第11話 女友達は俺以外には冷たい(ノリが悪い?)らしい


 「ふわぁ……眠む……っ」


 ひとつ大きなあくびをかましながら、俺は廊下を歩いていた。向かう先は教室――ではなくて、校内に設置された自販機のあるとこだ。

 眠気覚ましがてらコーヒーを飲んでおこうと思ってな。

 

 やっぱ、どうしても午後の授業は眠くなってくるんだよ。満腹中枢が刺激されたからってのと、窓から差しこむ暖かな陽光のせいでな。

 窓際の一番後ろの席ってのも睡魔に拍車をかけてるんだろう。左隣に座る陽咲なんかしょっちゅう首を縦に振ってるし。

 同じ轍を踏まないためにも、ここはお金を惜しまずいこう。


 決意を胸に歩を進め、やたらと広いフロアがみえてきた。と、なにやら見覚えのある人物が。


 「おっ、陽咲、と陽キャたちか」


 視線の先には女友達と、彼女を取り囲むようにして三人ほどの陽キャ男子たちがいた。

 自販機の前に陣取ってはあーだのうーだのと会話をしている。男子どもの声がやたらとデカいので、こちらまで丸聞こえなんだが。

 内容を要約するとどうやら、陽咲が飲み物を買いに行くのについてきたらしく。

 で、お金が足りなかった彼女に奢ろうと各々がプレゼンしてる様子。


 そんなの誰が奢っても一緒だろうに。てか、そこどいてくれないと俺がコーヒー買えないんだが。

 呆れと恨みの入り混じった眼差しを向けてみるが、陰キャの視線など陽キャどもに伝わるはずもない。

 仕方がないので壁際に身を隠しつつ、状況が終わるのを待つことにした。


 「っしゃー! オレの勝ちぃ!」

 「あーあ負けちまったよ。そもそもなんでジャンケンで決めるかね」

 「話し合いじゃまとまんなかったからだろ。みんな亜澄に奢りた過ぎだってーの」

 「はんっ、負け犬どもは黙っとけや。ほらっ、亜澄好きなの選んでいいぞ!」

 「ありがとね。このお礼は必ずするからさ」


 こっちからだと陽咲の背中しか確認できないものの、すごく喜んでるのは伝わってくる。

 陽キャども相手に嬉しそうな表情を浮かべてるんだと思うと、チクッと胸が痛んだ。

 そんなのアイツの勝手だろうに。俺の器ってこんなに小さかったっけ……?


 モヤモヤを抱えながらも、視線は離せなくて。陰キャな俺は、事の成り行きを見守ることしかできない。

 すると、勝った陽キャ男子の口角がニヤリと吊り上がるのが見えて。


 「お礼かぁ……ならいま返してもらおっかなー」

 「え~? ま、いいけどさ。あたしにできるやつにしてよ?」

 「できるできる! つーわけで、亜澄のパンツ見せてくれよ。チラッとでいいからさ」

 「――っ!」


 陽キャ男子の発言に、俺の心臓が止まりかけた。だって、そんなことを気軽に言えてしまうような仲ってわけだろ。

 陽咲のノリがいいのは俺も知ってる。俺以外にもノリがいいのも知ってる。


 ――けど、あれはダメだ。いくらなんでも悪ノリが過ぎるだろうし、俺の心がとにかく「嫌だ!」と叫んでる。

 あんなやつらに陽咲が尻尾を振るのをみたくなかったから。


 覚悟を決めて、止めに入ろうと足を踏み出した瞬間――空気が震えた。


 「――はぁ?」


 底冷えのしそうなほど冷たい声。正直、耳を疑った。

 だってその声は、いつも明るくてノリがいい女友達から発せられたもので。


 「あんたふざけてんの? 言っていいことと悪いことがあるっての、わかんないわけ?」

 「っ、いや、その……ノリで言ってみたんだよ。ほら、亜澄にもわかるだろ?」

 「わかんないしわかりたくもない。ノリが寒いしキモい」

 

 グサグサと氷のトゲを突き刺していく陽咲に、発言した陽キャも周りの陽キャも顔が真っ青になってた。

 直接、言われてるわけじゃない俺も身体が縮みあがりそうだ。信じられない光景を目の当たりにしたせいで、足が生まれたての小鹿状態。

 すっかりビビり散らかしてる俺と、陽キャたちを前にして、ますます冷気を強めながら、陽咲が言い放った。


 「――次また同じような発言したら絶交だから」

 「あ、すみ……」


 陽キャどもにくるっと背を向け、振り返ることすらせずに歩き出す陽咲。反射的に壁際へと戻れた俺は、とにかくこの場を離れようと――、


 「――あれっ? 春風じゃん♡」

 「っ!」


 しまった、見つかった。

 おそるおそるそっちを振り返ると、先ほどまでの冷たさはどこへやらといった感じで、いつもの陽咲亜澄が立っている。にこにこと太陽みたいに明るい光を放っていて。

 あまりの温度差に思わず腰が抜けてしまった。

 とっさに陽咲が俺の腕を抱えてくれたので、床に尻もちをつくような失態は免れたが。


 「えっ、ちょっと大丈夫……? 具合でも悪いの?」

 「い、いや、その……眠気が、すごくてな? うっかり寝ちまいそうになったというか」

 「なーんだ、そっか♡ じゃさ、あたしが眠気を覚まさせたげる♡」

 「えっ!?」


 まさか、さっきみたく冷気をぶつけてくるのかと身構える俺をよそに、周りをくまなく確認した女友達はというと、


 「ん、ちゅっ♡」

 

 顔を近づけ、唇に温もりを落としていったのだ。触れた箇所からじんわりと熱が広がっていき、凍りつきかけていた俺の心までをも溶かしていく。

 あまりの寒暖差に呆然としていたら、陽咲がほんのりと頬を赤らめながらもはにかんでみせた。

 

 「これで眠気は覚めたと思うけどさ……どーしても眠いんなら、あたしのこと抱き枕にしていいからね~♡」

 「っ、あの、そこまでのお手数をおかけするわけには」

 「あははっ、なんで敬語なの~? でもそっかそっか、抱き枕が嫌なら膝枕したげる♡ あたし、太ももの柔らかさには自信あるんだぁ」


 得意げに鼻を鳴らし、ポンポンと太ももを叩いてみせる。確かに柔らかそうだ。こりゃ、ぜひともお願いしたいとこだな。

 彼女の提案に生唾をのみながらも、頭の片隅でふと気になる疑問が湧いた。


 友達みんなにめちゃくちゃノリがいいのかと思ってたけど……この感じって、もしや俺だけなのか?

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