第5話 自立
3月の初めに恵子の高校の卒業式があった。その日、自宅で家族四人がそろって夕食をとった後、裕実が食卓を片付けた。明彦が自分の部屋に戻ろうと立ち上がってダイニングルームを出ようとしたとき、呼び止められた。
「明彦、大事な話がある」と達也。
明彦が振り向いてダイニングテーブルに目を向けると、明彦を見る両親と目が合った。
明彦はテーブルに戻って座った。あまり良い話ではないのだろうと感じた。
「お前に話しておかなければならないことがある」と達也。「一つは、恵子は明日からこの家を出て、一人暮らしを始める。四月から就職するから、働き口の近くにアパートを借りることになった。明日、引越しの業者が来るから、玄関の前においてある自転車を片付けておきなさい。」
「わかったよ」と明彦。「でもずいぶん急だね。前もって教えてくれればよかったのに。」
「あんたがわたしと離れたくないからって引っ越しの準備を邪魔するかもしれないでしょ」と恵子。「それに、お姉ちゃん行かないでって泣かれたら困るわ。」
「ぼくは子供きゃないよ」と明彦。
「どうかしら?」と恵子。「泣き虫のくせに。」
「そんなに慌てて引っ越さなくても、ここから仕事に通えばいいじゃないか」と明彦。
「私は早く自立したいのよ」と恵子。「あんたみたいなムッツリ反抗期のくせにマザコンのお子様じゃないから。」
「まだ話は終わってないわよ」と裕実。
「二つ目の話だが、こちらが本題だ」と達也。「恵子は、俺と裕実の子供ではない。だから、お前の血縁上の姉ではない。」
「え?」と明彦。
「実はな、恵子は裕実の兄さんの子供なんだ」と達也。「つまり恵子は、お前にとって従姉だ。」
明彦は言葉を失って父の顔を見た。それから母を見た。眉間にしわを寄せて深刻な顔をしている。それから姉だったはずの恵子の顔を見た。まじめな表情を装っているが、明らかに笑いをこらえている顔だった。
「私の兄、つまりあなたにとっての伯父には離婚して引き取った子供がいたのだけど、海外に出稼ぎに行ったまま連絡が取れなくなってしまったの」と裕実。「それで残された子供、つまり恵子を私たちが娘として育てたのよ。」
「だけどいつまでも、お父さんとお母さんに甘えているわけにいかないでしょ」と恵子。「だから一人暮らしを始めることにしたのよ。」
「なんでもっと早く、お姉さんが従姉だって話してくれなかったんだよ!」と明彦。
「私たちはあなたが中学生になったころから話そうかと考えていたのだけど、恵子が自分の卒業式まで待ってほしいって言ったからよ」と裕実。
「なんでだよ!」と珍しく明彦が声を荒げた。
「あんたが少しでも長く、わたしのかわいい弟でいてほしかったからよ」と恵子。「いつまでもお姉ちゃんって呼んでほしいもの。」
「姉さんが従姉だったとしても、ぼくにとっては姉さんに変わりないよ!」と明彦。
「いいえ、違うわ。本当の姉としてお姉ちゃんって呼ぶのと、従姉として呼ぶのでは全然違うわ」と恵子。「それに、あんたがわたしのことを従姉って知ったら、お父さんが心配で寝られなくなるでしょ。」
「どういうこと?」と明彦。
「お父さんは、あなたが恵子と間違いを犯すんじゃないかって心配してたのよ」と裕実。「あんたは恵子にすごく懐いていたから。」
「ええ?そうなの!」と明彦。
「正月はすまなかったな」と達也。「だけど、お前と恵子のことを思ってのことだったんだよ。」
「あなた、正直に言いなさい」と裕実。「お父さんはあんたに嫉妬してたのよ。」
「嫉妬?」と明彦。
「お父さんは血のつながらない娘がかわいすぎて、あんたを妬んでたのよ」と裕実。「その上、恵子はあんたを挑発するし、気が気じゃなかったわ。」
「すまなかった」と達也。
「明彦に謝って」と裕実。
「すまん」と言って達也は頭を下げた。
少し間があって、明彦が言った。「姉さんって、ちょっと悪い女の人だったんだ。」
「そうよ。気をつけなさい」と裕実は明彦の目を見て言った。
姉弟プレイ ~お姉ちゃんと呼ばれたい~ G3M @G3M
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