第28話 女友達による宣言


 駅前から五分ほど歩いたとこにある映画館に、俺たちはやってきた。

 世間ではゴールデンウィークが始まったこともあってか、人混みがすごい。油断するとはぐれそうだ。

 などと考えてたら、人混みサンドイッチに挟まれて連れ去られそうに――なる寸前で、陽咲にぐいっと腕を引かれる。


 「っ、すまん。助かった」

 「ふふ~ん♡ 腕組んでてよかったでしょ?」

 「そう、だな」


 恥ずかしさはまだ拭いきれてないものの、腕を組むことには慣れてきた。豊かな胸の当たる感触を楽しみつつ、周りを見回してみる。

 「人多いね~」だの「あの栗色の髪をした子キレー」だの「チッ、あの野郎をトイレに連れ込んでボコるつもりだったのに」だのといろんな声が聞こえてくる――って、おいっ! 最後のやつわざとかよ!?

 

 ほかにも同じようなやつがいるんじゃ、と警戒しながら周囲に目を配ってると、頬っぺたがつんつんされた。


 「ん、どうかしたか?」

 「も~、やっぱいまの聞いてなかったでしょ。春風ったら女の子ばっか見すぎ、可愛い子がいっぱいいるからってさぁ」

 「いやいやっ! そういうつもりで見てたわけじゃねーよ。それに陽咲より魅力的なやつとかここにいないだろ」

 「――っ♡♡」


 じっと見てたら、なぜか陽咲の顔が茹で上がったタコのように真っ赤に染まっていく。

 一瞬、風邪でも引いたのかと疑いそうになったが、そんな即発病するわけもないよな……。


 不思議に思ってると、顔の火照りが和らいできたようで。こっちが安堵の息を吐くなか、陽咲が唇を尖らせている。


 「……不意打ちでそーいうのズルじゃん……」

 「ごめん、今なんて言ったんだ? 周りがうるさくてよく聞こえないというか」

 「んーん、なんでもなーい♡ それよりほら、ポップコーンとか買いに行こ?」

 「あぁ、そうだな――って、あんま引っ張るなよ……!」


 なんかめっちゃ上機嫌になった陽咲に腕を引かれ、列に並ぶ。

 横にあったメニュー表に目を落とす彼女をよそに、俺はハッとした。そういやアレを買うのを忘れてるってことに気づいたのだ。

 

 「なぁ陽咲。そもそも俺ら、映画のチケット買ってなくないか?」

 「あははっ、なに言ってるの春風ったら♡ ちゃんと買ってあるに決まってんじゃん♡ ほーら♡」


 陽咲が呆れたように息を吐きつつ、取り出したのはスマホだ。画面にはチケットが二枚購入されてる旨の表示があり、座席もすでに決まってるよう。


 「こ・れ・で、あとはただ発券するだけだぞ~♡」

 「文明の利器すぎる……!? スマホにそんな使い方が」

 「春風ったら驚き過ぎ~♡ こんなの序の口じゃん♡」

 「いやいやっ! こちとら初見だっつーの」

 「ふぅ~ん? 初めてなんだぁ♡」


 目尻を細めて笑う彼女に、ついムッとしてしまう。なんだか時代遅れだとバカにされてる気分だ。

 そりゃ、映画を観るときは受付に並んでチケットを購入するもんだと思ってたけどさ、こんなんでいちいちマウント取らなくてもいいだろ。

 俺、拗ねてますとばかりに、ふいっとそっぽを向いてやると、頬っぺたをつんつんされる。

 べつにスルーしても良かったのだが、周りの目もある。仕方なくそちらを振り返ってやったら、陽咲が悪役のような笑みを浮かべて、


 「じゃあさ――あたしがあんたの初めて全部、奪ったげる♡」

 「へ――?」


 驚きで間抜けな声をあげてしまった俺の腕に、むにゅむにゅっと豊かな胸が押しつけられ、頭のなかに甘い痺れが広がっていく。

 その挑発的な発言と行動は、俺の意識を惹きつけるに充分すぎた。彼女から目が離せない。

 戸惑う俺に、顔を寄せてきた陽咲は。まるで内緒話をするかのように口元へと手を当てて、


 「(春風の知らないこと、知りたいこと、あたしが手取り足取り教えたげる……♡ ――だから、覚悟しててね♡)」


 妖しい目つきで、そんな宣言ゆうわくをしてくるのだった。

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