第38話 女友達とのマーキング


 「ん? 匂い?」


 陽咲の発言に習うように、言葉をなぞる俺。試しに自分の匂いを嗅いでみたが、いまも抱きついてる女友達の甘い匂いしかしない。

 ますます熱が全身を駆け巡るなか、陽咲がすぐ近くで鼻を鳴らす音が聞こえてくる。


 「すんすん……すんすんすん……匂いの発生源は、耳元の辺り。ここを女に触れられた可能性が高い……」

 「いやいやっ、そんなとこ触らせるわけが……あっ」


 陽咲に指摘された俺はハッとした。そういえば東雲さんに怒られた際、耳を引っ張られたことを思い出したからだ。

 といっても数秒ぐらいのもんで。あの程度で匂いなんてつくはずもないだろうに。

 この女友達はものの見事に当てている。どうやら犬並みの嗅覚をお持ちらしい。

 ……えっ、なにそれ怖い、将来有望な警察犬にでもなれそう。


 「いまの反応、心当たりがあるんだぁ……ふーん……あたしがいない間にほかの女と会ってたんだぁ……ふぅーん……で? なにか言い残すことは?」

 「ちょっと待て! なんで俺っ、このまま死ぬ流れになってんだよ!? 同じ学校の女子とたまたま会っただけなんだが!」

 「ってことは真白ちゃんじゃないんだ……。それで? その子の名前は?」

 「東雲凛蒼さんだよ。ほら、うちの学校にいるだろ? めちゃくちゃ美人のさ」

 「美人……っ、あぁ、あの子かぁ」


 美人というワードに苦虫を噛み潰したような顔をしながらも、陽咲はうんうんとうなずいている。自分と比べられてるようでいい気はしてない、ってのは俺の妄想でしかないが。

 ま、俺は正直なとこ、陽咲レベルの美人なんていないと思ってるけどな。

 それでいてノリがよくて、えっちなことにも応えてくれる器量もあるし。

 

 これまでの行為を思い出してついつい口元が緩んでしまっていると、ギラリと陽咲の目が鈍く光った。


 「ふぅ~ん、春風ってばあの子とずいぶんお楽しみだったみたいじゃん……っ」

 「まぁ、そうだな。てか、お前なんか怒ってね?」

 「……これが怒ってるように見える?」


 眉間にしわを寄せ、頬っぺたをリスのように膨らませてる時点でそうとしか思えないんだが。

 試しに膨らんだ頬っぺたを突いてみる。ぶりっこ陽咲にモードチェンジしたことで、ちょっと可愛くみえてきた。


 「にしても頬っぺたすげー柔らけーな。でも唇の感触も捨てがたい……めっちゃぷるぷるしてて気持ちいいわ」

 「ちょ、ちょっと……! なに人の顔で遊んでんの!? あたし怒ってるんだからね!!」 

 「やっぱ怒ってんじゃねーか。……言っとくけどな、東雲さんとはなんもなかったぞ?」

 「っ、そ、そんな上っ面だけの言葉じゃ信じられないし……。だから、二人でなにしてたのか洗いざらい吐いてよ。原稿用紙300枚分が最低ラインね」

 「ラノベの文庫本一冊分じゃねーか! そんなに話すことねーよ」

 

 とはいえ話さないと陽咲がご立腹なままっぽいので、東雲さんとの出来事を語ってやる。

 道中ナンパから助けたこと、ショッピングモールまでエスコートしたこと、一緒に本屋に入ったこと、ラノベを勧めたこと、昼飯をおごったこと。そして、友達になったことをかみ砕きながら。

 すると俺の話を聞き終えた彼女は、心の底からホッとしたとばかりの表情をしていて。


 「そっかそっか……♡ 春風ったらナンパしてこっぴどく振られたんだぁ~♡ かわいそ~♡ あたしが慰めたげるね♡」

 「お前人の話聞いてたか!? 彼女とは友達に――って頭を撫でるな!」


 理解してるんだかしてないんだかわからん反応に、苦笑いを浮かべるしかない。

 その間も頭をわしゃわしゃされるわ、顔中にキスを落とされるわ、おっぱいをさらに押しつけてくるわで散々さいこうなんだが。

 女友達からもたらされる熱い友情を全身で味わっていると、急に背中が軽くなった。

 振り返れば、ひたいを拭う仕草をみせる陽咲の姿があって。


 「ふぅ~♡ 匂いの上書きオッケー♡ これであの子がつけたマーキングはきれいさっぱり消せたかな~♡♡」

 「向こうはそんなつもりなかったと思うぞ? つーか、今度はお前にマーキングされてないか?」

 「……もしかして、あたしにされるの嫌だった?」

 「そんなの――嫌なわけないだろ」


 俺は呆れたように笑いながらも、彼女の唇にキスを落としてやる。きちんと擦りこむように何度もリップ音を奏でたところで、少しだけ距離をとった。

 メイク越しでもわかるほど顔を赤く色づかせる女友達に、照れ混じりに笑いかけてやる。


 「言っとくが俺、陽咲にされて嫌なこととかないぞ? なんだかんだ言いつつも嬉しいというかさ。まぁ、からかうのはほどほどでお願いしたいけど」

 「っ、そっかそっか……♡ 春風もちゃんと受け止めてくれるんだ♡ だったら、いつかあたしの想いも……」

 「陽咲? おーい、どしたフリーズしちゃって」

 「んーん、なんでもなーい♡ 春風のくさいセリフに耐えらんなくて息止めてただけ♡」

 「なんでもあるじゃねーか! つか、くさいとか言うな恥ずかしいだろ……!」

 「すんすん……春風ったらくっさぁい♡ 優しさにじみすぎ♡ セリフがいちいちイケメンすぎ♡ おかげで頭が蕩けそう~♡ これはもう、鼻をつまんでおかないとね♡」

 「褒めてんだか貶されてんだがわからんが……ここは貶されてると思うことにして」

 「きゃっ♡」


 俺は両手を伸ばし、鼻をつまみながらニヤニヤと笑っている陽咲を床に押し倒してやる。

 フィジカル面で圧倒的に不利な状況にもかかわらず、陽咲は笑みを崩していない。それどころか煽るように、俺の息子へと手を伸ばしてきて、

 

 「あははっ、春風のすっごくおっきくなってる~♡ あたしにマーキングしたくてたまんないんだぁ~?」

 「まぁな。鼻つまんでてもわかるぐらい、とっておきのシャワーを浴びせてやるから覚悟しとけ」

 「っ♡ そんなことされたらあたし、もう一生離れらんなくなっちゃうじゃん……♡ 春風専用のお友達になったの? ってみんなに疑われちゃうかも♡♡」

 

 言葉とは裏腹に瞳にハートマークが見えるのは気のせいだろうか? ま、どうせ俺のノリに付き合ってくれてるとかだろうけど。

 相変わらずの女友達のノリの良さに、口元の緩みを抑えられないまま。


 俺は彼女の息をのむほどの美貌に、欲望のシャワーでマーキングをするのだった。

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