4-4 Yes/Noの魔導具

 遺跡最奥の部屋で、ドラゴン型のガーゴイルに守られていた魔導具。


 その外観は、逆U字型のシルエットをしていた。また、表面には金属製の細工物による装飾が施されていた。


「見たことのない魔導具だな」


 しばらく観察したあとで、シルヴィアはそう結論づける。最年長のクリスも頷いていた。


 だから、隊員たちの期待するような視線がアルフレッドに集まった。


「ボクもです。普通の道具としても見たことがありません」


 鞄の魔導具『マジックバッグ』は、中に大量の物を収納できる。外套の魔導具『ジャストコート』は、暖かくはなるが暑くはならない。このように、魔導具は利便性を追求して作られた道具だから、元の道具の用途を強化・改善したような機能を持つことが多い。


 しかし、今回発見した魔導具は、奇妙さまで感じるほど見覚えのない形状をしていた。そのせいで、外観から機能を推測することもできなかった。


「自動で動く気配はないが……スイッチの類もなさそうだな」シルヴィアは魔導具の側面や裏面まで調べ始める。


「壊れてる?」ゲイルは別の考え方をしていた。


「その可能性もあるでしょうね」クリスもそう同意する。


 投石紐とうせきひもと弓矢と銃とを比較すれば分かりやすいが、高度な技術で作られたものは、構造が複雑な分だけ故障しやすい。数千年前に作られた魔導具が現代でも使用できることの方が本来は異常なのだ。


「えー、せっかく頑張ったのに」


 珍しい魔導具を発見して、報奨金をもらえるつもりになっていたのだろう。リリアは露骨にがっかりした顔をする。


「おーい、壊れてんのかー?」


 苦労が無駄になって苛立っているのか、それともそうすれば直ると思ったのか。マトが魔導具を叩く。


 その時のことだった。


「No」


 魔導具からそんな音声が流れてきたのだった。


「……今、しゃべりましたよね?」


「……ああ、そうだな」


 自分の聞き間違いを疑うように尋ねるマトに、シルヴィアも自分の記憶を確かめるようにゆっくりと頷く。他の隊員たちからも反論は出なかった。


「壊れていないのか?」


 シルヴィアは改めてそう確認する。


 その結果――


「Yes」


 魔導具は無機質な声でそう返事をしたのだった。


 スイッチの類がついていないことはすでに調査済みである。おそらく音声で指示をして使用するタイプの魔導具ということだろう。アルフレッドはそう見当をつける。


 同じ判断をしたようで、シルヴィアは続けて話しかけていた。


「どんな魔導具なんだ?」


「…………」


「どういう目的で作られたんだ?」


「…………」


「壊れていないんだよな?」


「Yes」


 三度目になって、魔導具はようやくそう答えてきた。


「どんな魔導具なんだ?」


「…………」


「何に使ったらいいんだ?」


「…………」


「質問に答える時と答えない時があるのは何故だ?」


「…………」


 今度は一度たりとも返事をしない。魔導具は完全に沈黙してしまう。


 しかし、このやりとりのおかげで、リリアには返事の有無に法則性が見えてきたようだった。


「もしかして、壊れてるかどうかしか答えられないとか?」


「No」


 もし答えが「Yes」だとしたら、あまりにも機能が限定的過ぎるだろう。こうなることはリリア本人も予想していたようで、「だよね」とあっさり引き下がっていた。


 ただ、彼女の検証はまったくの無駄というわけではなかった。アルフレッドが真の法則を導き出すのに役立ったからである。


「おそらく、〝Yes〟か〝No〟かでしか答えられないということではないでしょうか?」


 実際、これまでに返事がなかったのは、「どんな?」とか「何故?」とかいう質問をした時だった。シルヴィアたちははっとした顔をする。


「そうなのか?」


「Yes」


 予想通り、魔導具はそう肯定してきた。


 これを聞いて、シルヴィアはさらに核心に迫る。


「こちらの質問に対して、Yes/Noで回答する魔導具ということか?」


「Yes」


 再びそう肯定してきた。


 しかし、機能が判明したことで、かえってマトは困惑してしまったようだった。


「Yes/Noだけって、それ意味あんのか?」


 確かに、機能について調べる時も、「どんな魔導具か?」という質問に答えてくれなかったせいで、判明するまでに時間がかかってしまった。「いつ?」「どこで?」「誰が?」といった5W1Hに関する質問に答えてくれないというのは、それだけ不都合が大きいのである。


 だが、アルフレッドの考えは違った。


「それはどの程度の質問に答えられるかによるかと」


「どの程度って?」


「たとえば、ボクたちの知らない古代文明の知識について答えてくれるなら十分有用でしょう」


 古代魔科学文明の失われた技術や文化、歴史などについて調べるには、これまでは命を危険に晒して遺跡の調査をするしか方法がなかった。けれど、もしこの魔導具が古代文明に関する質問に回答してくれるなら、簡単に知識を手に入れられるようになるのだ。


 シルヴィアがすぐにそのことを確認する。


「ランギ島文明が滅んだ原因は魔導具か?」


「No」


 このやりとりを聞いても、マトはまだ納得してくれなかった。


「でも、結局滅んだかは答えてくれないんだろ?」


「それは質問を繰り返して、絞り込んでいけばいいんだと思います」


 つまり、この魔導具の機能について調べた時と同じことをするのである。アルフレッドはそう答えたものの、マトはいまいち要領を得ない様子だった。


 それで補足説明する代わりに、シルヴィアが実演してみせた。


「原因は天災か?」


「Yes」


「洪水か?」


「No」


「地震か?」


「Yes」


 マトはやっと得心いったように、「ああ」と声を上げる。


 一方、他の隊員たちは色めき立っていた。


「定説と違う」ゲイルは兜の下から弾んだような声を出す。


「本当なら、文字通り歴史が変わるわよ」クリスは驚きと喜びをはっきりと表情に出していた。


 ランギ島とは、大陸の遥か西に位置する小さな島である。現在ではほとんど更地と化してしまっているが、ランギ島にも魔科学文明が築かれていたという痕跡が残されていた。そのため、「魔導具の暴走や魔導具を使用した戦争が原因で滅亡した」という仮説が有力視されていたのである。それが、この魔導具の回答によって覆ったことになる。


 しかし、もともとは自分が言い出したことだというのに、アルフレッドは自分から反論を始めていた。


「ただ、この魔導具の回答が本当に真実だとは限らないですよね。単に当時の人間の知識がインプットされていて、それを元に答えているだけという風にも考えられます」


「要するに、古代の辞典みたいなものってことかしら?」


「ええ、そうですね」


 クリスが上手くたとえてくれたので、アルフレッドは便乗して頷く。


「でも、最初に壊れてるかどうかという質問にも答えていた」


「それくらいの補助的な機能はついていても不思議はないかと」


 ゲイルの意見にはそう反駁する。


 この議論を聞いて、「それなら」とシルヴィアが口を開いた。


「ニューウェル一家殺人事件の犯人はハドリー・ハーディーか?」


「Yes」


「今のは、つい先日の新聞に載っていたニュースだ。古代人には絶対にインプットできない。それどころか、盗掘対策がされていたから現代人にもまず無理だろう」


 直前まで、ムルギス錠とドラゴン型のガーゴイルによって、この魔導具は守られていたのである。第十一部隊より先に何者かが遺跡に侵入して、ニュースを教えていったという可能性は確かに考えにくかった。辞書説は誤りだったと判断していい。


 そのことがどういう意味を持つのか。アルフレッドにはすぐに理解できた。


 しかし、受け入れることはできなかった。


 そこで行ったのが、コイントスだった。


「コインは表ですか?」


「Yes」


 恐る恐る手の平を開けてみる。


 魔導具の答えた通り、コインは表側になっていた。


「どういうことだ?」


「…………」


 マトの質問に、アルフレッドは答えられない。それくらい衝撃的な結果だったのだ。


「コインの裏表は、誰にも分かっていなかったでしょう? だから、私たちの知識を読み取って、それを元に答えているわけでもない……ってことだと思うわ」


 クリスの解説した通りだった。これで辞書説だけでなく、読心説までもが否定されてしまったことになる。


「つまり?」


「……もしかしたらこの魔導具は、YesかNoかで答えられるものなら、あらゆる質問に答えてくれるのかもしれません」


 まったく信じがたいことだが、アルフレッドはそう認めざるを得なかった。


 島が滅んだ理由、殺人事件の犯人、コイントスの結果…… この魔導具はあたかも全知の神のように、これまでに起こった全ての事柄を把握しているのだ。


「だとしたら、歴史の真相を確かめるだけじゃない。魔導具の機能や魔科学の法則の検証にも使える」


「裁判にも応用できそうよね。容疑者が本当に犯人かどうか聞くだけでいいんだから」


 魔導具の機能に素直に感嘆したらしい。ゲイルとクリスの二人は、早くも活用法を考え始めていた。


「これは世紀の大発見になるかもしれんな……」


 アルフレッドと同じで動揺が先に来たようだ。シルヴィアはそう呟くだけだった。


「やった! やった!」


 リリアはそう連呼する。社会の進歩に貢献できたことを喜んでいる――のではなく、コアトルズから報奨金が支払われることを喜んでいるのだろう。


 唯一、マトだけはまだ魔導具の機能に疑問があるようだった。


「こいつって、明日の天気とかも分かんのかな?」


「え?」


 アルフレッドは思わず聞き返す。他の隊員たちも固まってしまっていた。


「だって、なんでも答えてくれるんだろ? なら、未来のこともいけるのかと思って」


 今まで質問したのは、すでに起こった出来事についてばかりだった。そのため、何らかの方法で、この魔導具は世界で起きたすべての事象を観測しているのではないかと思い込んでしまっていた。しかし、その観測の力が、未来まで及ばないと決まったわけではない。


 いや、未来とは過去の延長線上に存在するもののはずである。だから、人間は投げられたボールの軌道を見て、どこに着地するかを予想することができる。それと同じように、この魔導具が過去の全ての事象を完璧に把握しているのなら、未来で起こる出来事を予想できるのではないだろうか。


「……未来に関する質問にも答えられるのか?」


 震えを抑え込んだような声色でシルヴィアは尋ねる。


 対して、魔導具はこれまで通り淡々とした調子で答えた。


「Yes」

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