第36話 東雲凛蒼その3


 目的を済ませた東雲さんと、連れ立って本屋を出る。

 彼女の手には目的の本のほかに、俺がオススメしたラノベが抱えられていて。


 「それ、すげー面白いからさ、期待してくれていいぞ……!」

 「ずいぶんと持ち上げるわね。話半分に聞いてはおくけれど」


 俺の反応に呆れ気味の眼差しを向けてくる東雲さん。とはいえ、彼女も心が躍ってるのか、口元の緩みを隠しきれていない。

 東雲さんみたいにクールな人でも、やっぱり初めては気分が高揚するもんなんだな。

 いうて俺も陽咲の知らない一面を知るたびに、心臓はドキドキするし、下腹部はムラムラするわけだが。


 ……あれ? そういや俺、アイツの表面的なことしか知らないような……。

 身体はもう知らないところがないんじゃってぐらい隅々まで見てきたし、人となりもそれなりに分かっちゃいるが、それ以外のことをなにも知らない気がする。

 彼女の住むマンションがどこにあるのかとか、どんな日常を送ってるのかとか。

 それこそ――高校に入る前のこととか。

 

 「それに……なーんか引っかかることもあるんだよなぁ……」

 「なにをさっきからひとり百面相しているの」

 「ん? あぁ、ごめん。東雲さんをこのままラノベの沼に落とせるかなって考えてたんだ」

 「それはこの本の魅力次第ね。あなたのプレゼンでは表面的なことしか知れなかったもの」

 「いやいやっ! けっこう熱量あっただろ!?」

 「このキャラがカッコいい、このキャラが可愛い、と外見ばかり褒めてただけじゃないの。やってることがさっきの男たちと変わらないわね。仮にも読破したのでしょう?」

 「ぐっ」


 東雲さんに痛いところを突かれ、思わずくぐもった声がもれる。内容に関してはネタバレに配慮したわけだが、キャラに関してはもっと深掘りできたかもな。

 あのヒロインが実は主人公の血の繋がった妹なんだよなーとか、このヒロインが主人公のことを好きなのには昔のある出来事がきっかけなんだよなーとか。

 いや、待てよ? この法則を陽咲にも当てはめると、引っかかりの正体に気づけそうな感じが――、


 『あっ♡ んっ♡ いいよ……♡ 春風の好きなように動いて……♡♡』


 「違う違う、深掘るのはそこじゃなくて……でもこれはこれで――いででででっ!?」

 「あら、痛覚はあるのね。呼びかけても反応がないものだからてっきり飾りとばかり」

 

 俺の耳を引っ張りながら冷めた眼差しを向けてくる東雲さん。どうやら無視されて怒ってるらしい。

 これは、うん、考え事をしてた俺が悪いよな。


 「ご、ごめんな? お詫びになんかおごるからさ。時間的にも頃合いだし、昼飯とかどうだ?」

 「そうね。なら、ご相伴に預かろうかしら? ちょうど小腹も空いてきたところだったの」

 

 くすっと笑みを浮かべる東雲さん。どうにかご機嫌は取れそうなご様子だ。

 

 そのまま連れだってモール内を歩き、近くにあった定食屋でおなかを満たしたところで。

 東雲さんとはさよなら、という流れになった。


 モールを出たところで、彼女がくるっと振り返る。


 「今日はいろいろとありがとう」

 「え……?」

 「なによ、その反応は」

 「いやその、東雲さんのことだからなにも言わずそのまま帰るのかと」

 「……私を血も涙もない女だと勘違いしてるのかしら? エスコートにライトノベルの紹介、とご飯までごちそうになったのよ。ここは最低限の礼儀で応えるべきでしょう」

 「あ、そこは最低限なんだな……」 

 「なに? 接吻でもして欲しかったの?」

 「っ!?」


 急に距離を詰めてきた東雲さんが、俺の顔に近づいてきて――止まった。

 目と鼻の先にある彼女の顔は変わらずポーカーフェイスのままで、心臓がバックンバックンしてるこっちがおかしいのかと錯覚してしまいそうだ。

 ぷるぷるとしたピンクの唇に視線が吸い寄せられてしまう。キスしたらきっと、気持ちいいに違いない。


 「っ」


 でも、なんでか陽咲に悪いような気がして。なんでも受け止めてあげると言ってくれた女友達を裏切るような感じがして。

 俺は誘惑に抗うように、ゆっくりと身を引いていく。

 すると東雲さんの口元が弓なりに吊り上がった。


 「くすっ、春風くんったら男じゃないけれど、男を見せたわね」

 「そりゃ男だしな……?」


 言葉の意味がピンとこなくて小首をかしげる俺をよそに、距離をとった東雲さんが、小さく手を振ってきて、


 「また来週、学校で会いましょう」

 「っ、あぁ! また学校でな!」

 「くすくすっ、まるで友達のようなやりとりね」

 「俺はもう東雲さんのこと、友達だと思ってるぞ! 一回でも口を利いたら、普通は友達だろ?」

 「っ、そう……」


 俺の言葉に目をそらしながら、頬っぺたをほんのり赤らめる東雲さん。

 新鮮でとても可愛らしい反応に、こっちもつい笑みがこぼれてしまう。陽咲がこの場にいたらここぞとばかりにからかってそうだな。

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