第4話 残業

 次の日、明子と正敏だけが残業で設計室にいた。明子が立ち上がり「四谷君、ちょっといい?」と言って正敏の机に近づいた。


 正敏が書類から顔を上げると、明子は正敏のわきに立った。「ねえ、やらせてあげる」と明子は言いながら正敏の肩に手を置いた。


 正敏は驚いた顔で、「ここで?」と言った。


「そうよ」と明子は言いながら、正敏の顔を自分の胸に押し付けた。



 明子と正敏は残業で二人きりになると、「やる」ことが習慣になった。


 その日も事が終わって、明子はデニムパンツのボタンを留めながら言った。「わたしって、四谷君の何なのかしら?」


「やらせてくれる女の人」と正敏。


「結婚とか、将来のことを考えてくれないの?」と明子。


「結婚なんて面倒くさいですよ」と正敏。


「わたしって、四谷君の都合のいい女なのね」と明子。


「吉田さんがそう思うんなら、そうなんでしょう」と正敏。


「わたし将来のことが不安なの。結婚してくれない?」と明子。


「ぼくと結婚したって、先輩の不安はなくなりませんよ」と正敏。


「わたし、四谷君といると安心する」と明子。


「そんなの気のせいですよ。将来なんてわかりません。心配したら負けです」と正敏。


「四谷君、優秀だから出世しそうでしょ。結婚して子供ができたら、安心して子育てできるから」と明子。


「ぼくはこの仕事を一生続ける気なんてありませんよ」と正敏。「それに子供がいるからっていう理由で働くのは嫌です」と正敏。


「四谷君って自分勝手だね」と明子。


「今更、気が付いたんですか?」と正敏。


「結婚に向いてない」と明子。


「そうですよ。他をあたってください」と正敏。


「わかったわ」と明子は薄く笑った。

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