エピローグ→


 「こっち、座って」

 「……っ」


 ファミレスからまっすぐ自宅に戻ってきて、ベッドに腰かけた陽咲に、ポンポンと横を叩かれた。

 言われるがままベッドに腰を下ろすと、隣で大きくため息を吐かれる。


 「はぁ~、ほんっと最悪。せっかくのデートだったのに」

 「ご、ごめんな……」

 「なんで春風が謝るの」

 「だ、だって……俺のせいで、こんなことになったんだし」


 俺がアイツらに絡まれたのがそもそもの原因なわけで、絡まれなかったのならもっといろんなところを回れたはずなのだ。

 いや、そもそも昔の俺が自分の身の丈を知っていればこんなことには……。


 自分の情けなさに心が押しつぶされそうになってると、ぐいっと顔を引かれた。

 目と鼻の先には息をのむほどに綺麗な、女友達の顔があって。


 「春風ってば、まだ悪い方向に素直で、バカみたいに真面目すぎ」

 「え?」

 「んっ、ちゅ♡」

 「ひ、陽咲……?」


 いきなり唇を奪われて戸惑い気味に声を震わせる俺に、こつんとおでこをぶつけながら、彼女は柔らかな声を奏でだした。


 「……全部、吐き出して? あんたの辛い気持ちや、悲しかったこと全部」

 「なんで、そんなこと」

 「いいから」


 有無を言わせぬ迫力にうなずくしかない。俺はおそるおそるといった様子で、口を開き始めた。


 「……俺さ、アイツらのいった通り、昔はノリがいい……っていうか、いまより明るかったんだ。友達百人作るぞ、って意気込んだりして、みんなに積極的に話しかけたり、遊びに誘ったりしてたんだ」

 「うん」

 「自分が物語の中心だなんて考えたことない。ただ、みんなと仲良くなりたい。ひとりぼっちになってるやつがいたら、仲間になって笑ってほしいってそればっかで」

 「うんっ」

 「みんなもそれで喜んでくれてたから、これでいいんだって思ってた。でも、そんなノリが通用するのは小学生までで。……中学に入って、同じようなことをしたらウザがられるようになったんだ」

 「……うん」

 「最初は陰口だった。たまたま通りがかったときに、教室で話してるのが聞こえたんだ。なにかの間違いなんじゃと思って、ソイツらを問い詰めた。そしたら、ハブられるようになった」

 「……」

 「意味がわからなかった。仲良くなりたかっただけなのに、俺がなにか間違えたのかなって考えて、必死ですり寄ろうとした。でも、むしろ逆効果になったみたいで……ソイツらがカースト上位だったのもあって、クラスのみんなもだんだんと相手にしてくれなくなった。――いまにして思えば自衛のためだったんだろうな」

 「……っ」

 「だんだん心が荒んでいった。もうどうやって明るく振舞ってたのか分からなくなった。人と接するのが怖くなった。……それでもシロだけはずっと、俺の親友でいてくれて、つきっきりで寄り添ってくれてたから、心が完全には壊れずに済んだのかもな」

 「……そっか。辛かったんだね」


 陽咲の力強い瞳が揺らぐのがわかった。こんな話を聞かされたのだから無理もない。

 だけど、それも一瞬のことで。

 彼女は俺の頬っぺたを撫でさすりながら、笑いかけてきたんだ。


 「ありがとね。あたしを信じて、話してくれて」

 「陽咲だから……陽咲だったから、話せたのかも。笑い飛ばしてくれるって考えたのかもな、はは……」

 「――笑い飛ばしたりなんかしない。そんなことしても、過去は消えないんだから」

 「っ」

 「でもさ、現在いまは変えられるじゃない?」


 力強い瞳に射抜かれて、心がぐらぐらと揺さぶられる。


 「いまはあたしもいる。今度こそ・・・・隣で、ずっと春風を支えてあげられる。昔の出来事なんか鼻で笑い飛ばせちゃうぐらいの思い出を、一緒に作っていける」

 「陽咲……」

 「たくさん甘えてくれていいし、たっくさん素直になってくれていいの。我慢した分だけ……ううん、それ以上に、あんたは救われていいんだから」

 「っ、なぁ、なんで……そこまでしてくれるんだ?」

 「そんなの、決まってるじゃん」


 そっと唇にキスを落として、目と鼻の先で陽咲がはにかみながら、


 「あたしとあんたが――友達だから。言ったでしょ? 遠慮なんかすんなって。春風の思いも、過去も、あたしが全部、受け止めたげるから」

 「陽咲……っ」


 目がしらが熱くなる俺に対し、まるで子どもをあやすみたいに頭をわしゃわしゃしてくる。ちょっとだけくすぐったい。

 仕返しのつもりで唇を重ねてやれば、むしろ積極的に吸いつかれた。隙間から舌まで捻じこまれる始末。

 ぼんやりと熱に浮かされた脳内で、思う。


 ――ほんとに、それだけなのか? 

 ――友達だからって、ここまでしてくれるものなのか?


 考え事をしようとしたものの、陽咲の温もりと甘みに侵され、上手くまとまらない。

 ……もういいや、考えるのはよそう。いまはただ、この女友達と繋がっていられれば。


 「あ♡ 春風の、おっきくなってきたね♡ すっごく辛そう……♡」

 「っ、陽咲に、その……お願いがあるんだ」

 「うん、なんでも言ってみて? あたしは絶対に怒ったり、バカにしたり、嫌がったりなんかしないからさ」

 「っ、俺っ、陽咲と――セックスがしたい。俺の全部、全部をっ、受け止めてほしいんだ――!」

 「……もちろんいいよ♡」


 俺を抱きしめながら、彼女がベッドに横たわった。

 はらりと栗色の毛先が流れて、ほんのりと朱に染まった頬っぺたや、ツヤのある唇が色鮮やかで。

 どこもかしこもすごく魅力的で、叶うならずっと眺めていたい。

 ドギマギしっぱなしな俺に対して、まるで赤子の手を引くように、陽咲の手のひらが頬っぺたに添えられて、


 「――きて?」


 彼女の言葉に小さくうなずき――俺はただがむしゃらに陽咲を求めていく。


 そんな俺の行為に応える女友達は、いつまでも慈愛に満ちた目をしながら、どこまでも優しく受け止めてくれたんだ――。

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