第2話 久しぶりの再会

 二人は程なくしてホテルに着くと、立食形式で行われている部屋に案内された。


「おー、誰かと思ったら、石井じゃないか」

「石井君、久しぶりね」

「全然姿見せないから、もう死んでるのかと思ってたよ」


 部屋に入った途端、石井は次々と元クラスメイトたちから声を掛けられたが、その中に久美子の姿はなかった。


「いやあ、ずっと来たかったんだけど、仕事が忙しくてな」


「お前、今どんな仕事してるんだ?」


「郵便局の外務職員。いわゆる郵便配達だ。お盆と正月は基本仕事だから、今まで来れなかったんだ」


 過去の同窓会は、ほとんどが年末年始とお盆に開催されていた。


「ところで、今日藤原は来るのか?」


 石井が誰ともなく言った途端、急に男性陣がざわつき始めた。


「俺もそれが気になってたんだよ」

「俺、はっきり言って、今日彼女目当てでここに来たんだ」

「俺もだ」


「彼女にも一応案内状を送ったんだけど、返事は来なかった。まあ、来る可能性は限りなく低いな」


 幹事の三村がそう言うと、男性陣は一斉にため息を吐いた。


「何よ、あなたたち。そんな露骨にガッカリして」

「ほんと、失礼しちゃうわ」

「少しは私たちにも気を遣いなさいよ」


 それに対し、一斉に抗議する女性陣。何とも言えない気まずい空気が室内を支配する中、ある女性が颯爽と現れた。

 女性は水色の半袖ブラウスに、紺のタイトスカートという、特別目立つ格好ではなかったが、存在自体が輝いていた。


「藤原……」


 三十年ぶりに会ったというのに、石井はすぐに彼女が久美子であることに気付いた。

 久美子は女性陣としばらく談笑した後、石井のいるテーブルに近づいてきた。


「石井君、久しぶり。私のこと憶えてる?」


「藤原だろ? それとも、今は佐川と言った方がいいのかな?」


「ふーん。私が賢三と結婚したこと、知ってるんだ」


「ああ。今は社長夫人らしいじゃないか」


「やめてよ。社長といっても、従業員が八人しかいない小さな会社なんだから」


「でも、市内に立派な一軒家を建てて、そこに住んでるんだろ?」


「全然立派じゃないわよ。家族四人がギリギリ住める程の広さしかないんだから」


 先程、長谷川から聞いた話とは随分違うことに戸惑いながらも、石井は平静を装いながら訊ねた。


「ところで、佐川は元気か?」


「うん。今日は仕事で来れなかったけど、元気にやってるわ」


「そうか。それなら、よかった」


 二人の会話が一段落したところで、石井と同じテーブルにいた男性陣が、久美子に向かって一気に質問攻めした。


「薄化粧なのに、なんでそんなに綺麗なんだ?」

「子供はどっちに似てるんだ?」

「今、幸せなのか?」


 すると、久美子は一瞬戸惑いの表情を見せながらも、一つずつ答え始めた。


「最初の質問は、普段から肌の手入れをしてるからかな。次に二番目の質問だけど、娘は賢三似で息子は私に似てるわ。あと最後の質問だけど……」


 俯いて口ごもる久美子を、みんなが心配そうに観ていると、彼女は不意に顔を上げ、「幸せ過ぎるほど幸せよ!」と、高らかに宣言した。


「なんだ、驚かすなよ」

「そういう、いたずら心を忘れていないところが、またいいな」

「ほんと、他のやつらとは大違いだな」


 男性陣が皆安堵する中、石井だけが複雑な表情を浮かべていた。



 やがて終了時刻になると、そのまま二次会のカラオケに行く者、家に帰る者、仲間内で飲み直す者等に分かれ、それぞれ目的の場所に向かっていった。

 その中で、石井がカラオケ店に向かって歩いていると、不意に久美子が「ねえ、このまま二人でどこかに行かない? 話したいことがあるの」と、耳打ちした。


「別にいいけど、話したいことってなんだよ」


 石井は内心ドキドキしながらも、それを押し隠しながら訊ねた。


「それは後で言うわ」


 先程までと打って変わり、真剣な眼差しを向けてくる久美子に、石井は話の内容がただ事ではないことを察知した。


「分かった。じゃあ、みんなにバレないよう、こっそり離れよう」


 二人は集団から少しずつ離れていき、みんながそのことに気付いていないのを確認すると、走ってその場を後にした。


「あれっ? さっきから石井君と久美子の姿が見えないけど、あの二人どこに行ったのかしら?」

「そういえばそうだな」

「誰か、二人にメッセージ送ってみれば?」

「けど、あいつら誰とも連絡先を交わしてないんだよ」

「なんだと? じゃあ、どうしようもないじゃないか」

「まあ別にいいじゃない。私たちだけでカラオケを楽しみましょうよ」


 女性陣が別段気にする様子を見せない中、男性陣はあからさまにガッカリした表情を浮かべていた。


 




 

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