4-3 ガーゴイルとの決戦
調査を始めてすぐに、隊員たちは〝
特に前衛のシルヴィアは、真っ先にそれを発見していた。
「報告通りか」
通路の両脇に、悪魔の姿をした一対の石像が――ガーゴイルが立っていたのだ。
こちらが相手に気づいたように、相手もこちらに気づいたらしい。調度品のふりをやめて、ガーゴイルたちが襲いかかってくる。
だから、近づかれる前に、シルヴィアは先制攻撃を仕掛けた。『ファイアリーフレンド』から銃弾を放つ。
本来なら、ガーゴイルのような硬質な体の持ち主とは相性が悪い。しかし、正確な射撃能力と意のままに動く弾丸によって、翼の付け根と膝の関節を何度も狙い撃ちにすることで破壊。相手を片翼片脚にして、まともに移動できない死に体へと追い込んだ。
ただし、一体に集中攻撃しなければならなかったせいで、もう一体は無傷のままだった。
無機質なのは肉体だけでなく精神もらしい。仲間が瀕死になっても、ガーゴイルは臆することなく淡々とこちらに迫ってくる。
そこで残りの一体は、同じく前衛のマトが引き受けた。両手に『ザ・ナイフ』を握って敵と対峙する。
あたかも単なる悪魔を相手にしているかのようだった。もしくは、なんでも斬れる魔導具を装備しているかのようだった。石でできているはずのガーゴイルの体を、少し切れ味がいいだけのナイフで、マトは次々と切り刻んでいく。
こうして、二人はまったくの無傷でガーゴイルを倒したのだった。
「これなら私たち二人だけでよかったんじゃないですか?」
「油断するなよ、マト」
シルヴィアはしかめっ面をする。
「やっぱ六人いると楽できていいなぁ」
「お前もだ、リリア」
彼女はますます顔をしかめる。
ただ注意されても、二人には特に反省したそぶりはなかった。通路を進みながら、「次はまだかよ」とか、「これで珍しい魔導具があればなぁ」とか、自分勝手な文句をこぼす。
言い換えれば、そんな余裕があるくらい、遺跡の中は平穏だったのである。
しかし、それも束の間のことだった。
「早速みたいだな」
目の前の光景に、シルヴィアは目を尖らせる。「げっ」と、リリアはうんざりしたような表情を浮かべる。
道の端には、またもやガーゴイルが対になって立っていた。それも今回は二体どころではない。目の届く範囲を超えて、ずっと先までずらりと列をなしていた。
そして、その何体ものガーゴイルが、いっせいに襲いかかってきたのである。
シルヴィアとマトは最初の遭遇時と同じように戦った。つまり、『ファイアリーフレンド』で可動部を狙い撃ちしたり、『ザ・ナイフ』で切り刻んだりした。
けれど、二人だけで相手をするには、あまりにも敵の数が多過ぎるだろう。いずれ倒し切れなくなって、戦況が逆転するのは目に見えていた。
そこで他の隊員たちも、戦闘に加わることにしたのだった。
ガーゴイルの硬い体を砕くためらしい。リリアはいつもより『
対して、ゲイルは真っ向勝負を挑んでいた。石より頑丈な『リバイビングアーマー』の力で、殴る蹴る
前に出た二人の後ろから、クリスは『魔女の傘』を使った。石突から強風を放って、空中にいるガーゴイルを天井まで飛ばして押し潰す。
アルフレッドの戦法はその逆だった。空中の相手を『アングラー』の鎖で絡め取ると、下に引きずり降ろして床へ叩きつけたのである。
次から次へとガーゴイルが現れるせいで、リリアの言うような楽をすることはできなかった。だが、六人で分担しながら戦えたおかげで、ピンチに陥るようなこともなかった。
そのため、今回も負傷者を出すことなく、一行は戦闘を終えたのだった。
◇◇◇
仕掛けられた罠を警戒しながら、分かれ道や回り道を進んでいく。もしガーゴイルが襲ってきたら、六人で手分けして返り討ちにする。また、宝箱を発見したら、鍵を解錠して魔導具を回収する……
調査開始からまだ一週間も経っていなかったが、遺跡の地図はすでに九割以上が完成していた。
報告されていた通り、個体数が多く、また一体一体も強力なため、ガーゴイルは難敵だった。けれど、それ以上に第十一部隊の方が強かった。おかげで、調査は順調過ぎるほど順調にいっていたのである。
もっとも、だからといって、リリアが「楽勝、楽勝」とはしゃぐようなことはなかった。見つかるのが『ポーション』や『マジックバッグ』のようなありふれた魔導具ばかりだったせいで、「これじゃあお金にならないじゃん」とぼやくばかりだったのだ。
地図の空白から予測すると、もう残すところは遺跡の最奥だけのようだった。任務完了を目指して、一行はさらに奥へと通路を進んでいく。
そこには大きな扉があった。
しかし、中に入ることはできなかった。
扉はいくつもの錠前がついた鎖でがんじがらめにされていたからである。
「どうだ?」
「これ、ムルギス錠ですね」
「全部か?」
「多分そうです」
シルヴィアの質問に、リリアは鍵穴を覗きながら答えた。
ムルギスは古代語でタコを意味する言葉である。あまりに複雑な構造をしているため、初めて発見された時に、「解錠するには腕が八本いる」という意見まで出たことが名前の由来だった。
だが、ムルギス錠と遭遇したことで、隊員たちの士気はむしろ上がっていた。盗難防止のために解錠の難しい錠前を大量に使うということは、そうするだけの価値があるものを部屋で保管しているということになるからだ。
「リリアは一人でやれるな?」
「はい」
「じゃあ、クリスとアルフレッド君は私の補助についてくれ。ゲイルとマトは周囲の警戒を頼む」
「了解」
そう答えて、隊員たちはそれぞれの配置に着く。
ゲイルは装備的に、マトは性格的に、細かい作業が不得手である。そのため、見張り役として、魔物が襲ってきたり罠が発動したりしないかに注意を払う。
一方、解錠役のシルヴィアは、
この三人がかりの作業と同じことを、リリアはたった一人でこなしていた。指先にピックのついた特殊な手袋をはめて、鍵の再現を行おうとする。つまり、彼女の指一本一本が、手の代わりをしていたのである。
それでいて、リリアが解錠する速度は、シルヴィアたちにまったく引けを取っていなかった。というより、むしろ上回っていたくらいである。
だから、問題は単純に錠前の数が多いことだけだった。けれど、それも時間さえかければ解決する程度のものでしかない。根気よく作業を続ける内に、すべての錠前が解錠されたのだった。
一行は遺跡最奥の扉を開く。
その先には、石の壁があった。
いや、そう見えるほど、巨大なガーゴイルが佇んでいた。
しかも、ただ単に大きいというだけではなかった。これまでと違い、元の伝承に忠実に、
ありふれた悪魔型のもので済ませなかったのは、「なんとしてでも護衛の役目を果たしてほしい」という、遺跡の
ただ魔物の存在に勘づいていたマトに対しては不意打ちにならなかった。ガーゴイルに向かっていくように、また他の隊員たちを庇うように、彼女は前へと進み出る。
今までの悪魔型と同様に、ドラゴン型のガーゴイルも力は強いようだが、動きは決して素早くはなかった。相手の爪や牙をかわしながら、マトは何度もその体を斬りつける。
石と金属がぶつかりあって不快な音が響く。同時に、周囲に細かな石の破片が飛び散る。
にもかかわらず、マトの表情は冴えなかった。
しかもそれは、ガーゴイルにろくにダメージを与えられなかったからではなかった。
「マジかよ」
速さでは
マトは『マジックバッグ』から、すぐに新しい『ザ・ナイフ』を取り出す。しかし、同じ魔導具で戦うなら、同じ結果に終わるだけだろう。
少なくとも、シルヴィアはそう考えたようだった。
「熱だ!」
作戦を思いつくと、彼女はすぐに隊員に指示を出す。
「ゲイル、足止めを」
マトに代わって、今度は『リバイビングアーマー』を
ガーゴイルは侵入者の一団へ向けて突き進もうとする。ゲイルはそれを逆に押し返そうとする。巨大な石像と巨大な鎧が組み合うような形になった。
ただ、単純なサイズで言えば、ガーゴイルの方がずっと大きかった。それに石像の中身はどこまでいっても石だが、鎧の中身は人間である。そのせいで体重差がついてしまって、ゲイルはじりじりと後退させられていた。
シルヴィアから具体的な説明はなかったが、作戦の内容はアルフレッドにも予想がついた。考えている通りのものなら、自分も足止めに回った方がいいだろう。
『アングラー』で鎖付きの矢を放つと、ガーゴイルの首にそれを巻きつける。さらに目の前のゲイルに気を取られている隙に、相手の後ろへと回り込んだ。これでガーゴイルは、前方からはゲイルに押し返され、後方からはアルフレッドに引っ張られることになった。
それでもまだガーゴイルの力と体重の方が上のようで、ゲイルもアルフレッドも体を引きずられてしまう。ただ今までより進行する速度はさらに緩まっていた。
これなら他の隊員も、攻撃に集中できるはずである。
「クリス、今だ!」
シルヴィアの作戦は、彼女も理解していたようだ。すぐにでも、『魔女の傘』を使う。
最初の「熱だ!」という指示に従って、天気は晴天が選ばれた。石突から燃え盛る炎が放たれる。
『アングラー』の鎖でアルフレッドは離れた場所にいたし、『リバイビングアーマー』でゲイルは外部からの攻撃を無効化できる。そのため、ガーゴイルだけがまともに炎を喰らうことになった。
ただ石を溶かすには、相当の高温が必要になる。『魔女の傘』の火力では到底足りない。
しかし、そんなことは作戦を立てた方はもちろん、指示を受けた方も分かりきっていたようだ。
「まだまだいくわよ♡」
次にクリスが選んだ天気は吹雪。ガーゴイルに凍てつくような冷気を浴びせる。
さらに間を置かず、シルヴィアはマトに指示をした。『ザ・ナイフ』を使って攻撃するように言ったのである。
すると、最初の時とはうって変わって、ガーゴイルの腕は割れるようにあっさりと切れたのだった。
素材である石が、炎によって膨張させられたあと、今度はすぐに冷気によって収縮させられた。そのため、内部はまだ大きいままなのに、表面は小さくなろうとするせいで、石の持つ結合力が弱まり、脆くなっていたのである。
もっとも、衝撃を加えるなら、刃物よりも鈍器の方が向いている。それもなるべく質量が大きい方がいい。
だから、リリアは巨大化させた『
温度差と大質量の組み合わせにはさすがに耐え切れなかったらしい。ドラゴン型のガーゴイルはとうとう砕け散った。
そして、その巨体の背後に隠れていた、魔導具が姿を現したのだった。
剥き出しのままだったのは、宝箱に収まりきらなかったせいかもしれない。人間の背丈ほどあるような大きな魔導具だった。
加えて、サイズが気にならないほどデザインが異様だった。縦長の立方体だが上側の辺だけ弧になっているような、あるいは円柱と半球を組み合わせたものを前後から押し潰したような、なんとも形容しがたい外観をしていたのである。
こんな奇妙な魔導具は、今までに一度も目にしたことがなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます