第8話 女友達による不意打ち


 「さぷらぁ~いず♡」


 翌朝、自宅の玄関ドアを開けると、そこには陽咲が立っていた。にかっと白い歯をみせて笑う彼女に小首をかしげてしまう。

 と、いうのも登校時はお互いに別々なのだ。俺はひとり寂しく、コイツは陽キャたちと楽しくが常のはず。

 だから、目の前にいるのは本来おかしい。サプライズって本人は言ってるけどさ……額面通りに受け取っていいものか。

 気になって仕方がない俺は、寒さのせいか頬っぺたをほんのりと赤らめてる女友達に訊ねることに。


 「なぁ、なんでいるんだ?」

 「んーとね、たまには一緒に登校しよっかなーと思って♡」

 「そ、そうか」


 昨日の今日だというのに、キスをしたことなど忘れてしまったかのようなはにかみ顔に、ドキリとさせられる。こっちは思い出して顔まで熱くなってきたってのに。


 にしても、相変わらずのグイグイっぷりだな。距離の詰め方が上手いというか……こういうとこはほんと、見習いたいもんだ。

 自嘲気味に笑いながらも俺はふと、シロに言われたことを思い出す。


 『カナはもっと素直になってもいいと思いますっ』


 そうだった、自分の心に正直になろうと決めたばっかだろ。あーだこーだと考えるのはもともと性に合わないしな。

 大丈夫、陽咲のノリの良さはわかってるつもりだ。きっと、受け止めてくれるはず。

 男は度胸だとばかりに大きく深呼吸をした俺は、彼女の目を見据えた。


 「陽咲、あのさ……たまにじゃなくて、毎日一緒に登校しないか?」

 「もちろんいいよ♡」


 まさかの即断即決だった。悩む素振りすらなく、最初から用意されてるんじゃってぐらいの返事の早さだ。

 こっちはかなり勇気を振り絞ったってのに、拍子抜けしてしまうんだが。


 それでも結果オーライか、とばかりにホッと胸をなでおろしてたら、陽咲が柔らかな笑みを向けてくる。


 「……やっと、らしくなってきたね……」

 「ん? 悪い、いまなんて言ったんだ?」

 「そんなにあたしと早く会いたいんだぁ~、可愛いとこあるじゃん♡ って、いったの」 

 「っ、と、友達同士で登校するのはべつに普通のことだろ」

 「あははっ、必死でそれっぽい言い訳してる~♡」

 「うるさいな……! ほら、そろそろいくぞ!」


 ニヤニヤといじらしい表情の陽咲をそっぽを向くことで振りきり、歩き出す。これ以上コイツの手のひらの上で転がされてなるものか。

 俺は肩を怒らせながら足を踏み出し、ふと後ろから呼び止められた。


 「なんだよ、まだなんか――」

 「――んっ♡」

 

 俺の口元に、陽咲の唇が触れている。これ以上ないタイミングでの、完全なる不意打ち。

 ちゅっ、とかすかなリップ音が奏でられたとたん、唇に帯びた熱が目まぐるしく全身を駆け巡っていく。


 「お、まっ――!? いきなりなにやって――!」

 「挨拶だけじゃ味気ないかなって♡ それにほら、あんたの持ってるエロ本にも」

 「だぁーっ! 言わんでいい!!」


 この女、ほんと隙あらばぶっこんできやがるな。こっちは忘れてほしいってのに。

 でも、唇に触れたさいの温もりだけは忘れられるはずもなくて――、


 「じゃ、そろそろいこっか? 遅刻したら早く出てきた意味ないし……――春風?」

 

 気づけば俺は、陽咲の腕を掴んでいて。

 どこまでもノリがいい彼女に、縋るような目を向けてしまう。期待、してしまう。

 

 「ん、なーに? 忘れ物でもしたの?」

 「違くて、その……俺、もう一回、陽咲とキスしたいな、って」

 「……あのさ、春風。あたしたち、友達だよね?」

 「っ……やっぱり、ダメか……?」

 

 「そんなの――いいに決まってるじゃん♡」 

 「っ!」


 花が咲いたような笑みとともに、陽咲が再び唇を触れ合わせてくる。首筋に手を回し、なんども肌の感触を確かめたあとで。

 両手で頬っぺたを掴まれながら、至近距離で詰め寄られた。


 「いーい? よく聞いて。あたしとあんたは友達なんだから、遠慮なんてしなくていいの。こーみえて、あたしの器は海のように広くて深いんだから♡ どんなことでも受け止めたげる♡」

 「……そりゃ、頼りになるお言葉だな」


 三たび唇を重ねられ、熱に浮かされた頭で思う。

 ほんとにコイツと友達になれて良かったな、と――。

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