同窓会
丸子稔
第1話 心境の変化
【平成六年度卒大空第一高校三年二組同窓会のご案内】
『拝啓 うだるような暑さが続いていますが、皆様いかがお過ごしでしょうか。
早いもので、私たち大空第一高校25期生が母校を卒業してから、三十年が経過しました。この度、皆様のご協力により、
五年ごとに定期的に送られてくる同窓会の案内状を、いつものようにゴミ箱に捨てようとした瞬間、石井竜男の脳裏にある女性の顔が浮かんだ。
(そういえば、藤原とは卒業してから一度も会っていないな。他のやつらはともかく、彼女とは久しぶりに会ってみたいかも)
クラスのマドンナ的存在だった藤原久美子のことが好きだった石井は、彼女にラブレターを書いたにも拘わらず、返事すらもらえなかった苦い経験をしていた。
そのこともあって、今まで同窓会には一度も出席していなかったが、三十年に及ぶ時の流れが彼の心境に変化をもたらせた。
「来週の同窓会、出席することにしたから」
家族との夕食中、石井は突然宣言した。
「ふーん。今まで一度も出たことなかったのに、珍しいわね」
妻の葉子がそう言うと、娘の佑香がニヤニヤしながら訊ねた。
「お父さん、当時好きだったクラスメイトに、久しぶりに会いたくなったんでしょ?」
「ゴホッゴホッ!」
佑香の鋭いツッコミに、思わず咳き込む石井。それを見て、彼女はさらに切り込む。
「何をそんなに慌ててるの? もしかして図星だった?」
「そ、そんなわけないだろ! お前が急に変なこと言うから、ごはんが気管に入ってむせちゃったんだよ」
「私、そんなに変なこと言ってないよ。ねえ、お母さん?」
「佑香、あんまりお父さんを困らせちゃダメよ」
「そうやって、すぐ肩持つ。ほんと、お父さんに甘いんだから」
そう言うと、佑香はさっさとダイニングから出ていった。
「佑香のやつ、最近、口が達者になってきたな」
佑香の後ろ姿を見送りながら、石井は「ふう」と大きくため息をついた。
「あの子ももう14歳だしね。そういう年頃になってきたってことよ」
「お前も、その頃は父親に向かって、生意気な態度をとってたのか?」
「ううん。私はいわゆる反抗期みたいなものはなかったわ。でも周りの友達は皆、父親の存在を疎ましく思ってたみたいよ」
「そうか。じゃあ俺はまだ口を利いてもらえるだけ、マシなのかもしれないな」
石井が自分に言い聞かせるように言うと、葉子は黙って微笑みを浮かべていた。
8月15日の夕方、石井は墓参りを済ませると、電車に乗って同窓会が行われる会場へ向かった。
「おい、石井」
最寄りの駅から会場のホテルに向かって歩いていると、石井は不意に後ろから声を掛けられた。
「お前、もしかして長谷川か? 随分見ない間に、すっかり老けたな」
振り返ると、高校時代ロン毛だった長谷川がそこに立っていた。
彼はその頃の姿がまったく想像できないほど、すっかり禿げ上がっていた。
「それはお互い様だろ。それより、まだ時間があるから、会場に行く前にそこの公園で少し話さないか?」
「ああ」
二人はそのまま公園に行き、ベンチに並んで座った。
「ところで、今までまったく顔を見せなかったのに、なんで今日は来る気になったんだ?」
「別に大した理由はないよ。久しぶりにみんなに会いたくなっただけさ」
このようなことを訊かれるのを、ある程度予想していた石井は、すらすらと答えた。
「それは建前で、本当はクラスのマドンナだった藤原に会いに来たんだろ?」
「違う! もちろん藤原に会いたいのは山々だけど、他のやつらに会いたいのも事実なんだ!」
想定外のことを訊かれ、石井は慌てて否定した。
「お前、そんなにムキになるなよ。こっちは冗談で言ってるんだからさ。それよりお前、藤原が佐川と結婚したのを知ってるか?」
「えっ! 藤原が高校時代に佐川と付き合ってたのは知ってるけど、まさか結婚するとは……」
佐川は石井にとって親友と言える存在だった。
石井が久美子にラブレターを書いたにも拘わらず、恥ずかしくて中々渡せずにいるのを見かねた佐川が代わりに渡してやると申し出たのだが、どういう訳か彼自身が久美子と付き合うことになった。
それ以来、二人の関係はギクシャクし、石井は高校を卒業してから彼と一度も会っていない。
「やはり知らなかったか。じゃあ、佐川が建設会社の社長をしてるのも知らないよな?」
「えっ! あいつ今、そんなことやってるのか?」
「ああ。聞くところによると、市内にどでかい一軒家を建てて、そこで家族四人で暮らしてるみたいだぞ」
「へえー。少し驚いたけど、佐川と藤原が幸せなら、それに越したことはないよ。それより、もうすぐ時間だから、そろそろ行こうぜ」
石井はショックを受けているのを隠し、ホテルに向かって急いで歩き出した。
次の更新予定
同窓会 丸子稔 @kyuukomu
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