護する目的もあるのだ」
「王家預かりって、具体的にはどうなるんですか?」
ようやく事態が飲み込めてきた古都子が、ユリウスへ疑問をぶつける。
「王家へ忠誠を誓う職へ、就くことになるだろう。ハルオミは剣が使えたね? それならば年齢的にも、ミカエルの近衛騎士あたりが有力だろうか」
「近衛騎士……」
古都子にも晴臣にも、騎士の種類など分からない。
ただ闇使いの晴臣に、人生の選択肢がないのは理解できた。
閉塞的な状況に、首を絞められているように感じて、晴臣は喉をさする。
「悪く考えないで。近衛騎士は、すべての騎士が憧れる、出世コースだ」
「でも俺は、実力でそこに行くわけではないですよね?」
晴臣の言葉に、ユリウスは目を見張る。
誰しもが望む職だと言うのに、晴臣にとっては用意された席でしかなく、魅力的ではないのだ。
ユリウスは感心した。
晴臣の高潔な矜持に。
「ならば実力をつけなさい。闇使いだからなったのではなく、実力で勝ち取ったのだと、誰にも文句を言わせないように。近衛騎士はエリートだけあって、高給取りだと聞く。家族を養いたいのなら、なって損はない職だ」
いまだ握られたままのふたりの手を見て、ユリウスが付け加えた。
突然、こちらの世界へ飛んでくる異世界人たちは、バックボーンを持たない。
魔法がつかえる優位性はあるが、それ以外は何もないのだ。
魔法にしろ何にしろ、自ら力をつけて、のし上がっていくしかない。
それが異世界人の厳しい現実だった。
ユリウスの言葉に、晴臣はぎゅっと手に力をこめる。
手を握り返された古都子は、それが晴臣の返事のような気がした。
「分かりました。やれるだけ、やってみます」
晴臣の魔法の属性は分かったものの、沈んだ気持ちでふたりは寮へ帰る。
何かを一生懸命考えているらしい晴臣の邪魔をしないように、古都子は黙って隣を歩いた。
「古都子、俺、学園が休みの日は兵団に戻るよ」
別れ際、晴臣がそう切り出した。
「少しでもいいから剣の訓練をしたい。そして魔物の討伐にも参加したい。強くなるには、それが近道だと思う」
「晴くん……」
覚悟を決めた晴臣を、止められはしない。
「気を付けてね。怪我しないでね」
古都子に言えるのは、それだけだった。
それから休みのたびに王都近くの兵団へ行く晴臣へ、古都子はせめてと思って自作の丸い焼き菓子を渡す。
いびつな形のそれを、晴臣はことのほか喜んだ。
「懐かしいな、これ。幼稚園でもよく、おやつに出てきた」
「牛乳と一緒にね。私もこの世界に同じものがあるって知って、嬉しかったんだ」
食堂でオーブンを借りて作らせてもらった焼き菓子は、まだ温かい。
それを晴臣は大事に胸元へ忍ばせると、行ってくると手を振って出かけた。
古都子はその背を見送りながら、自分に何ができるのかを考える。
(晴くんが近衛騎士になるのなら、私は? ずっと一緒にいたいのなら、どうしたらいい?)
卒業まで二年と数か月。
長いようで意外と短い。
古都子は、ホランティ伯爵へ手紙を出そうと決めた。
こういうとき、親身になって相談にのってくれる存在がいるのは、古都子の強みだ。
「晴くん、私も頑張るね」
そっと髪飾りに手をやり、古都子は誓うのだった。
◇◆◇
気温が上がり、日差しが強くなると、制服も夏仕様へと変わった。
そろそろ、毎年恒例の学校行事として、山で野外活動をするそうだ。
班ごとに決められたコースを進み、そこで提示される問題を協力して解決する。
そのための班づくりで、一年生の教室は盛り上がっていた。
「俺は絶対、コトコと組みたい!」
駄々をこねるミカエルと、宥めるソフィアの図は、最近のお馴染みだ。
そして古都子といつも一緒にいるため、なぜか晴臣もミカエルに絡まれていた。
「六人組なら、ちょうどいいだろう? なあ、コトコ、ハルオミ、うんと言ってくれ!」
ミカエルの言う六人とは、ミカエルとソフィア、それぞれの護衛、そして古都子と晴臣だ。
ミカエルには、青い前髪で黒い瞳を隠したオラヴィという護衛がついていて、ソフィアには、ポニーテールにした赤い髪と切れ長の赤い瞳をしたエッラという護衛がついている。
ふたりは王子や王女と同じく16歳でありながら、護衛という任務上、常に帯剣していた。
古都子は護衛という存在を知らず、ふたりをただのクラスメイトだと思っていたのだが、学園へ通う王族に同学年の護衛がつくのは、こちらの世界では常識のようだ。
「晴くん、どうしよう? ミカエルさまやソフィアさまと同じ班でも、大丈夫?」
「ん」
晴臣が頷いたのをみて、ミカエルが飛び上がって喜ぶ。
「やったあああ! これで、コトコの土魔法が見られるぞ!」
これまで、実技の授業でも古都子は土魔法をつかっていたのだが、ミカエルいわく、そうではないらしい。
「もっと大規模なのがあるだろう? でっかい山をバーンと動かしたり、ひっろい田んぼをボーンと耕したり! そういうのが見たいんだよ」
涙目で乞われたが、学園にある実技場では、多くの生徒が魔法をつかっている。
そんな中、土のトンネルを掘ったり、フカフカの畝を作るのは、なんだか違う。
(なにより、みんなの邪魔になってしまうしね)
ホランティ伯爵から聞いていた通り、入学したての一年生がつかう魔法は初歩の初歩だった。
小さな変化を見逃さないよう、みんな魔法に集中している。
そのそばで、土木工事なみの魔法が発動しては迷惑だろう。
「コトコ、山の中なら、気兼ねせずにやってくれるよな?」
キラキラした期待の目を向けられて、古都子は頷くしかなかった。
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