第35話 東雲凛蒼その2


 東雲さんをパーティーに加えた俺は、しばらく歩を進め、目的地であるショッピングモールへとたどり着いた。

 ……ちなみにパーティー追加までのやり取りは、以下のような感じだ。


 『あのさ、東雲さんはこれからどっか行くのか?』

 『えぇ、この先のショッピングモール内にある本屋に用があってね。ちょうど今日、気になっている本が発売するのよ』

 『そっか。ならその、エスコートとかしてもいいか? いま俺ヒマしててさ』

 『結構よ、と普段ならあしらうところだけれど……あんなことがあったあとでは説得力皆無よね。お願いしようかしら』

 

 割とすんなりいってちょっと驚いてる自分がいたが、それはさておき。


 「うおっ、すげー混んでるな……」


 平日のいまごろは空いてるであろうこの施設も、ゴールデンなウィークの影響か、休日のとき以上に人の波が生まれてしまっていて。

 油断してるとあっという間に飲みこまれそうだ。東雲さんは大丈夫だろうか?


 「……」


 チラと隣を見やれば、彼女は人混みなど気にも留めていないといった様子で歩いている。

 いつものように背筋をしゃんと伸ばし、背中まで伸びる濡れ羽色の髪をなびかせながら。

 その凛とした佇まいだけでなく、目鼻立ちの整った顔つきもあわさってか、周りにいる人たちの視線を釘づけにしてしまっているようで。

 迷子になったとしても探すのは簡単そうだな、なんて俺は思ってしまったり。


 「……なに?」

 「あぁいや、その……歩き疲れたりしてないかなーと。人混みも結構すごいだろ?」

 「平気、普段から歩くようにしてるもの。靴もほら、歩きやすさ重視のスニーカーよ」


 なんでもないことのように言って、俺の前に足元を差しだしてくる東雲さん。

 たしかに彼女のいう通り履いてる靴はスニーカーだったが、それ以上に脚が綺麗だな、とつい見惚れてしまった。

 すらりとした脚線美がロングスカートの下から伸びており、透明感のある肌が光を浴びてきらめている。

 男の俺からすると、この細さで身体を支えられてるのが不思議なほど。ちゃんとご飯食べてるのか心配になるな。

 

 「ずいぶんじっくりと見ているけれど……もしかして、踏んでほしいのかしら?」

 「いやいやっ! 俺にそんな癖はねーよ」

 「そう? 男の人って女性に踏まれて喜ぶものだとばかり」

 

 たしかに一部のやつらはそういう趣向を持っちゃいるけど、俺はいたってノーマルである。

 陽咲に足でされてるときは気持ちよかったけどさ……。


 流れでつい思い出しそうになり、慌ててかぶりを振る。こんなとこで下腹部を反応させたらヤバいもんな。

 クールダウンがてら頬っぺたをパチンと叩いたところで、東雲さんを促すことに。


 「そ、それで目的の本屋なんだけどさ」

 「このモールの二階にあるわ。早速、行きましょうか」


 近場にあったエスカレーターに乗り、東雲さんの後に続く。彼女が来たかった本屋というのはどうやら、俺もよく利用するとこだったようで。


 「ここ、いいよな~。品ぞろえも豊富だし、新刊も発売日に並ぶから、店をはしごする手間が省けるんだよ」

 「あなたも利用してるのね? 意外だわ、本好きには見えないのに」

 「まぁ、本は本でも漫画だしな。……そういや東雲さんって漫画とか読むのか?」

 「ほとんど読まないわね。基本は小説で事足りてるもの」

 「小説か……読むとしても俺はラノベぐらいだな」

 「ラノベ?」


 俺の発言に不思議そうな声をあげる東雲さん。

 この感じ、ライトノベルを知らなそうだな。おおかた耕してる畑が違うんだろうけど。見た目は文学少女って感じだもんな。

 いやいやラノベも立派な文学だけど! と、誰にともなく反論していると、ぐいっとすそが引かれた。

 視線をやれば涼やかな目元をこれでもかと見開いた東雲さんがいて。ちょっと圧が強いんだが。


 「教えなさい。ラノベとはいったいなんなの?」

 「おぉ……食いつきすごいな。そんな気になるのかよ」

 「知らないことは知りたくなる。人間の知的好奇心というものはどこまでも貪欲なの」

 「そ、そっか。えぇーと、ラノベというのはこういうやつで」

 

 俺は本棚から適当にラノベを取り出し、彼女に渡してみる。

 すると幻滅でもした様子でクソデカため息を吐く東雲さん。


 「……こういうものをラノベと呼ぶのね。理解したわ。はい」

 「なんで突き返すんだよ、まだ目を通してないだろ」

 「通すまでもないわ。だってこんなの子どもの妄想でしかないじゃない。幼稚すぎて見るに堪えないわ」

 「……小説ってのはどれも作者の妄想から生み出されるもんだろ。そこに上も下もない。つーか、知的好奇心うんぬんとか言っておきながら、届く距離にあるものに手を伸ばさないのはただの怠慢じゃないのか?」

 「……一理あるわね」


 ラノベ馬鹿にするやつ絶対許さないマンな俺の説得に、東雲さんはしぶしぶとはいえ納得してくれたようだ。

 その様子にホッと一息ついてると、彼女がじっと見つめてくる。


 「え、えっと……怒ってる、よな?」

 「べつに怒ってないわ。あなたの脳を解剖してみたいと思ってるだけ」

 「――やっぱり怒ってるだろ!?」

 「くすくすっ、春風くんにますます興味が湧いただけよ」

 

 口元に手を当てながら妖艶な笑みを浮かべる彼女を見て、俺の背筋は震えあがるのだった。

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