第16話 女友達の勘違い


 陽咲が帰ったあと、相変わらずベッドでゴロゴロする俺。あんなことがあったからか、なにもする気が起きないのだ。

 とはいえ、じっとしていてものどは乾くし、腹は減るもの。

 俺のおなかの虫が、長々とした鳴き声をあげていた。

 

 「腹減ったな……なんかあったっけ?」


 自室を出て、一階へ続く階段を降り、キッチンにやってきた。パカッと冷蔵庫を開けてみるが……大したものが入ってないな。

 仕方がないので戸棚に買いだめしてあるカップ麺を手に取った。腹が減っては戦はできないというし、飢えをしのぐって点ではコイツは優秀だ。


 だが、パッケージをまじまじ見てると、強く思ってしまう――陽咲の手料理が食べたい、と。

 あの味を知ってしまったらもう、カップ麺なんかじゃ満足できないんだよな。

 ただおなかを満たすだけの行為だった食事が、アイツの弁当を食べたことで考えががらりと変わってしまった。

 そのぐらい美味かったし、やっぱ美人の女友達が作ってくれるというオプションがついてるのもいい。

 初めて回らない寿司を食べたとき以上の幸せが、全身へ広がってきたもんな。

 今度「家で飯を作ってくれ」とお願いしてみようか。ノリできっと受け入れてくれるだろうし。

 陽咲のエプロン姿も見てみたいしな。


 「……ん?」


 頭のなかで妄想を繰り広げてると、インターホンの鳴った音がした。壁際にある時計は十八時すぎを指している。

 人が訪れるには非常識という時間でもないが、うちに来るやつなどめったにいないからな。

 陽咲が毎日のようにくるせいで感覚がバグってしまいそうになるが。

 

 いったい誰だろうかと小首をかしげつつ、玄関先へ。ドアをゆっくり開いていけば――そこには帰ったはずの女友達がいて。

 ひらひらと手を振りながら笑みをこぼす彼女の姿を見たら、いてもたってもいられなくなって。

 俺はつい、陽咲に抱きついてしまった。肌に触れる温もりに柔らかさ、ふわっと香る甘い匂いは、夢じゃないことの証明には充分すぎるほどだ。


 「あっ……♡ ちょ、春風ったら大胆……♡」

 「戻ってきてくれてありがとな。実は、お願いがあるんだ」

 「うん♡ あたしにできることならなんでも言って♡」

 「陽咲……食べたい、んだ」

 「えっ……!? べ、べつにいつでも準備はできてるけどさ♡ 明日も学校あるし……♡♡」

 

 戸惑っているのだろう、身体が小刻みに震えてるし、呼吸も荒い。

 普段ほとんど料理をしない俺にはさっぱりだが、身を強張らせてしまうぐらい料理ってのは大変なんだろう。

 料理番組とか見てても結構工程が多いし、めんどくさいのもうなずけるけどさ。


 それでも、だ。毎日のように手作り弁当を持ってくるほどの、料理好きな陽咲なら、大丈夫なはず。

 もう一歩踏み込むべく、彼女の身体を抱き寄せながら、耳元でささやくことに。

  

 「俺、陽咲じゃなきゃダメなんだ……。こんなこと頼めるの、陽咲だけなんだよ」

 「っ、うん♡ あんたの気持ち、あたしにちゃんと伝わってるから……♡」

 「そっか。ならその、お願いできるか?」

 「もちろん……いいよ♡」


 少しだけ身体を離した女友達が、俺を見つめてくる。

 軽く息を切らし、熱っぽい瞳を浮かべるさまは、どことなく艶めかしいというか。なんかちょっとエロいんだが。

 賢者タイムが終わったことも手伝ってるのかもしれない。思考がピンクに染まりやすくなってるのだろう。

 とはいえ俺は腹が減ってるので、早くご飯が食べたい。


 「陽咲、その……早く」

 「んっ♡」

 「ちょ――っ!?」


 急かすような発言をしたらなぜか唇を奪われ、隙間に舌が入りこんできたんだが。顔をのけぞらせようにも後頭部をがっちりホールドされてるせいか、身動きが取れん……!


 「んっ♡ ぷぁ……っ♡♡」

 

 時間にして数十秒かそこら。熱くて甘ったるいそれが情熱的に絡められたところで、引き抜かれた。

 ピンクの唇を舐めとりながら、陽咲が蕩けたような瞳を向けてくる。


 「……そろそろ部屋、いこっか♡」

 「――ん? なんで部屋なんだよ。普通はキッチンだろ」

 「キッチン……? えっ、春風ってばキッチンでするつもりなの?」

 「そりゃキッチンじゃなきゃ料理できないだろ?」

 「えっ、料理?」

 「あぁ。俺、陽咲の料理が・・・・食べたいって言ったつもりなんだが……」 


 キョトン顔の女友達にもう一度説明を試みた。すると赤らんだ肌がみるみるうちに白さを取り戻していき、目元が細く鋭くなっていく。

 不思議と背筋に悪寒が走るんだが、なんか怒ってるような……。俺なんかヘンなこと言ったっけ?


 「春風」

 「は、はいっ!」

 「いまの忘れて」

 「あっ、あぁ……」


 大きく首を上下させる俺を尻目に、フラフラとした足取りで陽咲がリビングに消えていく。

 結局なにと勘違いしてたのか、俺にはさっぱりわからなかった。

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