第7話 親友と語らいたい


 「ふぅ……」


 陽咲を見送り、自室に戻った俺は、ベッドに腰かけた。ギシッとスプリングがしなり、静けさの増した部屋に溶けていく。


 ――女友達とキスしてしまった。それも間接だけじゃなくて、直接まで。


 いくらなんでも一日が濃厚すぎるだろ。

 濃厚ディープなキスはまだしてないものの、思考を巡らせれば陽咲の柔らかな唇の感触が思い出せて――。


 「あー……ヤバい。明日からどんな顔して会えばいいんだよ」


 『じゃーね、春風っ! また明日♡』

 『お、おう……』

 『――あっ、おっぱいぱい~♡ って言った方がよかった?』

 『言わんでいい!!』


 去り際のアイツはいつもと同じで特に気にしてる様子はなかった。なんなら人のエロ本のネタを弄る余裕すらあった。

 結局キスが初めてだったのかも聞きそびれたし、そういうとこだけあっさりめで終わってしまったな。


 「はぁ……――うっ」


 ベッドにごろんと寝っ転がれば、そこにはまだ陽咲の残り香があって。俺の全身を包んでいた熱が下腹部へと集まってしまった。


 いやっ、そもそもアイツが悪いのだ。めちゃくちゃ美人だし、身体はむちゃくちゃ柔らかいし、なのに距離感はバグってるしで、ことあるごとに人の性欲を刺激してくるのがいけないんだろ。

 オカズにされても仕方がない。むしろアイツのことだからノリでオカズになってるみたいなとことかありそう。

 だからこそ、罪悪感を感じるのは間違ってる、よな?


 自分にそう言い聞かせながら、今日もとりあえず一発抜いておこうと考え、ティッシュへと手を伸ばす。

 その瞬間、スマホにメッセージが届いた音がした。


 「っ、陽咲か……?」


 タイミングが悪いなと呆れつつ、画面に目を落とす。すると相手は件の女友達じゃなくて、――雨海あまみ真白ましろと表示されてあった。


 『真白/電話してもいいかな?』


 「電話じゃなくてビデオ通話にしようぜ、っと……」


 メッセージを入力し、スマホを抱えたまましばらく待つ。と、画面が切り替わったので、ボタンタップで応えてやる。

 すぐさま画面いっぱいに表示されたのは、ショートヘアの似合う中性的な顔立ちをした可愛らしい女子で。


 『はろはろ~、カナ元気だった?』

 「元気だった、って一昨日も通話しただろ。そういうシロも元気そうだな」

 『んー……ボクはぼちぼちかも。勉強のこととか、友達のこととかでいっぱいいっぱいだもん』

 「大変そうだな、進学校は」

 『うん。あーあ、ボクもカナと一緒の高校に行きたかったなー……』


 大げさに息を吐くソイツに、こちらもつい笑みがこぼれる。先ほどまでの悶々とした気持ちはどこへやら。下腹部に集まってた熱はすっかり引いてしまっていた。


 彼女、雨海真白との関係を一言で表すと、"親友"というのが一番しっくりくるだろう。

 俺には陽咲以外の友達がいない。けど、それがさほど苦にはならないと思えたのは彼女がいたからに他ならない。

 唯一無二の存在。シロ・カナとあだ名で呼び合うような関係性。話してると心地よさを感じられるのはコイツぐらいのものだ。

 小学校時代からの付き合いであり、一番隣にいる時間が長かった相手。高校に進学するタイミングで別々の道を歩むはめになってしまったが、いまでも親友である事実に変わりはない。

 だからこそ、俺の全部を知ってくれてるし、悩みがあったら真っ先に相談するようにしてる。逆もしかりだ。

 

 『最近のカナってさ、なんか生き生きしてるよね』

 「ん? どした急に」

 『えっとね、前よりも顔色がよくなったというかさ。楽しいことが見つかったみたいな顔してるよ』

 「まぁ、そうかもな……。ほら、前に話しただろ? 女友達ができたって。ソイツが太陽みたいに明るいやつでさ、こっちの調子が狂うっていうか」

 『それはいい兆候だと思いますっ。ほんとに、元気になってよかった……』


 画面越しに安堵の息を吐くシロ。彼女は俺の過去・・・・を知ってるからこそ、本気で心配してくれてたってのが伝わってくる。

 なんか、気恥ずかしいな。熱くなった頬をポリポリ掻いてると、シロが言葉を続けた。


 『ねぇカナ、その人のこともっと教えてよ。もしも会う機会があったらさ、お礼を言いたいなって』

 「お前は俺の保護者かよ。ま、いいや。ソイツ、名前は陽咲亜澄っていうんだけどさ」

 『陽咲? 陽咲って……』

 「ん? どしたシロ、固まっちゃって」

 

 もしや画面がフリーズしたのかと焦る俺だったが、その心配は杞憂に終わったらしい。

 すぐさま目をぱちくりさせたシロが大げさに両手を振ってみせている。


 『ごめん、なんでもない。ボクの勘違いかもしれないから……』

 「よくわからんけど、そうか。――あ、そうだ。このタイミングで悪いんだけど相談したいことがあるっていうか」

 『いいよ。話してみて』


 俺の言葉に逡巡すらせずに笑いかけてくれるシロ。ま、いままで一度も断られたことなかったから心配はしてなかったけどさ。

 というわけで俺は、シロに女友達との付き合い方について相談することにした。

 相談とはいってもさすがにキスしたんだとは口にしづらいので、距離感が近くてグイグイくる相手の対処法と言葉を濁しておく。 

 俺の言葉にしばし頭を悩ませるシロだったが、ふいに顔をあげた。


 『カナはもっと素直になってもいいと思いますっ』

 「す、素直に、か?」

 『うんっ。そばにいて楽しいと感じられるならさ、遠慮し続ける方がきっとしんどいと思うもん。そういうのって相手にも遠慮させるきっかけに繋がっちゃうだろうし……。以前のカナに戻ってほしいな、というのはボクの勝手な願いですっ』

 「シロ……」


 親友からのアドバイスに、ぐらぐらと胸が揺さぶられた。誰よりも俺のことを理解してくれてるからこそ、その言葉が心に深く深く染み入ってくる。

 素直に、か。そういえば陽咲からはノリが悪いと言われることもしょっちゅうあったっけ。

 思えば、俺の方からなにかを提案したりってなかったかもな。陰のキャラにすっかり染まってたから、いつも受け身になってたんだろう。

 ノリがいい陽咲のことだ。なんだかんだ言いながらもきっと、受け止めてくれるだろうし。

 もう少し、自分の心に正直になってもいいのかもな……。


 「ありがとよ、シロ。なんか肩の荷が下りた気分だ」

 『お役に立てたようでボクも嬉しいよっ。……人に偉そうなこと言える立場じゃないんだけどさ……』

 「ん? ごめん、なんか言ったか?」

 『っ、今度ね! 時間ができたらまた一緒に遊んでくれる、かなって』

 「そんなんあったり前だろ! 今日のことも、いままでのこともたくさんお礼させてくれよ。最初から最後までエスコート、かましてやるからな!」

 『ふふっ、らしくなってきたねっ』

 「そ、そうか?」


 柔らかな笑みを浮かべるシロにつられて、俺も笑みがこぼれる。

 親友とのなにげない語らいは、時間を忘れてしまうほど楽しくて。

 これからもこんな日々が続くんだなと、頬っぺたを緩めずにはいられなかったんだ。

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