第3話 女友達が間接キスをせがんでくる


 「なぁ、いい加減離れてくれよ……」

 「だーめ♡ それじゃエスコートになんないじゃん」


 校舎を出て、通い慣れた道を並んで歩く俺たち。

 いや、この表現は正しくないな。正確には腕を組んで歩く俺たち、か。はたから見ればカップルだと勘違いされるかもしれないこの状況。

 現にほとんどの通行人がこちらに目をやり、驚きのあまり二度見をしている。なにげなく背後を振り返れば、三度見の正直といった様子で熱いまなざしを送られる始末だ。

 言いたいことはわかる。釣り合ってない、だろ?

 かたや校内でも指折りで数えられる美少女。かたやどこにでもいそうな陰キャ童貞。

 この状況を一言で表すなら、それこそ運命のイタズラってやつだろう。


 「ところで、どこ行くか決めてるのか?」

 「んーん、フィーリングで決めよっかなって♡ あたし、そういうの冴えてるみたいなの。こう、ビビビ! ってくるっていうか」

 「へぇ……俺と友達になろうと思ったのも、その直感ってやつか?」

 「……どーだろうね?」


 俺の言葉になにやら含みのありそうな表情をする陽咲。当ててごらんとばかりにさらに距離まで縮めてくる。

 おかげで陽咲の豊かな胸がさらに押しつけられて、思考もなにもあったもんじゃない。

 それにこのままだと下腹部が反応しかねないので、ふいっと視線をそらし、頭のなかで素数を数えることにした。


 「――あ、春風っ、見えてきたよ!」


 突如、声をあげた陽咲につられて視線を戻せば、ひらけた場所が現れた。目の前には、学生が放課後や休日によく利用する大型ショッピングモールがそびえたっている。

 内部には多くの飲食店やら食べ歩きができる店が軒を連ねてるので、おごられる身としては選ぶのに困ってしまいそうだ。

 ま、せっかくだし、夕食もかねてがっつりしたものをいかせてもらうか。


 「――って、おい、どこ行くつもりだよ」

 「こっちこっち♡」


 てっきりショッピングモールに行くのかと思いきや、彼女が歩みを進めるのは裏路地へと続く細い道。

 人ふたりが並ぶと手狭なそこをズンズン進んでいく陽咲。なかば引きずられるようにして歩いていくと、多少ひらけたところに出た。

 目の前には小さな店があり、店先に立てられたのぼりがはためいている。


 「ここって、甘味処か?」

 「うん♡ 今日は甘いものが食べたい気分だなーって思ってたらビビビってきたの」

 「…………」


 その手に持ってるのはスマホだよな? とツッコむのは野暮ってもんか。俺も頭を使いすぎて糖分欲してたとこだし。

 フィーリングのことはいったん忘れて、二人そろって店内へと入っていく。俺たち以外に客はいないようだ。

 向かい合うように席へと案内されてメニュー表を開く。あんみつやらだんごやらがあるな。


 「好きなの頼んでいいからね? 今日はあたしのおごりだから」

 「あー……うん、ゴチになります」


 どれも美味しそうだったが、俺はだんごを選ばせてもらった。多少なりとも腹が膨れそうだしな。で、陽咲はというと、


 「ん~~♡ 美味しいっ♡ 甘さもちょーどいい感じ」

 「……」


 スプーンですくったものを口に運んでは、頬っぺたを緩ませていた。ちなみにコイツが頼んだのはパフェである。メニュー表に載ってるなかで一番高いやつだ。

 ……お金足りるんだろうな。自分の分だけじゃなくて、俺の分もあるんだぞ。


 ちょっとばかし疑いの眼差しを向けていると、なにを思ったのか。パフェをスプーンですくい取り、こちらに差し出してくる。


 「春風っ、はい、あーん♡」

 「っ、いや、俺は……」

 「すっごい食べたそうな顔してたじゃん。ほらほらぁ」


 白い歯をみせながらいじらしげな笑みを浮かべて催促してくる陽咲。コイツ絶対わざとやってるだろ。

 気づいてないわけないよな? これが間接キスになるって。

 

 「だから、俺は……」

 「も~、春風ったらノリ悪くない? 男ならガッといかなきゃ」

 「っ、わかったよ。食べればいいんだろ食べれば!」


 覚悟を決めてスプーンを口に運ぶ。心臓はもうバックバクだ。

 口内いっぱいに広がる抹茶のアイスやらあずきやらを咀嚼し、流しこんでいく。味は……よくわからなかった。

 

 「どーお? 美味しいでしょ?」

 「悪くはなかった、かな」

 「そっかそっか……。あ、そっちのだんごも一口ちょーだい♡」

 「いいけど……今度はちゃんと返せよ」

 「っ、や~~だ♡」

 「おい」


 俺の言葉になにやら意味深な笑みを浮かべながら、陽咲は受け取っただんごにかじりつくのだった。

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