第40話 三人でお出かけその2


 「ボクがいうのもなんだけど……カナも家出るの早いね?」

 「ん、あぁ……陽咲のやつがな、多分もう待ちあわせ場所にいるんだよ」

 「っ」


 シロの問いかけに呆れ混じりに答えてやると、彼女はちょっと複雑そうな顔をしてみせた。自分と同じ発想だったからだろう。

 芸人じゃあるまいし、ネタが被ったのなんか気にしなくていいだろうに。

 それに、終わり良ければすべて良しっていうもんだろ?


 「ま、そういうわけだからさ、さっさと行こうぜ」

 「そう、だねっ」


 俺の合図にうなずき、隣を歩きだすシロ。機嫌が上方修正されてでもいるのか、ステップでも踏み出しそうな勢いで足を動かしている。

 彼女の様子にこっちも頬っぺたを緩ませつつ、待ち合わせの場所へと向かっていく。


 ちなみに待ち合わせの場所は前回の駅前――ではなくて、その道中にある書店だ。

 なぜ書店を選んだのかというと、陽咲があんまりにもナンパされすぎてげんなりしてたから。

 クラスの陽キャたちと待ち合わせてるときも、引く手数多だったらしいしな。


 そんな理由から、野郎どもとは縁のなさそうな書店を指定した次第である。

 俺としてはべつに待ち合わせなくてもいいとは思うんだが、陽咲が「春風は乙女心をわかってない!」とどやされたからなぁ……。


 「――あっ、本屋さんが見えてきたよ!」


 考え事をしながら歩いていたら、シロの声に意識を呼び戻された。

 指をさされた先、目的の書店があって。くたびれた感じののぼりがはためいている。

 俺たちが揃って店のなかに入ると、店内はガラガラで人気はほぼない。

 木を隠すなら森のなかというか、美を隠すなら年季を感じさせる書店のなか理論は正しかったらしいな。

 まぁ、考えてくれたのはシロなので俺はほくそ笑むだけに留めとくとして。


 狭い通路を歩いていくと――やっぱりいた。


 ファッション誌をパラパラとめくるひとりの美少女。上半身をゆったりめのニットトップスで包み、下半身はひざ下まで隠れるほどのフレアスカートという出で立ち。

 物を入れるポケットがないからなのか、小さな肩掛けバッグをたすき掛けしており、そのせいで豊かな胸元がより強調されてしまっている。

 肩までかかる長さだった栗色の髪を後ろでひとくくりにし、息をのむほどの整った顔立ちをメイクでさらに仕上げていた。

 いま読んでるファッション誌からモデルが飛び出てきたんじゃないか、と強く印象づけられるほどの圧倒的な存在感。

 言っちゃなんだがこの店内において、掃き溜めに鶴とはまさにアイツ――陽咲亜澄にふさわしい言葉だろうなと思ってしまう。

 それほどまでにめちゃくちゃ綺麗で、めちゃくちゃ華があって。

 

 「――あれっ、春風じゃ~ん♡ 早くない?」

 「っ」


 彼女に声をかけられた瞬間、意識が急速に冴えてくるのを感じる。どうやら見惚れてしまってたらしい。

 だが素直に見惚れてましたというのも恥ずかしかったので、ひとつ咳払いをして取り繕うことに。


 「そりゃそうだろ。どうせお前がまた早めに来てるだろうなと踏んでのことだし」

 「せいか~~い♡ よくわかってんじゃん♡」


 指でハートマークを作りながらはにかむ陽咲。これは次も待ち合わせRTAをするつもりだな、と確信した俺は、クソデカため息を吐くしかない。

 げんなりするこちらをよそに、陽咲はというとシロの存在に気づいたようで。


 「あっ、真白ちゃん! 久しぶり~、でいいのかな?」

 「は、はいっ! お久しぶりです亜澄さんっ。えっと、その……このたびはいろいろとありがとうございます」

 「気にしなくていいのに♡ あたしも真白ちゃんと遊びたかっただけなんだからさ」

 「そのこともですけど……カナをずっと気にかけてくれたこと、ほんとに感謝してますっ」

 「あははっ、なんか真白ちゃんってば春風のお母さんみたい♡ ねねっ、春風ママって呼んでもい~い?」

 「し、親友っ! 親友ですから……!!」


 陽咲のツッコミにシロが慌てた様子で返している。なんと微笑ましい光景だろうか。

 この調子なら二人が親友になるのも時間の問題かもな。


 女同士のやり取りに水を差すのも悪いし、適当に本でも読んで時間を潰すことにするか。

 そんな風に考えて、本を手に取った――瞬間、耳元に熱い吐息がぶつけられた。


 「(は~る~か~ぜ♡)」

 「うおっ……!? っ、な、なんだよ急に」

 「あんたに聞きたいこと、っていうか聞かなきゃならないことがあるの」

 

 やたらと真剣な表情をした陽咲を見て、小首をかしげるしかない。思い返してみてもピンとくるものがなかったからな。

 そんな俺の疑問を汲んだのだろう、彼女は口元に手を当てて、質問をぶつけてきたのだ。


 「(春風が選ぶオシャレバトルの勝者は、あたしと真白ちゃんのどっち?)」

 「えっ? あれって俺が選ぶのか?」

 「(あったりまえじゃん♡ 女が二人に男がひとりなら自ずと審査員側になるんだぞ~? ここ今度のテストに出るから)」

 「なんのテストだよ……」


 呆れ混じりにツッコミつつも、陽咲の言葉にあてられるように、二人を交互に見比べてみる。

 ファッションモデルばりのオシャレさんな女友達。

 肌の出口にふりふりをあしらったトップスに、ひらひらミニスカートという女の部分をこれでもかと生かした見た目の親友。

 どちらも違う魅力があって、甲乙つけがたい。こんなの、ファッションセンス皆無の陰キャに選べるわけないだろ……!


 「えーっと……引き分けで、お願いしたい」

 「……ま、春風ならそーいうよね」


 俺の決断を聞いた陽咲は、不貞腐れたように頬っぺたを膨らませている。オシャレをしてきたのに中途半端な答えを聞かされたからだろう。


 「……っ」


 俺のあいまいな一言で、彼女にそんな顔をさせたのがすごく申し訳なくて。

 気づけば、陽咲の腕をとっていたんだ。


 「春風……?」

 「でもさ、今日の陽咲はこれまでで一番綺麗で、正直――声をかけられるまで目が離せなかったというか。それだけは、言わせてくれ」

 「っ♡ そ、そっか♡♡ なら仕方ないなぁ~」


 恥ずかしさを押しのけるようにしながら放った一言は、彼女に深く刺さったようで。

 メイク越しでもわかるほどに、頬っぺたを真っ赤に色づかせてたんだ。

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