第34話 東雲凛蒼その1


 「――東雲しののめさんっ! 悪い、待たせたな!」


 ぎこちなくも笑みを貼りつけながら駆け寄ると、その場にいた全員がこっちを振り返った。

 ナンパ野郎どもがひたいに青筋を浮かべて顎をしゃくれさせてるのに対し、件の美少女は流し目を送ってくる。

 その涼やかな目元から冷気がもれてるのに気づいて背筋が凍りそうになりつつも、こっちの意図を伝えようと目で合図を送ってみる。

 すると察しがついたのか、彼女は少しのあいだ目を閉じ……ゆっくりと開いた。

 

 「遅かったわね太郎くん。待ちくたびれて帰ろうかと思ってたわ」

 「ご、ごめんな? 寝る前にアラームかけるの忘れてたみたいで」

 「そう。うっかりもここまでくると殺意を覚えるわね」


 マジでキレてるといった具合に、凍てつきそうになるほどの眼差しを彼女が向けている。俺に、ではなくてナンパ男たちにだ。

 とばっちりを食らう羽目になった男たちは、俺を軽く睨んでから、足早に走り去っていく。

 辺りに静けさが増したところで、俺は安堵のため息を吐いた。


 「はぁぁ……なんとか上手くいったな」

 「そうね。それで次郎くん、あなたはいったい誰かしら? なぜ私の名前を知っているの」

 

 なんで弟に格下げ(?)されたのかわからんけど、ツッコんで話の腰を折るわけにもいかない。

 俺は彼女と向かい合いつつ、口を開いた。


 「えーっと、俺は春風彼方といってだな、キミとは同じ学校の同じ学年なんだ。クラスは違うけど、顔ぐらい見たことないか?」 

 「ないわね。私、人の顔はすべて野菜にしか見えないもの」

 「いやそれ緊張してるときにやるやつだろ!」

 「……ジュ〇ッペ・アル〇ンボルドかよ、と指摘するところではないの……?」

 「え? な、なんだって?」

 「なんでもないわ。気にしないでちょうだい」


 ふいっと顔をそらして答える彼女。ただ、その頬っぺたはほんのりと赤らんでおり、当の本人は気にしてるご様子。

 微妙に会話がかみ合わなくて困り果てていると、すっかり落ち着きを取り戻したらしい東雲さんは、ひとつ咳払いをしてみせた。


 「そっちが名乗ったのだからこっちも名乗らないとフェアじゃないわよね? 私の名前は東雲しののめ凛蒼りあ。あなたはすでに知ってるみたいだけれど」

 「そりゃあな。東雲さんって有名人だし」


 うちの学校で陽咲と同じく指折りの美少女として数えられる人物。

 陽咲を太陽とするなら、東雲さんは対となる月のような存在だといえるだろう。


 それは彼女の人形みたく整った顔立ちや、凛とした佇まい、氷のような冷たい雰囲気からも明らかで。

 正直ちょっと近寄りがたい人、というのが俺の第一印象である。さすがにそんな顔はおくびにも出さないが。

 

 「有名人、ね。だから助けてくれたの?」

 「ん? どういう意味だ?」

 「有名人とはお近づきになりたい、というのが人間のあるべき欲求、または心理なのでしょう? きっかけ、とも言い換えられるわね」

 「いや、べつにそんなつもりはなかったんだが」

 「……なら、どんなつもりで助けたの?」

 「誰かを助けるのに理由がいるのか?」


 俺の言葉を聞いた東雲さんは、小首をかしげた。まるで意味がわからないといった様子だ。

 わからないもなにも、詮索するほどの意味とかないんだけどな。困ってたら助けるだろ普通。


 「あなた、本気で言ってるの?」

 「本気どころか朝飯前のつもりだけど」

 「……」


 実際には結構気合入れてたけど、言わんでいいことなのでそっと胸の奥底にしまっておき。

 照れ混じりに頬をぽりぽり掻いてると、なぜか東雲さんは小さく笑みをこぼした。

 

 「くすっ、春風くんって変わってるのね。勇気もあるし、ユーモアも持ち合わせてる。あなたに少しだけ興味が湧いてきたわ」

 「そりゃどうも?」


 なんか勝手に気に入られたものの、他人から興味を持ってもらえるのは素直に嬉しい。

 どうやら俺は思った以上に人の温もりに飢えてるみたいだ。陰キャ歴が長かったのと、陽咲の人柄に触れまくったせいだろうな。

 このまま流れで東雲さんとも友達になりたいが、先ほどのナンパ男たちの件もある。「友達になってくれ」とかいきなり口にしようもんならナンパの延長線とも捉えられかねない。

 だったら、まずは交流を深めるとこからだな……!

 

 緩みそうになる口角を必死で押さえつけていると、目尻を細めた東雲さんが距離を詰めてきた。


 「あなたに興味を持ったついでに、聞きたいことがあるのだけど」

 「あぁっ、なんでも聞いてくれ! 身長体重、好きな食べ物とかか?」

 「首元のそれ、誰がつけたの?」 

 「ん? 誰っていうか――えっ? なんかついてるのか!?」


 俺は慌てて首元を指でこすってみる。が、そもそもどの辺になにがついてるのかもわからんし、油性だったらなんの意味もない。

 こんなことなら家を出るときに鏡を確認しとくんだったな。東雲さんちょっと引いてるっぽいし。


 「その反応、自分はモテる男だ、というアピールってわけではなさそうね」

 「モテる? いやいやっ、俺はただの陰キャだぞ」

 「そう。ま、いいわ。とりあえずガムテープでも貼っておいてくれる?」

 「首にガムテープってそれはちょっとな……」

 「なにをバカなこと言ってるの? 口に決まってるでしょう」

 「物騒すぎる!? 急にどうしたんだよ!」

 「くすっ、冗談よ」


 ウソかほんとかわかりづらい表情のまま、そんなことをのたまう東雲さん。流れでポケットに手を突っ込み、なにかを差しだしてきた。

 よくよく見るとそれは絆創膏のようで。

 

 「ここ、鬱血してるから貼っておきなさい。不愉快だわ」

 「なんで罵倒されてんのかわからんけど……とりあえず、ありがとな」

 

 東雲さんの人柄の良さ(?)が垣間見えたなと感じつつ、俺は受け取った絆創膏を首元に貼るのだった。

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クラスカーストトップの女友達は、俺にだけめちゃくちゃノリがいい のりたま @kirihasan

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