第2話
一日中自室に閉じこもっていては運動不足になるので、夜更けに外出した。
その時間だと、人の目をあまり気にせず行動できたからだった。
不審者と思われて職質されないように、警官には細心の注意を払って行動した。
目的は、ラーメン屋巡りだ。
ほとんど言葉を交わす事無く、黙々と食すだけの客に混じるので、人目を感じないでいられた。
徒歩で行ける店を制覇すると、自転車で都区内中を探した。
片道3時間をかけて、他県にある行列のできる店にも行ったりもした。
帰宅すると、食べてきたラーメンを自分なりに再現した。
それだけでは満足できずに、全国のこれはと思うスープや麺や具材をネット通販にアクセスし、バイトで貯めたカネで購入した。
仕入れた食材を、豊富に揃えた調理機具で自分流にアレンジして、マイラーメンを作るのだ。
完成させて試食したが、うまくいかず丹精込めて作ったスープを、涙ながらにトイレに流した時ほど辛いものは無かった。
高層マンション越しの空が白み始めると、ボクは就寝した。
こうして、誰とも会話をしない日々を送っていた。
貯金も大分減らしていた。
今の生活を続けるにもおカネは必要だった。
外に出て、バイトするのは対人恐怖症の今のボクには不可能である。
ネットで、カネの成る木を探した。
怪しげなサイトのオンパレードで、サギや架空請求されるのが関の山のようだ。
一度の就職歴も無い若いニートが、バイト代で貯めた100万円を元手にしたネットの株投資で、数年後には何十億円という利益を上げているというウィキペディアを見た。
スタートライン上は、自身の境遇に似ていると思った。
ボクは、これまでの経緯から経済問題には関心を示していたので、投資をやる事にした。
株取引を考えたが、種類も多く、早起きの苦手な生活をしている状況下では難しかった。
エフエックス(外国為替証拠金取引)というのを知った。
ウィキによれば、過去にはモグリの業者によって顧客のカネを食い潰すサギ被害が深刻だったらしいが、その後の法整備で登録が義務付けられた現在では証券会社を通した株式同様に公正な取引になったとある。
FXとはForeign Exchangeの略語で、外国通貨の両替という意味らしい。
FOREXとも言われ、要するに世界の主要通貨を両替して、その為替レートの差益分を得るというものだ。
1ドル90円の時に買って、100円になったら売れば、その差額の10円が利益になる。
24時間取引可能で、昼夜逆転生活のボクには向いていた。
安く買って高く売るのは商売の基本だが、逆に先に高く売って安く買い戻すという不思議な取引もあった。
円安でも円高でも利益を取れるという、株でいう信用取引に似た方法があるらしい。
これならできそうだと、ボクは思った。
FX会社のデモの架空取引で、一通りのやり方を学んだ後、ネット上で口座を開設した。
なけ無しの10万円を元手に、ボクの投資生活が始まった。
円と世界通貨との為替は1円ではなく、1銭単位で取引される。
1円未満の存在しない単位での取引は、それ自体がバーチャルな感じがした。
そして、自己資金の何十倍もの金額を指定しての取引が可能だった。
入金は10万円でも、100倍で取引すれば、1000万円の運用ができた。
1000万円分のアメリカドルやヨーロッパのユーロを買えば、たった1円の差益分でも10万円という利益だった。
ゲームのような気軽な感覚ではあるが、勿論その反対もあるわけで、一瞬にして元手の資金が無くなってしまうリスクもあった。
それは、株などの他の投資と同様である。
上場企業が倒産し、持っていた株券が紙屑になるのと同じだ。
ただ、為替相場は1銭2銭が秒単位で動くという点が違った。
一日に世界で数兆円もの取引が、ヘッジファンドと呼ばれる機関投資家によって行なわれていて、ボク個人の10万円など砂漠の中の一粒の砂みたいな存在だ。
その日の相場で1円の値幅を取るのは難しいのはやってみると分かったが、その十分の一の10銭であれば何とかなった。
10銭でも、1万円の利益だ。取引のできない祝祭日を除く一ヶ月を約20日間とすれば、取引手数料が引かれるので満額自分のお金というわけにはいかないが、計算上20万円を稼ぐ事ができる。
ボクは、一気に大勝するような無謀な取引はしないで、とにかく大損をしないように、少しでも損が出そうな時は、傷の浅い内に泣く泣くではあるが、あえて赤字を覚悟で決済した。
その辺はFX専門の2ちゃんねるの体験談の書き込みを見て、他山の石とした。
元金を全て失っては、取引そのものが続けられなくなるからだ。
借金をしてまでやるものではないと自戒し、億万長者を目指していたわけでもないが、やはり欲が出てくる時もあった。
が、そこは自制してコツコツと地道にと自身に言い聞かせた。
日本銀行が発表する政策金利やアメリカやヨーロッパなどの政済界の報道を注視し、その動向を自分なりに分析して売買した。
ドル・ユーロ・ポンド・スイスフラン・ランドなど、その時々の世界情勢に応じて売買した。
各地の地震災害や気候変動による食料不足、あるいは戦争などが為替レートに影響していた。
しかし、一番影響力があるのは、主要国のヘッジファンドによる売買だった。
一度に数百億円単位で受注するので、それでレートが左右された。
ヘッジファンドはハゲタカとも呼ばれ、ハイリスクもいとわない投資専門の企業である。
圧倒的に多いその取引額は、各国政府の銀行のコントロールが及ばない事もあった。
相場は正に生き物で、それは利益を求めて蠢く貪欲な見えない怪物に支配されている感じがした。
夕方、その日の日本市場の値動きをチェックした後、時差の関係からロンドン市場が開けるのを待ち、夜半過ぎにニューヨーク市場が活発になる時刻を狙って取引を始めた。
値が大きく動くのは、昼間に単独で開いている日本市場より、欧米市場の取引時間がクロスする夜更けだった。
デモ取引で学んだ経験から、勝負時を選ぶのが重要だと知った。
そんな生活を半年も続けていた。
幸いにも、元金は30倍になっていた。
が、元々マネーゲーム自体に興味は無かったので、これが自分の仕事だとは思わなかった。
投資で稼ぐというのは、何か虚業のような気がしていた。
何か人の役に立つ仕事をしたいと思った。
こんなボクでも、誰かに喜ばれるような仕事を。
ふと、ラーメン屋でのバイト時代を思い出した。
自分の作ったラーメンを、美味しいと言ってくれた客がいた。
続けていた自前ラーメン作りも完成の域に達していた。
ラーメンに対する自分なりの哲学も生まれていた。
当たり前だが、ラーメンはスープと麺で決まる。
これまでのラーメン屋巡りの中で、凝ったチャーシューを売りにするような店もあった。
チャーシューが主役で、肝心のラーメンは脇役のような状態だった。
それはチャーシューラーメンではなく、まるでラーメンチャーシューとも言える本末転倒のモノだ。
素材であるスープと麺以外は、あくまで添え物である。
トッピングなどと言って具材を足す事で、利益を上げようとするのも邪道だ。
ボクは、麺とスープだけで勝負しようと考えていた。
人の口に入るものなので、素材は遺伝子組換えではない自然のものを厳選した。
採算度外視で、麺は手打ち、スープも当然、数種類の素材を活かした自家製である。
高ければ美味いとは限らない。
テレビのグルメ番組に取り上げられて、行列ができている都心のシャレた店も味見したが、芸術家気取りで作務衣を着込み、高そうな器で出す割にはピンとこなかった。
マスコミによるブームも一過性のものだ。
一年も経てば、無くなってしまう気がした。
これまでのバイトで分かった事だが、一般的なラーメンの原価率はおよそ30%とされる。
素材や手間のかけ具合一つで、原価は大きく左右される。
値段は、ワンコイン500円と決めた。ラーメンは、良い意味で決して高級な食べ物ではない。
気軽に食べられる日本のファーストフードのはずだ。
それゆえに、値段も庶民価格でなければならない。
観光客相手に蟹を丸ごと入れて、一杯2000円にもなるようなモノは、ボクの目指すラーメンとは呼べなかった。
具材を一切入れず、バイトなどの従業員を雇わないで、夜鳴き屋台のように一人で作って売ればコストも抑えられる。
手間を考え、麺とスープを別々に出せるつけ麺が合理的と考えた。別々になっている分、味の誤魔化しが効かない。
ラーメン屋をやろう!ボクは、決意した。
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