第3話 三十年分の想い
カラオケ店に向かう集団からなんとか抜け出した石井と久美子は、そのまま雑居ビルの五階にあるバーに入った。
店内は落ち着いた雰囲気で、込み入った話をするには最適といえる場所だった。
二人はカウンターの端に座り、石井はギムレット、久美子はカシスオレンジを注文した。
「で、話ってなんだよ」
「その話をするのは、もう少し後でもいい?」
「なんで?」
「
「そうか。じゃあ、高校時代の話でもするか。藤原はクラスのマドンナ的存在で、いつも俺たち男子からちやほやされてたよな」
石井は先程散々話したことを、敢えてもう一度話題にした。
「さっきも言ったけど、私的にはそんな記憶はまったくないの。私、その頃は部活に夢中だったから。それに……」
「それに?」
「好きだった人に、告白する前にフラれちゃったしね」
「えっ、それどういうこと?」
「私、その頃、賢三と仲が良かったから、好きな人のことを賢三に相談してたの。そしたら、その人には他に好きな人がいるから諦めた方がいいと言われて、その通りにしたの」
「ふーん。そいつが誰だか知らないけど、随分もったいないことをしたもんだよな」
石井がそう言うと、久美子は微かに笑いながら、「相変わらず勘が鈍いわね」と返した。
「えっ! ということは、その好きだった人って……」
「やっと気づいたようね。そうよ。私は石井君のことがずっと好きだったの」
久美子のまさかの告白に、石井は思わず頭を抱え込んだ。
(どういうことだ? 俺のことが好きだったのなら、なんで手紙を渡した時に返事をくれなかったんだ? というか、そもそも手紙は藤原に届いてるのか? ……それに、俺は藤原以外の女子を好きだなんて言ったことは一度もない。じゃあなんで、佐川はそんな嘘をついたんだ?)
いくら考えても答えは見つからず、石井は久美子に思いの丈をぶつけた。
「俺は佐川にそんなことは言ってない。だって、俺も藤原のことが好きだったから」
「えっ! ……じゃあ、なんで賢三はあんなこと言ったのかしら」
「さあな。ただ、一つ言えるのは、俺たちは互いのことを好きだったのに、それが相手に伝わっていないということだ」
「そんな……じゃあ、もし賢三があんな嘘ついていなかったら、私たちは付き合えてたってこと?」
「まあ、そうなってただろうな。けど、今更そんなことが分かったところで、どうしようもないけどな」
「それはそうだけど、このままじゃ、なんか納得できないわ。家に帰ったら、賢三に問い詰めてやらなきゃ」
「それはやめといた方がいいんじゃないか? 今更そんなこと蒸し返したところで、もうどうしようもないんだからさ。それより、そろそろ何があったか話してくれよ」
石井がそう言うと、久美子は「ふう」と大きく息を吐き、おもむろに話し始めた。
「さっき、みんなの前で、『幸せ過ぎるほど幸せよ』なんて言ったけど、あれ全部嘘なの。本当は浮気癖の治らない賢三と、もう別れようと思ってるのよ」
「…………」
思いがけない久美子の言葉に、絶句する石井。そんな彼を尻目に、久美子は更に続ける。
「実は今日、賢三に仕返ししようと思って、同窓会に参加したの」
「仕返しって?」
「私も浮気しようと思ったってことよ」
「浮気って、誰と?」
「石井君に決まってるじゃない。他に誰がいるっていうの?」
「…………」
真剣な眼差しを向ける久美子に
その後、石井は久美子に誘われるままラブホテルに行き、ベッドに並んで座った。
「ここに来たこと、後悔してない?」
「ああ」
「今ならまだ引き返せるわよ」
「そうかもしれないけど、俺はそんな気はない」
「どうして?」
「藤原のことが好きだからに決まってるだろ」
そう言うと同時に、石井は久美子の口をふさぐように、強引にキスをした。
「電気消して」
「ああ」
暗くなったことで照れがなくなったのか、二人はまるで火が付いたように互いを求め合った。
二人は三十年という長い年月を取り戻すかのごとく激しく抱き合い、そのまま一つになった。
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