3-5 謎の少女は……

 安全上の問題などから、遺跡への立ち入りは基本的にコアトルズの局員にしか許されていない。また、今回の任務に第十一部隊以外の人間が参加するという話は聞いていない。


 にもかかわらず、アルフレッドは野営地に見慣れない少女の姿を発見していた。


 こうなると、考えられる可能性は主に二つだろう。


 一つは、彼女の正体が、法を犯してでも財宝や魔導具を手に入れようと目論む盗掘犯というパターンである。この場合、調査隊員を発見したら、逃亡や自首の他に、口封じに走ることが予想される。


 もう一つはその逆で、彼女が盗掘犯を排除するための罠というパターンである。つまり、遺跡のあるじによって配備された人型の魔物か、あるいは人型の魔導具かということである。この場合、調査隊員を発見したら、遺跡から追い出すか、殺すかすることが予想される。


 どちらのパターンにせよ、隊員たちにとって、少女が危険な存在である点は変わりない。遭遇したのが就寝中なら尚更だろう。


 だから、『逆理の弓』を手に取ると、アルフレッドは少女と隊員たちの間に立つのだった。


「動くな!」


 矢をつがえて、その切っ先を相手の心臓に向ける。


「手を挙げろ!」


 しかし、そう命じても、少女は従おうとしなかった。


 こちらの言葉が分からないのか。それとも分かった上で無視しているのだろうか。


「次はないぞ! 今すぐ手を挙げろ!」


 アルフレッドが叫んだのは、単に彼女を威圧するためだけではない。他の隊員に事態を知らせるためでもあった。


 幸いにも、この作戦は上手くいった。すぐにマトが目を覚ましたのである。


「なんだよ、大声出して」


 ただ、できれば戦闘に加勢してほしかったのだが、起きてきた彼女は手ぶらだった。それどころか、眠そうに目をこすってさえいた。


 しかも、マト以外の隊員たちも、反応は似たり寄ったりだった。リリアは毛布にくるまったままだったし、クリスはすっぴんなのを恥ずかしがっていたのだ。


「下がってください。不審人物を発見しました」


 他の隊員たちは目覚めたばかりのせいで、まだ事態を正確に把握できていないらしい。この場はなんとか自分一人で治めるしか――


「不審人物って、ゲイルじゃん」


「え?」


 マトの一言に、アルフレッドは思わず固まってしまう。


 たとえば、通常時は牙をかたどった腕輪や首飾りだが、緊急時に地面に撒くと護衛用の兵士が生えてくる『スパルトイ』(別名『竜牙兵りゅうがへい』)のように、魔導具の中には使用時に形状が大きく変化するものがある。だから、動物にしか見えない『緩歩かんぽ獣類』が、変身して人型になってもおかしくない。そう推測していたのだが……


 確かに、ずっと全身鎧を着ているので、一度もゲイルの素顔を見たことはなかった。しかし、彼(彼女?)の身長が、2メートルをゆうに超えることくらいはさすがに知っている。


「鎧のサイズと彼女の背格好はまったく違うように思われるのですが」


「魔導具なんだから、それくらい不思議でも何でもねーだろ」


 マトはあくびとともに投げやりに答えた。


 着用者の体格に合わせてサイズが変化する、誰にでも使える鎧や服というのはいくつも発見されている。そのバリエーションの範疇として、サイズは大きいままなのに小柄な人間でも装備できる全身鎧が存在するというのは十分ありえることだろう。


 それによく考えてみれば、謎の少女に対して、見張りの隊員が何の措置も取っていないのは不自然だった。だが、少女本人が見張りだったとすれば、その点も簡単に説明がつく。


「……本当にゲイル隊員なのですか?」


「そう。犬より猫派のゲイル・ゲーティス先輩」


 以前ゲイルと交わした会話を、少女が引き合いに出してくるので、アルフレッドは慌てて弓矢を下ろした。


「しっ、失礼しました!」



          ◇◇◇



「次はないぞ! 今すぐ手を挙げろ!」


 そう叫んだのは、マトだった。


「下がってください! 不審人物を発見しました!」


「やめなさいよ」


 見かねたようにクリスが制止する。


 深夜だったので、詳しい話はあとですることにして、あの場はすぐに解散・就寝することになった。そして翌日、朝食で全員が集まった時に、マトが改めて昨夜の件を話題に出した、いや蒸し返したのだった。


 勘違いをからかわれても、アルフレッドの顔はいつも通り固いままだった。しかし、赤面しているせいで、内心気にしているのを隠し切れていない。


「というか、誰も教えてなかったの?」


 アルフレッドが恥ずかしそうにしているのを見て、クリスは他の隊員たちにまで批判の矛先を向け始めた。


「班長のリリアが教えるかと思って」目をそらすようにゲイルがこちらを見てくる。


「先に隊長が教えてるかと思って」気まずさからリリアも目をそらす。


「個人的なことだから、ゲイル本人が話すかと思って」シルヴィアまで同じことをしていた。


 こうして責任転嫁の堂々巡りが完成すると、そのことがますますクリスを呆れさせてしまったようだった。


「全然連携が取れてないじゃない。先輩のアンタたちがそんなんでどうすんのよ」


 彼女の言う通り、情報の伝達不足が勘違いの原因だったのである。新人のアルフレッドの失敗というよりも、自分たち先輩隊員の失敗と言うべきだろう。


 だから、隊長のシルヴィアが代表して謝罪するのだった。


「すまなかった、アルフレッド君」


「ああ、いえ」


「『リバイビングアーマー』は、外部からのダメージを無効化するだけじゃない。怪我や病気、毒などを癒したり、症状の進行を遅らせたりすることで、装備者の健康状態を保つ機能もあるんだ」


 リリアは「だから、『reviving(回復させる、復活させる)』ね」と付け加える。


 ただ、この先はプライベートな問題が関わってくるから、二人では話しにくいと思ったのだろう。ゲイル本人が説明を引き継ぐ。


「生まれつき体が弱くて。鎧を着ていないと、すぐに体調を崩すから」


「そういうことでしたか」


 デスクワークすら鎧姿のままこなしていたことに、アルフレッドはようやく納得がいったようだった。疑問に思っていたなら、その時に聞いてほしかったが。


「あ!」


 アルフレッドは再び納得の声を上げる。


 しかし、今度はゲイルのことではなかったらしい。朝食のパンを持ったまま、『緩歩獣類』の檻に近づいていた。


「もしかしたら、毒を警戒しているのではないかと思いまして」


 毒見をするように、アルフレッドは半分にしたパンを食べるところを見せる。そのあとで、残りの半分を鉄格子の隙間から渡す。


 すると、『緩歩獣類』はびくびくしつつもパンを齧り始めたのだった。


「食べた……」ゲイルは驚いたように呟く。


「かなり頭がいいのかもしれないな」シルヴィアも考え込むように目を尖らせる。


 しかも、『緩歩獣類』は前脚でパンを把持して食べていた。単にネズミに似ているだけなのかもしれないが、手を使っているように見えて、尚更知的な生物に思えてくる。


「まだ食べる?」


 乾眠から復活してから、一晩以上も経っていて、腹を空かしていると考えたのだろう。アルフレッドはさらにパンを差し出す。


 まるで遠慮でもするかのように、『緩歩獣類』はおずおずとそれを受け取った。


「どうもすみません」


 何が起きているのか察するまで一瞬かかった。


しゃべった!?」


 期待株のアルフレッドも、熟練者のクリスも、誰も予想していなかったらしい。第十一部隊全員の声が重なる。


 一方、『緩歩獣類』は『緩歩獣類』で、隊員たちの大声に驚いたようだ。体をびくりと震わせていた。


 落としたパンを拾い上げてやると、アルフレッドはまるで小さな子供でも相手にするように尋ねる。


「君、喋れたの?」


「すみません。特に聞かれなかったもので……」


「別に怒ってるわけじゃないよ。ちょっとびっくりしたから」


「それならよいのですが……」


 アルフレッドのように冷静というよりは、怖いもの知らずだからだろう。会話できると分かって、今度はマトが質問を始める。


「名前は?」


「そのようなものは特には」


「何なの? ペット?」


「まぁ、一応はそうなのでしょうか」


「はっきりしないなぁ」


「す、すみません」


 マトの言い草に、『緩歩獣類』は体をすぼめた。そんな風に委縮させたら、聞けるものも聞けなくなってしまうだろう。


 リリアと同じことを考えたのか、あるいは単に『緩歩獣類』に同情したのか。再びアルフレッドが質問役を引き受けていた。


「飼い主……一緒に暮らしてた人は何をしてたの? 散歩とか、フリスビーとか、ハンドリングとか」


「それなら、御主人様はよく私を痛めつけておりました」


 相手の柔和な態度に、『緩歩獣類』はホッとした様子で回答する。


 そのせいで、余計に内容の異常さが際立って聞こえるのだった。


「……なんでそんなことを?」


「〝お前はそのために作られた〟と御主人様はそうおっしゃっていました」


「え?」


 何を言っているのか、アルフレッドには理解できなかったらしい。それはリリアや他の隊員たちも同じで、誰もまともに反応することができない。


 だから、『緩歩獣類』は説明を続けるのだった。


「私は虐待用のペットなのだそうです」

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