第17話 女友達との買い出し


 「えーと冷蔵庫の中身は……んー、大したの入ってないじゃん……うわっ、これとか賞味期限一週間も切れてるし」


 キッチンに足を踏み入れた陽咲が、冷蔵庫を開けてはうんうん唸っている。

 先ほどの痴態(?)はすっかり脳内から消し去ったようで、いまは普段通りだ。

 

 そんな彼女を真横で眺めながら、俺はふと気になったことを口にしてみた。


 「そういやさ、なんで戻ってきてくれたんだ? ……もしかして俺に会いたかったとか?」

 「せいか~~い♡」


 満面の笑みを浮かべながら手でバッテンを作る陽咲。いやどっちだよ。

 紛らわしいぞの意も込めてジト目を送れば、ちょっとだけ恥ずかしいとばかりに頬っぺたを掻きながら、


 「んーとね……実は、短パン持って帰るの忘れちゃってて♡」

 「短パン? あっ」


 陽咲の言葉に俺はハッとした。そういえば部屋に彼女の短パンが脱ぎ捨ててあったのを思い出したからだ。

 せっかくだし使うつもりでいたんだが、本人が取りに来たのなら仕方がない。大人しく返すか。


 「べつに使いたいなら使ってもいいけど♡」

 「っ、いや、やめとく……。それより夕飯の件なんだが」

 「冷蔵庫のなかはものの見事に全滅~♡ なので、いまから買い出しに行ってくる♡」

 「なら俺も行くぞ! 支払いとか荷物持ちに使ってくれ」

 

 さすがに一から十まで任せるような人間にはなりたくないし、陽咲だって自分の時間を削ってくれてるのだ。俺が行動を起こさないでどうする。

 大船に乗ったつもりでいてくれとばかりに胸を叩けば、陽咲が心の底から嬉しそうにはにかんだ。


 「やっぱり春風って頼りになるよね……♡」

 「いやいやっ、仮にも俺の飯だしな。――あ、陽咲も良かったら一緒に食べようぜ」

 「ありがと♡ じゃ、ご相伴に預かることにして。まずは支度しなきゃね」


 陽咲の言葉にうなずき、もろもろの支度を済ませていく。

 そろって外に出ると、肌を撫でる風が冷たい。思わずぶるりと身を震わせてしまうほどだ。


 「寒いっ……! もうちょい厚着にしとくべきだったか」

 「確かにちょっと冷えるかも。それなら――えいっ♡」

 「ひ、陽咲っ!?」


 寒いなら、暖を取ろうぜ、友達と。なんて俳句が瞬時に浮かんでしまったのは、陽咲が俺の腕に抱きついてきたせいだ。

 豊かな胸元がひしゃげるほど遠慮のない密着度合い。柔らかさとともに、ふわりと甘い香りが鼻腔をくすぐってきて、俺の全身があっという間に熱を帯びてしまった。

 心臓をバクつかせるこちらをよそに、陽咲がいじらしい笑みを浮かべている。

 

 「やっぱり春風の身体って温か~い♡ ホッカイロ代わりに最適かも♡ しかも半永久的に使えてエコだよね~♡」

 「その分俺の命を燃やしてるんだが……寿命がゴリゴリ削れてるんだが……」


 ジト目を向けるも、我が女友達のはにかみ顔に弾かれて。どうにも効果はなさそうだ。

 ますます心臓をバクつかせながら、陽咲に腕を引かれて歩き出す。


 「そういやどこで食材を調達するか決めてるのか?」

 「この近くにスーパーあるからさ、そこにしよっかなって。けっこう安くてお得だし、日によって特売の物も売られてたりするんだぞ~♡」

 「なるほど」


 飯を買うだけならコンビニでいいわけだが、一から料理をするってなるとスーパーマーケットの方がいいんだろう。

 材料費とかを考えれば断然スーパーの方がお得だしな。


 「てか、陽咲もスーパーに行ったりするんだな」

 「あったり前じゃん♡ 一人暮らしの味方だよ、スーパーさんは」


 全然想像できないんだが、陽咲が買い物袋を持って歩いてる姿。むしろ高級ブランド物の袋をぶら下げてる方が想像つくしな。


 そうこうしてるうちにスーパーにたどり着き、店内へと滑りこむ。

 時間帯的にサラリーマンやら主婦やらで客層が構成されており、俺たちみたいな学生の姿はない。

 しかも腕組んで歩いてるので目立つのなんの。サラリーマンたちからは殺意のこもった眼差しが届くし、主婦たちからは生温かい視線を送られているしで。

 すっかり居心地が悪いと感じる俺をよそに、陽咲は鼻歌混じりに次々と買い物かごに商品を放りこんでいた。


 「これでしょー……あとこれ、とこれ」

 「なぁ、いろいろつっこんでるみたいだけど、今日のレシピってなんなんだ? 俺、聞いてないというか」

 「男子が好きな食べ物ランキング上位の~、カレーだよ♡ あんたも好きでしょ?」

 「そう、だな。出来たら甘口にしてもらえると」

 「ふぅ~ん♡ 春風って、わりと舌がお子様仕様なんだぁ~♡ いいこと聞いちゃった♡」

 

 隣でニヤニヤと小馬鹿にしたような笑みを向ける女友達にカチンとくる。べつに辛いのが苦手なだけで、舌は立派に大人仕様だっつーの。

 ふいっとそっぽを向いてスルーを決め込もうとしたら、耳元にほっかほかの吐息がぶつけられた。


 「(……下はもう、大人仕様だったくせに♡)」

 「っ、やめっ、思い出させんなよ……っ」

 「(あ~♡ もしかして反応しちゃったとか?)」

 「し、してねーよ! っ、ほらそろそろ会計済ませようぜ!」

 「お菓子は買わなくていいの? おこちゃま春風きゅんには必要でしょ~♡」

 「……」


 この女、帰ったらマジでおっぱい揉んだろかな。

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