第9話 女友達をわからせる


 「ん、ちゅ♡ ちゅちゅっ♡」


 学校についてからも、俺は隙あらば陽咲とキスをしていた。


 廊下の曲がり角でばったり会ったときにこっそり、とか。

 階段の下にあるスペースに隠れて、とか。

 彼女がからかい目的で送ったであろうキス顔の自撮りとかに、俺の素直な気持ちをぶつけていく。

 完全に盛りのついたサルである。思春期男子の欲望を満たすのに、ノリがいい美人の女友達を使っているとわかっちゃいるんだが。

 そもそも陽咲の唇が気持ち良すぎるせいで、止められないんだよな。


 ――で、現在。誰もいない空き教室に彼女を呼び出しては、リップ音を響かせてる真っ最中だ。

 背中に手を回し、陽咲の温もりと柔らかさを堪能しながらのキス。

 砂糖のように甘く、果物のようにみずみずしいそれをついばんだり、ぐっと強く押しつぶしてみたり。

 うっかり下腹部が反応しないよう細心の注意を払いつつ、その甘美な柔肌を味わっていく。


 「ちゅうっ♡ はぁ……春風ってば、だいぶキス上手くなったじゃん♡」

 「そりゃこんだけやってればな。……もう一回してもいいか?」

 「ん、いいよ♡」


 もはや言葉は飾りだとばかりに、すぐさまお互いの唇を熱烈に求めあう。誰かに見られたら恥ずかしいとか、カップルだと勘違いされるんじゃという背徳感すらも糧にして、俺たちはキスをなんども繰り返す。


 そのせいで、まるで最初からひとつだったみたいに境界線があいまいになってくる。

 触れてる時間が長すぎて、どこまでが自分の口元なのかわかんなくなってきたな。

 

 「んはぁ……っ♡ あははっ、春風ったらがっつきすぎ♡ ちょいちょい苦しくて死んじゃいそうになるんだけど♡」

 「す、すまん。ちょっと自分本位だったな」

 「んーでも、あたしは男らしくていいと思うけどな~♡」


 ニヤニヤといじらしい笑みを浮かべて、陽咲が肯定してくれる。

 こんだけキスされまくってるのに怒るどころか褒めてくれるとか、心が広すぎるだろ。前世は菩薩かよ。

 女友達の優しさに心をぽかぽかとさせながら、再び口を近づけようとして。


 「――あ、チャイム鳴っちゃったね♡」

 「もうそんな時間かよ……」


 一応いまは授業と授業の間の休み時間であり、予鈴が鳴るのは当然なのだが。スピーカーについ恨みがましい目をぶつけてしまう。

 それでも陽咲の拘束をしぶしぶ解き、離れる。すると彼女に頬っぺたをつんつんされた。


 「学生の本分は勉強だぞ~?」

 「あぁ、そうだよな……。忘れるとこだった」

 「ま、あたしは勉強苦手だから、春風とキスしてる方がいいんだけど♡」

 「おいっ」


 喜ぶべきとこなんだろうが、それでテストで赤点とか取られると困るぞ。

 ま、そうならないように俺が手を貸すけどさ。キスのお礼になるかはわからんが。


 ちょっとした決意を胸に秘めつつ、授業に向かうべく空き教室を出ようとして。背後から女友達による問いかけがあった。


 「ねねっ、春風! キスっていえばさ、もっとすごいのあるって知ってる……?」

 「もちろん知ってるけど」

 「あ、そっか♡ エロ本には頻繁に出てきたもんね~♡ 定期購読してるあんたには簡単すぎたかぁ~♡」

 

 俺の頬っぺたをつんつんしながら、陽咲が心底楽しそうに笑う。いやこの場合、嗤う、か。

 この女……どうやらエロ本と同じ目に遭わせる必要がありそうだな。そうすれば痛い目をみたと反省するに違いない。

 けっして俺がしたいわけじゃない。これは、そう! わからせってやつだ。

 ふつふつと湧きあがる欲望を解き放つかのように、俺は陽咲のあごに手を添えると、唇を触れ合わせ――舌先をねじこんでやった。


 「んんっ!? んん~っ♡♡」


 正直、上手いもなにもあったもんじゃない。陰キャ童貞がエロ本やエロビデオのようにできるはずもない。

 とにかく無我夢中で、陽咲を求めただけ。欲望のままに、美人の女友達に濃厚なキスをするよう押しつけてるだけだ。

 なのにコイツはあっという間に順応して、動きに反応してくれる。俺の悪ノリに付き合っちゃうぞとばかりに、舌を絡めてくれるのだ。


 「っ♡ ぷぁ……っ♡♡」


 先ほどまで感じていた苛立ちはみるみるうちに霧散していき、あとに残ったのは教室内に響きわたる水っぽい音だけ。

 ややあって口を離せば、陽咲の口元は水をこぼしたみたいに濡れそぼってしまってた。なんかエロいな。

 内心でドキリとする俺をよそに、彼女は熱に浮かされたような顔をずいっと近づけてきて、


 「春風ったら、男らしすぎ♡ 激しすぎ♡ ……あたし、すっごく濡れちゃったんだから……っ」

 「わ、悪いっ! すぐ拭くものを用意するから!」

 「んーん、いい。……それより早く教室戻った方がいいんじゃない? ほんとに授業始まっちゃうってば」

 「いやいやっ、お前を置いていけるわけないだろ。ほら行こうぜ」

 「あたしは……しばらく休憩してから行くつもり。だから、先生には適当にごまかしといて」

 

 有無を言わせぬ物言いに圧されるように、俺はうなずくことしかできない。

 さすがに無理させ過ぎたか? けっこう強引だったし、女子の身体には負担がかかるのかもな。

 濃厚なやつは今後、自重した方がいいかもしれない。


 俺は申し訳なさを覚えながらも、陽咲に諭されるまま、空き教室を後にするのだった。

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