4-2 雨の中で

 一面に広がる荒野の中を、六頭の馬が並んで駆けていく。


 第十一部隊の隊員たちが、馬型の魔導具『スティールホース』を走らせていたのだ。


 砂礫ばかりの開けた土地で、死角となるような木立や草むらはほとんどない。魔物の奇襲に遭うような心配はしなくてもいいだろう。そのため、隊員たちはなんでもないような会話に興じていた。


「この前、研究局に立ち寄った時に聞いたんだが、『ガラティーン』の件はアルフレッド君が予想した通りみたいだね」


「本当ですか?」


「キリヤ博士も感心していらしたよ」


 シルヴィアの言葉に、かの天才研究者の鋭い眼光を思い出す。彼はお世辞や社交辞令を言うような性格ではないだろう。だから、アルフレッドは笑みをこぼしていた。


「『ガラティーン』って、『太陽の剣』のことよね? 日の出から少しずつ切れ味がよくなっていって、南中の時には三倍になるけど、そこから日の入りにかけて今度は切れ味が鈍っていく……っていう」


「〝それなら常に太陽が出ている白夜の時は、常に切れ味がいいことになるのか〟とアルフレッド君が指摘していたんだ」


 機能を知っているあたり、クリスも論文は読んでいたのだろう。それだけに、自分の考えつかなかった発想に驚かされたようだった。


「確かに理屈から言えばそういうことになるわよね。アル君はよく気づいたわね」


「もともとキリヤ博士が〝本当に日の出と日の入りが関係しているなら、夏至に近づくほどよく斬れる時間帯が長くなっていくはずだ〟と予想されていたので、それで思いついただけですよ」


 また、ほとんど研究室に籠りきりのキリヤと違って、遺跡の調査のために砂漠や森林、豪雪地帯など、さまざまな土地を日常的に訪れている。その習慣のおかげで、白夜の起こる極地周辺のことを連想できたという面もあった。


「アルは……魔導具の……検証で……だっけ?」


 顔を向けてきたので、マトが話しかけてきたことは分かる。しかし、何を言っているのか、いまいちよく聞き取れなかった。


「何ですか?」


「……が爆発して……だよな?」


「すみません。もう少し大きな声でお願いできますか」


「だから……牛乳が……ってこと」


 やはり上手く聞き取れない。かといって、出てくる単語がバラバラ過ぎるから、元の文章を推測することもできなかった。


「無視していいよ。元々ちゃんとしゃべってないだけだから」


 シルヴィアが呆れ顔で種明かしをする。


「雨が降るとたまにやるんだ」


 彼女の言う通り、空には黒く厚い雲がかかっていた。


 雨が降れば、雨音で周囲が騒がしくなる。さらにレインコートを使えば、フードで耳が塞がってしまう。そのせいで、声が聞き取りづらいのを、マトはいたずらに利用したということのようだ。


「子供みたいなことしないでくださいよ」


「悪い悪い。砂漠なのに珍しいからついな」


 確かに、まだ夏前のこの時期は乾季のはずである。それにたとえ早めの雨季だとしても、降水量が通常よりも多いようだった。


「今日じゃなくてもいいのに……」


 ゲイルがそう愚痴をこぼす。『リバイビングアーマー』の上にレインコートを重ね着しているから、動きづらくて仕方ないのだろう。


「天気ばっかりはどうしようもないわよ」


 クリスは諭すような諦めるような風に声を掛けた。『魔女の傘』を持つ彼女が言うと、含蓄があるように聞こえる。


 そのせいか、ゲイルも気を取り直したように話題を変えていた。


「雨といえば、雨樋あまどいの飾りもガーゴイルと言ったような」


「ああ、そうだな」


 出発前にもさんざんガーゴイルの危険性を訴えていたが、この話も注意喚起になると思ったのかもしれない。シルヴィアが詳しい説明を買って出た。


「古代魔科学文明時代よりも、さらに古い時代の話だ。ガルグイユという魔物が、とある街のそばの河畔に住み着いた。ガルグイユはドラゴンの一種で、口から水を吐いてたびたび川を氾濫させ、人々に生贄を要求したという。

 すると、窮状を見かねて、ある司祭が討伐に乗り出した。また、人々が尻込みする中、ただ一人、死刑囚だけが協力を申し出た。こうして死刑囚がガルグイユを引きつけている隙に、司祭は司祭服の帯を使って相手を縛り上げたのだった」


 ここまでは竜殺しの英雄譚といったおもむきだろう。実際、件の司祭は死後に聖人として崇められるようになったという。


「しかし、捕らえたガルグイユを火炙ひあぶりにしようとしたところ、水を吐くという生態の影響か、首だけが焼け残ってしまった。そこで司祭は魔除けとして、首を教会に飾ることにした。

 その後、これを真似て、他の施設やよその教会でも、雨樋の排水口部分にドラゴンをあしらったり、ドラゴンの石像を設置したりするようになった。魔科学が発展して、魔導生物を生み出せるようになると、宗教的シンボルに過ぎなかったドラゴンの像を、実際に護衛として働かせるようになった。これがガーゴイルの起源だと言われているな」


 ドラゴンにもさまざまな種類が存在するが、どれも例外なく強力である。魔除けや護衛のシンボルとしてはうってつけだろう。だから、「元はドラゴンだったんだ」と、ゲイルは驚く反面、納得しているようでもあった。


「ドラゴン型のガーゴイルなんて戦ったことないけどなー」


 そう軽い口調で言ってから、マトは気まずそうな顔をする。


「……私が覚えてないだけですか?」


「いや、私もないな」


 彼女と組んでいるシルヴィアは首を振った。


「調査局のデータでも、悪魔型が九割を占めていたはずです」


 アルフレッドもそう補足した。


 さらに言えば、ガーゴイルには犬型や人型など他にもいろいろな種類があるから、ドラゴン型の割合は一割よりもさらに低いことになる。これまでに遭遇した経験がなかったとしても、決しておかしなことではないのだ。


 しかし、クリスが注目していたのはその点ではなかった。


「リリア、今日は静かね」


「え、そうですか?」


 本人はそう否定する。けれど、言われてみれば確かに、先程からまったく隊員たちの会話に参加していなかった。


「まさか、まだ占いを気にしてるのか?」


 心当たりがそれくらいしかなかったからだろう。シルヴィアは自分でも半信半疑という様子で、今朝のやりとりを持ち出していた。


「お前、そんなキャラだっけ?」マトは驚いたように尋ねる。


「意外」ゲイルも同感のようだった。


 確かに迷信やジンクス、あるいは宗教の類すら信じていないのが、普段のリリアだった。それどころか、まるきり小馬鹿にするような言動を取ることさえあった。だから、今日の態度はアルフレッドにとっても意外なものだった。


「朝からずっと不運続きだから、さすがに気になって。このあとも何かあるんじゃないかって」


 リリアは手綱を離して、手の平で雨粒を受ける。


 遅刻しかけて傘を持たずに家を出たら、ちょうど雨が降るタイミングが重なって、隊員の中で自分だけが濡れてしまった。その上、今度は乾季の砂漠地帯でも雨に降られてしまった。だから、リリアも日頃の持論を引っ込めて、占いを信じそうになっているようだ。


「二種類の星占いで同時に最下位になる確率なんて、所詮144分の1ですからね。計算上、一年に一回くらいはそういう日があることになりますよ。

 トーストを落としたり、時計が壊れたりしたこともそうです。そういう不運が重なる日は確かに珍しいかもしれませんが、一生の内にまったくありえないというほどのことではないでしょう。ですから、〝朝から不運続きなのは、大きな不幸が起こる前触れだ〟なんていうのは単なる思い込みに過ぎません」


 本来のリリアはもっと現実主義的な考え方をしている。だから、アルフレッドはそれに合わせた話をした――つもりになっていた。


「でも、それ不幸が起きないって保証にはならないよね?」


「まぁ、それは……」


 コイントスで裏が連続したからといって、次も裏が出るとは限らない。しかし、だからといって、裏が出ないということにもならない。実に現実主義的な反論に、何も言い返せなくなってしまう。


 見かねたように、今度はクリスが説得を始めた。


「占いは当たってる当たってないなんてことを気にするものじゃないの。運勢がいいって言われた時は前向きな気持ちになって、悪いって言われた時は何か起きないように気をつければいいだけ。不幸が起こると思うなら、尚更ミスのないように仕事に集中しなさい」


 占いの結果も、それを受けたリリアの心情も、否定するつもりはないらしい。そう言い聞かせると、クリスはさらに身につけていたものを彼女に差し出す。


「ほら、ラッキーアイテム」


 指輪にはロードクロサイトが――透き通ったピンク色の宝石がはまっていた。


 その瞬間、リリアは目を輝かせる。


「くれるんですか!?」


「あんた、これが狙いだったわけじゃないでしょうね?」


 あまりの豹変ぶりに、クリスは疑いの目を向けるのだった。


 そうして一行が話を交わす間にも、『スティールホース』は泥濘ぬかるみの上を淡々と進んでいた。おかげで、ほどなくして目的地が見えてくる。


 石材で作られた、ごく簡素なデザインの建造物だった。飾り気がないを通り越して、もはや味気ないと言ってもいい。ただし、入口の上部の壁にだけ、装飾が施されていた。


 侵入者へ警告するかのように、悪魔の像がこちらを睥睨していたのだ。


 これこそが、大量のガーゴイルが巣食うという遺跡、通称〝石魔せきまねぐら〟である。


 警告を無視して中に入ると、隊員たちはようやくレインコートを脱ぐ。それでも防ぎきれなかった水滴をタオルで拭う。


 その時、それまで鳴り続けていた音が止んだ。


 アルフレッドが振り返ると、あれだけ降っていた雨は上がっていた。それどころか、雲間から陽まで差し始めていた。


「本当にただの偶然だと思う?」


 リリアの質問に、誰も答えることができなかった。

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