step2 友達以上恋人未満

モノローグ (陽咲side)


 ――朝、目を覚ますと、隣に彼がいた。

 子どもみたいにあどけない寝顔をさらすさまはとっても可愛らしくて、ついつい写真に撮って収めたくなっちゃう。

 昨日すでに百枚近くは撮ったんだけど、あたしの欲望は海みたく大きくて深いみたいで。

 そばに置いてたスマホでパシャリ♡ これでまた専用のフォルダが潤っちゃうなぁ~♡

 ――あ、せっかくだし動画にも納めときたいかも♡


 「……うーん」


 動画の映えを意識して、頬っぺたをつんつんしてみる。眉間にしわを寄せて反応を返してくれた。

 この瞬間、あらゆる記録媒体へのコピーが確定♡ バズリ動画なんかかすんじゃうぐらいのお宝映像ゲット♡

 二十四時間三百六十五日の視聴が決まりました~~♡ んー、毎日のルーティーンがはかどっちゃうなぁ~~♡♡


 それにしても、いったいどんな夢を見てるんだろう……夢のなかでも、あたしが登場してたりするのかな?

 あたしが見る夢はいつでも、彼との思い出ばかりだけど――。



 『……っ』


 広い世界にただひとり。七十億いる人のなかでも、個性の欠片もないあたしなんて、誰からも相手にされなくて。

 ステージが変わったところで、ひとりぼっちなのは変わらない。


 公園の隅っこ、たくさんある木の陰に隠れて、遠くで遊ぶみんなを見てる。

 みんなの笑顔を見てると、胸がギュッと締めつけられて。

 なんだか自分の存在価値を否定されてるみたいで。

 辛くても、この気持ちをどこにぶつければいいのかもわからなくて。

 モヤモヤが全身を包んでいって、ますます自分が嫌いになる。

 「わたしも混ぜて」その一言がいえたら、どんなにいいか。


 『なぁー、お前そんなとこでなにしてんだ?』

 『っ!?』


 ある日、ひとりの男の子が話しかけてきた。地味で暗いあたしなんかとは真逆の、明るくて元気そうな子だ。

 とっさに木の陰に隠れたら、彼が反対側に回り込んでて、


 『セミのマネか!? 面白そうじゃんかっ! オレも混ぜてくれよ!』 

 

 勝手に納得して、勝手にセミのモノマネを始める彼。突然のことに戸惑うあたしだったけど、そのクオリティがあまりにも低すぎて、気づいたら声が震えてた。


 『おっ、やっと笑ったな!』

 『っ、ご、ごめ……なさ』

 『なんで謝るんだよ。面白かったら笑うもんだろ? それにオレのモノマネレパートリーも増えて一石二鳥ってやつだしな!』

 

 腰に手を当ててガハハと笑い声をあげる彼。

 その様子に不思議と不快な感じはしなくて、むしろ凍てつきかけてた心を溶かしてくれるような温かさがあって。

 わけもわからず呆けてるあたしに、彼が続けざまに話しかけてきて。


 『オレの名前は春風彼方! お前の名前はなんていうんだ?』

 『……っ、ひ、陽咲……』

 『ひさきか。うーん……じゃあ、ひーちゃん、だな!』

 『ひ、ひーちゃん?』

 『おうっ、友達同士はあだ名で呼ぶのが決まりなんだってよ。よくわからんけど親友のやつがそう言ってたんだ』

 『と、友達? わ、わたしと、あなたが……?』

 『あぁ、そうだぞ! 一回でも口を利いたら、普通は友達だろ?』

 『友達……っ』


 彼の言葉に身体だけじゃなくて心までもが揺さぶられる。堰をきったように、目から熱いものがこぼれていって。


 『ひーちゃん泣いてるのか!? ご、ごめんな! まさかそんなイヤがられるとは』

 『イヤじゃない……っ! 嬉しい、のっ……! わたしっ、ずっとひとりぼっちで……っ、友達、なんか……できた、ことなくてっ』

 『そっか。辛かったんだな』

 『っ!』


 気づくと彼に抱きしめられてた。背中に手を回されて、乱暴なくらいになでなでされる。

 でも、彼の温もりと匂いはあたしをひどく安心させてくれて。どうしようもないほどに心地がよくて。


 『落ち着いたか?』

 『うん……っ』

 『そっか。じゃあそろそろ行こうぜ!』

 『行く、ってどこに……?』

 『ほら、あそこだぞ』


 彼が指をさした先、こっちに手を振ってくるみんなの姿が見えて。

 あたしが遠くから眺めるだけだった光景。手を伸ばすことの出来なかった世界が、こんなにも近くにあって。


 『ほんとに、わたしも、いいのかな……』

 『あったりまえだろ!』

 『っ、どうして、そう言い切れるの?』

 『そんなの、◤友達◢だからに決まってんじゃんか!』

 『え……?』

 『友達だから遠慮なんてしなくていいし、友達だから一緒にいたい。ほかの誰かがひーちゃんのことをバカにしたり、仲間外れにしようとしたら、オレがソイツをぶん殴ってやる! 絶対に守ってやるから!』

 『っ』

 『なーんてカッコつけてみたけど……オレがただ、ひーちゃんと遊びたいだけなんだよな。――だから、ほらっ』


 頬っぺたをポリポリ掻きながら、彼が手を伸ばしてくる。

 その手をとろうか迷ったけど、彼の優しい笑顔を見てたら、自然と手が触れていて。


 『これからよろしくな! ひーちゃん!』


 太陽みたく眩しい笑みを向けられて、あたしも心の底から大きくうなずいたんだっけ……。



 「はるくん好き……大好き♡」


 眠っている彼の頬っぺたにたまらずキスを落とす。これはさすがに起きるかなーと思ったけど、けっこう眠りが深いみたいで。可愛い寝顔継続中♡ ついついスマホでもう一枚♡

 これはからかいチャ~ンス♡ って、あたしのなかの悪魔がささやいてくる。

 でも、眠りを邪魔したくもないって、あたしのなかの天使がささやいてもくる。

 

 あたしのなかにある天秤が、拮抗してる。なんだかまるでいまのあたしと、彼との関係みたい。

 ――友達。それは関係を保つための最善で、上も下もない。

 だから、それはある種の呪いの言葉でもあるのかも。胸に秘めたこの想いを、伝えられないんだから。

 

 でも、いいの。――形はどうあれ、彼のそばにいられるなら。

 それだけであたしはいま、すっごく幸せなんだから♡


 ……たとえ、彼があたしのことを覚えてなくても。

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