第30話 俺の過去


 「……ぁ」


 自分の発した声は、蚊が鳴くほどの小ささで。誰が聞いてもわかるぐらい、震えている。

 そんな俺の様子など気にも留めないとばかりに、チャラついた格好のソイツ――いや、ソイツらは言った。


 「いやぁ、ひっさしぶりじゃん! 中学ぶり? その隣に連れてる女子、もしかして彼女? めっちゃ可愛いな! ――なんでお前みたいなやつと付き合えてるん?」

 「ほんっとそれな。なんでこんなやつがこんなに綺麗な女子と歩いてんだよ。あれか? いつものノリってやつ?」

 「あー、あったあった! すっごく痛いっていうか、めっちゃウザかったやつでしょ?」

 「……っ」


 ソイツらの言葉を止めたいのに、声が出ない。完全にビビってるのが自分でもわかる。

 今すぐにこの場を立ち去りたいってのに、棒立ちになったまま、足が竦んで動けない。身体の震えが、止まらない。

 俺の反応に気をよくしたのか、ソイツらは陽咲の方へと向き直った。


 「なぁ彼女さん? コイツと付き合うのはやめといた方がいいぜ。なんならオレに乗り換えるってのもアリだぞ? ソイツよりイケメンだし、金もあるからさ、不自由なんてさせないぜ!」

 「ほーんと身の丈にあった相手を選べよな。いつものウザいノリで落とされた彼女さんカワイソー」

 「そもそも猫被ってる可能性あるんじゃない? 知ってたらこんなやつ願い下げでしょ」

 「それもそうか。んじゃ彼女さんにネタバレ、しとかなきゃな」


 やめろ、という一言が出ない。視界がかすんで、だんだんと見えなくなってきた。

 陽咲と腕を組んでるはずなのに、その温もりももう感じ取れない。


 ……いや、すでに、離されてるのかもな。陽咲に幻滅されて、腕を組んでるのが恥ずかしいと思われてるんだ。

 真っ暗ななかにひとりぼっち。あのときと同じ光景がリバイバルされていくようで。

 それでも聴覚だけは、声を拾うことをやめようとしなくて。


 「――コイツはさ、誰彼構わずノリノリで絡んでくるウザいやつなんだよ。いっつも笑いながら話に割り込んできて、過剰にスキンシップ取ってくんの。仲良くしたいんだかなんだか知らねーけど、暑苦しいったらありゃしねぇっつうの」

 「自分を物語の主人公だとでも思ってんのかねー? それとも自分を陽キャだと思い込んでる可哀想なやつか。――ま、どのみち魅力は欠片もなかったけどな」

 「子どもみたいなノリで絡んでくんのマジ不快だったし。あんなんで喜ぶのは陰キャかぼっちぐらいでしょ? てか、巡り巡って自分が陰キャぼっちになってたのウケる!」

 「「「過剰なノリが許されるのは小学生までだよなー!」」」


 けらけらけらとソイツらが笑っているのを、黙って聞くことしかできない。目頭が熱い、息がうまくできない。

 もうこのまま消えてしまいたい。誰か、いっそ俺を……。


 頭のなかで負の感情がぐるぐる回り、その場に崩れ落ちそうになった瞬間。

 ――すぐ近くから、声が聞こえた。


 「ふーん……で?」

 

 それは、毎日のように耳にする、女友達のもので。

 でも、普段の彼女が口にする声音とは程遠いほどに、冷たいもので。


 予想外の反応に驚いたのか、陽キャ男子が突っかかってくる。


 「いや、で、じゃなくてさ。わかってくれただろ? コイツがどんなやつか」

 「もっちろん。――あんたたちの器がミジンコ並みに小さいってことがよーく、ね」

 「「「は?」」」


 これまた予想外の反応だったとばかりに、ソイツらが声を漏らす。声が出せたら俺もきっと、同じ反応だったろう。

 けどそれにかまうことなく、陽咲は続けた。

 

 「ノリがよくてなにが悪いの? 誰かに好かれたい、仲良くなりたいと思って行動を起こしたことのなにがいけないの? それで救われた人がいる・・・・・・・・・・・、って考えたこともないんでしょうね――あんたたちみたいなハリボテ人間は」 

 「「「は、はりぼて……」」」

 「どんなに見た目を着飾っても、中身はスッカスカじゃない。他人を下げるしか能のない、そんなやつらに魅力なんてちっとも感じられないんだけど」

 「「「……っ」」」

 「あんたたちに比べたら春風は魅力の塊すぎて、逆に眩しいくらい。あたしなんかじゃちっとも釣り合わないぐらい、すごくすっごくカッコいいっての」

 「っ」 


 陽咲の言葉に俺の胸がギュッと締めつけられる。不思議と温かなものが流れこんできて、壊れかけていた心が包まれていくような。

 

 「だから、あたしは隣にいたい、寄り添わせてほしいって思えるの。――んっ♡」


 ふと、頬っぺたになにか柔らかで、温かなものが触れた。

 そこからじんわりとした熱が、全身に広がっていく。

 彼女の人となりが身に染みていく。今度は嬉しさで、身体の震えが治まらない。


 「あたしと春風はただの友達だけど、キスぐらいできる。――お生憎さま、あたしもノリは良い方なの。視野の狭いあんたたちと違ってね」

 「「「っ!?」」」

 「行こ、春風。こんなノリがウザいやつらの相手なんかすることないから」

 「ぁ……」


 どうやら陽咲にまだ腕を組まれていたらしい。身体が引かれていってるのがわかる。

 暗転していたはずの視界に、だんだんと光が差し込んできて。

 ゆっくりと首を振った先には、女友達の姿があって。

 俺の表情に一瞬だけ驚いた顔をしながらも、すぐさまはにかみながら。


 「ちゅっ♡」


 唇に、優しくて温かなキスを落としてくれたんだ。

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