第26話 女友達との待ち合わせ


 「んー……こんな感じでいいか? それともこっち?」


 窓から差しこむ日差しをスポットライト代わりにしながら、俺は姿見の前でうんうん唸っていた。

 クローゼットから新しい服を取り出しては身体にあわせ、ああでもないこうでもないと呟く。


 いったいなにをやってるのかというと、外に出るための服を選んでいるのだ。

 外に出るといっても、近所に回覧板を回す程度のラクなものではなくて、完全な余所行きである。遠出するといった方がいいか。


 ――というのも昨日、陽咲にとびきりの笑顔でお願いされたのだ。


 『ねねっ、明日デートしよ♡』

 

 陰キャにとってのデートはもうそういう意味でしかないが、陽キャにとってのデートはただのお出かけである。勘違いしてはいけない。

 以前もそれで恥ずか死しそうになったんだよな、と脳内で地雷を処理しながら、


 『っ、べつにいいけど』


 口から心臓がまろび出そうになりつつも、俺は毅然とした態度でうなずいてみせたものだ――。


 「もういいや、これで」


 姿見の前で悩むこと数十分。考えるのがめんどくさくなった俺は、普段に比べると多少身なりの整った格好に着替えた。

 壁際にかかった時計に目をやると現在、午前九時半といったとこ。

 約束の十時まではまだ時間があるが、早めに着いておくのが男のマナーだとなんかの本で読んだな。

 なので、さっさと家を出た方がいいかもしれない。


 「先に行って待っとくか」


 スマホと財布だけを持ち、カレンダーに目をやる。ゴールデンウィーク初日である今日の日付に「デート♡」と書かれてあって。

 

 「わざわざ書き残していかなくてもいいだろうに……」


 呆れたように呟きながらも、心臓はバクバクと高鳴っていて。

 陽咲の残した熱に導かれるように、俺は部屋をあとにした。


 本日、向かう先――というか、呼びだされた場所は駅前だった。

 普段からよく利用するショッピングモールとは真反対にあり、こちらは陽キャ率が非常に高い。駅という観点からほかの場所とのアクセスがいいせいだろう。

 それ以外にも映えスポットだの、なんかのドラマの聖地だのがあるそうで、それらも集客に一役買ってる模様。

 なので俺はめったに行かない……そもそも行きたくないのだが、陽咲がどうしてもというので今回、しぶしぶ足を運んでいる。


 「えーと……ここら辺だよな?」


 自宅から十五分ほど歩いた先、やたらと人でにぎわう場所が見えてきた。中央に大きな噴水が位置し、奥の方には駅がある。

 ちなみにあの噴水が待ち合わせスポットによく使われてるそうで、いまも陽のオーラを放ったやつらが何人もたむろっていた。

 俺もあそこに混ざらなきゃいけないのか、とげんなりしてると、近場がなにやら騒がしい。

 そっちに視線を向けてみれば、ポール型時計の下――そこに男たちが集まっていて。


 「ねぇキミ美人だねー! どこ住み?」

 「これからお出かけするんだよね? 良かったらオレらとどう? 欲しいものなんでもプレゼントしちゃうけど」

 「その服似合ってるねぇ! で・も、そんなキミの隣が似合うのはオレだと思わない?」

 

 なんかうるさいなと思ったらナンパだったらしい。

 あれだけの男たちが群がるって……さぞ見た目がいい女性なんだろうな。

 でもま、さすがに陽咲じゃないだろう。待ち合わせ時間までまだ半分あるし。


 ため息をひとつ吐きながら、そいつらのそばを通り過ぎようとして――気づいた。


 「……」


 ナンパ野郎どもに囲まれていた女子、まさかの陽咲だったんだが。

 というかアイツ、あれだけの男に囲まれてるのに、スマホを眺めてガン無視決め込んでるし。

 すげーメンタルしてんな。俺だったら泣いちゃうかもしれん。

 

 「――っと、眺めてる場合じゃないか」


 俺は慌ててスマホにメッセージを送った。すると、弾かれたように顔をあげた彼女が、俺の姿を見つけたらしく。

 男どもを押しのけてこっちに向かってくるではないか。


 「春風~♡ っ、ごめんね、待った?」

 「それはこっちのセリフだっつーの。まだ待ち合わせの時間までだいぶあるってのに……お前いつから待ってたんだよ」

 「んーとね、一時か――十分前ぐらいかな~♡」


 いまコイツ一時間前って言いそうになってたよな? なんでそんなに早く来てんだよ、遠足前の小学生かよ。

 つい呆れ顔を浮かべる俺だったが、陽咲はニコニコと嬉しそうな顔をしている。

 ま、いいか。本人が満足そうならそれで。

 

 再び息を吐きつつ、俺は陽咲に目を向ける。ガン見するつもりはなかったのだが、気づくと目が離せなくなっていた。


 と、いうのも陽咲はいつも以上に気合が入っているのか、バッチリオシャレをしてきてたのだ。

 今日が比較的暖かな陽気だからか、オフショルダータイプのすそがひらひらしたトップスに、眩しいほどに太ももをさらけ出したミニスカート。

 整った顔立ちにもうっすらメイクを施し、ピンクの唇はつやつやと輝いている。

 栗色の毛先も緩く巻いてあるし、風が吹くたびなんだかすごくいい匂いもするしで。

 

 正直言ってめちゃくちゃ綺麗で、ほんとにこんな子が俺の友達なのかと疑ってしまいそうになるほど。


 「は~る~か~ぜ? ぼーっとしてるみたいだけど大丈夫なの? 昨日ちゃんと寝れなかったとか?」

 「いや、その……陽咲が綺麗すぎて見惚れてたというか……」

 「っ♡ そ、そっか♡♡ じゃあ――えいっ♡」

 「――ひ、陽咲っ!?」

 

 なにを思ったのか突然、陽咲が腕を組んでくる。驚きのあまり目を見開いていると、彼女はほんのりと頬っぺたを赤らめながら、


 「褒めてくれてありがと♡ 春風も、すっごくカッコいいぞ~♡」


 太陽よりも眩しい笑みをこっちに向けてくるのだった。

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