第3話「フィアナ」

数日後、レイトは宿屋に部屋を借りていた。部屋の床や壁には、紙や布に書き込まれた情報や地図が無数に散らばっている。レイトはこの世界を変えるための計画を練り始めていた。


異世界に来てわかったことは、自分があまりにも「弱い」という現実だ。異世界の人間たちは、どうやら魔力を使って身体能力を強化しているようで、自分でもできるかと色々試してみたが、無駄だった。そもそも根本的な体の構造が違うのかもしれない。


そこでレイトが必要だと考えたのは、強力な「仲間」だった。自分を補い、この世界で戦うための確かな戦力。だが、異世界で信頼できる仲間を一から見つけるのは容易ではない。そもそも、異世界の人間と積極的に関わりを持つことはリスクでもある。


その時、レイトが思いついたのが奴隷オークションだった。


この国では、戦争に敗れた魔族が奴隷として売買されており、その中には高い戦闘力を持つ者も存在するという噂を聞いていた。通常の奴隷市場とは異なり、オークションにはより特別な力を持った戦士や魔族が出品されることがあるらしい。


そこで魔族について調べるうちに、面白いことがわかった。この世界では15年前、魔王が率いる魔族の軍団と人類連合軍による戦争が起きている。この戦争は人魔大戦と呼ばれているが、最終的には勇者が魔王を殺して戦争は終結した。今の魔族への冷遇は、ここからさらに悪化したらしい。


「……戦争が15年前なら、かつて魔王に仕えていたような戦士もまだ生きている可能性はある」


レイトは、強力な魔族を仲間に加えることで、戦力を確保し、自分の計画を進める第一歩としようと考えた。


しかし、この世界に来て間もないレイトが、そのような奴隷を買えるような資金があるわけがなかった。


「鍵はこの能力か……」


レイトは、異世界の知識を調べるうちに、この世界における不思議な力の存在に気づいた。その力は「祝福」と呼ばれ、人々の間で古くから語り継がれている。


「祝福……神から与えられた力……」


この「祝福」は、特定の人物にだけ宿る特殊な力で、様々な効果をもたらすとされている。祝福は大きく分けて二種類存在し、一つは「先天的な祝福」、もう一つは「後天的な祝福」だ。先天的な祝福は、生まれたときから体質のように備わっているものが多く、後天的な祝福は何らかの条件を満たすことで「神の試練」や「啓示」を受けた者が得るとされている。


祝福の効果は非常に多岐にわたると言われている。


例えば、体の一部を鋼のように硬化させるもの、強力な魔法の適性を授かるもの、絶えず健康で怪我をしにくくなるものなどが記録に残っている。しかし、その内容はあまりにも曖昧で、祝福を授かった者が本当に神の力を得たのかどうか、真偽は確かではないという。


一部の学者や研究者は、この祝福を「神の力」とは認めておらず、体質や魔力の遺伝によるものと主張しているが、一般の人々の間では「祝福は神から授かったもの」という信仰が根強く残っている。


しかし、レイトが調べる限り、この「祝福」についてはまだ解明されていない部分が多く、曖昧な情報が多かった。そもそも祝福の存在そのものが神秘的であり、確実な証拠や具体的な説明が少ない。文献の記述も断片的で、詳細は曖昧にぼやかされていることがほとんどだ。


しかし、レイトが前に用いた天秤バランスブレイカーの力も、おそらく祝福だろう。おれがこの世界において持つ唯一の力。


「まずは資金集めだな」


そう言ってレイトは手頃な質屋を探して扉を押し開けた。


店内には古びた装飾品や武具が並んでおり、奥から年配の店主が現れた。渋い顔でレイトを見上げると、少し警戒するように目を細めた。


「……いらっしゃい、客人。何を売りたいんだ?」


「これを買い取ってほしい。」


レイトは、ジャケットとシャツ、そしてズボンを差し出した。店主は珍しそうにそれを手に取り、布の質感や縫製を確かめながらうなった。


「ふむ、見たことのない生地だな……どこの国のものだ?」


「遠くの国から来たんだ。おそらくこの街では手に入らない一品だよ。」


店主は目を細めてレイトを見つめ、珍しげに服をひっくり返して見ている。


「まあ、確かに質はいいが……見た目は地味だな。服なら他にもいくらでもある。どうせ、金貨一枚にもならんだろう。」


「……金貨一枚にもならない?」


レイトは店主の言葉を聞いて、わざと驚いたような顔をしてみせた。そして、微かにため息をつき、気まずそうに笑った。


「そっか……さすがにこの国では価値がわかる人は少ないか。」


店主がその言葉に反応し、少し興味を示したのを見て、レイトはさらに言葉を続ける。


「実は、この服は魔法織りの技術を使っているんだ。強度があるのに軽いから、旅人や冒険者にとっては最適なんだよ。」


「魔法織り……だと?」


店主は半信半疑の表情を浮かべたが、布をつまみながら改めて興味を抱いたようだった。この世界では「魔法織り」と呼ばれる特殊な技術が存在するらしく、その織物は高価で取引されているという知識をレイトは図書館で手に入れていた。魔法織りかどうかは関係ない――彼の目的は、店主に「価値がある」と思わせることだった。


「まあ、いいよ。さっきの金貨一枚という話で妥協しても……」


そう言いかけて、レイトは言葉を止め、わざと黙り込んだ。その沈黙に、店主は少し焦ったような顔を見せる。


「待て……金貨一枚で十分だろう?」


「普通の布ならね。でも、この生地は長旅でもほとんど傷まないし、何より軽い。金貨五枚でもいいくらいだと思うんだけど。」


レイトはさらりと高値を提示し、再び視線を外して店内の商品を眺めるふりをした。店主はしばらく考え込み、唇を噛みながら服を見つめた。


「……ふむ、では金貨三枚でどうだ?」


「……それで手を打とうか。」


レイトは微笑みを浮かべて手を差し出し、店主と握手を交わした。こうして、彼は自分の服を金貨二枚で売り払うことに成功し、最初の資金を手に入れた。








数日後、レイトは商人に扮して奴隷オークションに潜入していた。奴隷市場の奥まった一角で、闇取引同然の形で行われるこのオークションには、普通の人間が入り込むことは許されないが、レイトは身分証を偽装して潜入した。


暗く陰鬱な空間には重苦しい空気が漂っており、周囲には金持ちや貴族らしき者たちが座っている。彼らは皆屈強な従者や戦闘奴隷を連れており、豪華な服や装飾品を身に着けている。彼らは皆、檻に入れられて出てくる奴隷たちをまるで商品を品定めするかのように冷たく見つめていた。レイトはその光景に嫌悪感を覚えつつも、表情には出さずに場の様子を観察する。


やがて、黒いローブをまとった司会者が壇上に現れ、手にした槌を叩いた。


「さて、諸君! 待ちに待った奴隷オークションの開幕だ。今宵も素晴らしい奴隷たちが揃っているぞ。戦闘に長けた者、労働力として使える者、そして…愉しみを提供してくれる者まで、幅広いラインナップを用意した!」


会場にざわめきが起こり、次々に奴隷たちが檻に入れられて壇上へと運ばれてくる。傷だらけの戦闘奴隷、無表情で怯えた様子の労働奴隷、そして着飾られた若い女性たちは「性奴隷」として出品されている。どの奴隷も目に生気はなく、希望を失ったような無表情を浮かべている。


「さあ、まずは戦闘奴隷からだ! こちら、オーガの混血! 戦闘経験豊富で、残忍な性格と力強い腕を持つ! オークションスタート、金貨三十枚から!」


そういうと、赤白い肌に白い髪、そして小さな角が生えた魔族の男が連れられてきた。魔族は手かせと首輪を嵌められ、周囲をにらんでいる。


「金貨三十枚!」


「三十七枚!」


レイトは冷静なふりをしながらも、胸の内で怒りが燃え上がるのを感じていた。まるで人間扱いされていない魔族たちの姿に、彼の決意がさらに強固になる。


「67番の方、金貨六十枚で落札です!おめでとうございます!!」


次々に奴隷が競り落とされていき、場内は熱気と狂気に満ちていく。そして、オークションも終盤に差し掛かり、司会者が再び壇上で声を張り上げた。


「さて、本日の目玉商品をご覧いただこう!」


会場の雰囲気が一層高まり、注目が集まる中、重厚な鉄格子の檻が壇上へと運ばれてきた。檻の中には、一人の女性が無造作に鎖で縛られ、冷たい瞳で周囲を睨みつけている。


「こちらが本日の目玉商品、なんと、かの魔王『ルシフェル』に仕えた六魔将の生き残り、フィアナ・スカーレだ!」


会場がざわつき、驚きと興味の声が飛び交う。六魔将――かつて魔王に仕え、強大な力で名を馳せた伝説の戦士たち。人魔大戦では、多くの人間の命を奪ったと言う。


フィアナは、真紅の長髪を腰まで垂らし毛先は少し跳ねている。まるで狼のような鋭い金色の瞳で人間たちを睨みつけている。彼女は獣人族の出身であり、頭にはピンと立った狼の耳が見え、冷たい光を湛えた瞳には誇り高さと力強さが宿っている。しなやかかつ豊満な体系をしており、程よく鍛えられた筋肉からは長年鍛え上げられてきた戦士としての自信が感じられる。


彼女の背中には無骨な傷跡がいくつも刻まれており、無数の戦場をくぐり抜けてきたことを物語っていた。今は粗末な鎖で拘束され、まるで囚人のような姿だが、その目に宿る凄まじい闘志は、誰にも媚びぬ誇り高い戦士のそれだった。


「六魔将だと!?」


「なんという美貌。そしてあの美貌で戦闘奴隷とは、ぜひ欲しい!」


「いい体だ。あの気高き表情を屈服させるのもおもしろそうだな」


ざわつく会場を一瞥して、司会が叫ぶ。

「彼女はかつて人魔大戦で大暴れした六魔将の一人、誇り高き獣人族の戦士だ。生半可な戦士では彼女には勝てぬ。だが、忠誠を誓わせればその力は計り知れないだろう!戦わせるもよし、奉仕させるのもよし!このチャンスをものにしたものはいるか!」


フィアナは、檻の中で不動の姿勢を保ち、冷徹な表情を崩さない。まるで自分が商品として売られている状況を意に介していないかのように、誇りを持っている。むしろ、見下すような視線を周囲の人間たちに向けていた。


「さあ、この六魔将フィアナの入札を始めよう! 金貨五百枚からだ!」


ざわめきがさらに大きくなり、会場の富豪たちが口々に入札を始める。六魔将の一人ということで、彼女には莫大な価値があると考えられていたのだ。戦士としての強大な力に加え、その誇り高い性格が逆に「支配欲」を刺激する者も多い。


レイトは、フィアナの姿を見て確信した。


「この女なら……俺の仲間になり得る。」


彼女の冷たい瞳に宿る誇り高き闘志。それはまさに、理不尽な世界に抗おうとする者にふさわしい。レイトは迷うことなく入札を開始し、周囲の人間たちを出し抜くために全ての金貨を賭ける覚悟を固めた。


「金貨五百十枚!」


「五百二十枚!」


入札はどんどん吊り上がり、レイトも次々と入札していく。心の中で祈るようにフィアナを見つめながら、必死に手を挙げ続けた。


「金貨八百枚」


レイトが足を組みながら、静かに手元の番号が書かれた札を上げる。その顔には自信に満ちた表情が浮かんでいた。


フィアナの運命が、そしてレイトの計画が、大きく動き出そうとしていた。

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