3-4 リリアの過去

「え……?」


 リリアの発言に、アルフレッドは耳を疑っているようだった。


 先輩隊員に盗掘の前科があるのが、それほどまでに信じがたかったらしい。


「あれ? 隊長から聞いてない?」


 隊内では周知の事実である。だから、新人に対しても、シルヴィアが伝えているとばかり思っていた。


「やり過ぎて捕まっちゃったんだけどね。鍵開けが上手かったから、コアトルズにスカウトされたんだよ」


「そうですか。それは……」


 そう曖昧に答えたきり、アルフレッドは黙り込んでしまう。


 アルフレッドはコアトルズの掲げる理念に共感して、調査局を志望したと言っていた。「有益な魔導具を見つけたい」と。「社会の発展に貢献したい」と。


 対して、盗掘犯の主な目的は、手に入れた魔導具を私的に利用したり、裏の市場で売りさばいたりして、金を稼ぐことにある。言わばコアトルズとは対極の存在なのである。だから、アルフレッドは盗掘犯に嫌悪感を抱いていて、いくら元とはいえ組むことに抵抗があるのだろう。


 もっとも、時間を戻す魔導具がない以上、過去は覆しようがない。だから、リリアも口をつぐむしかなかった。


「やはり、こんな生き物はいないんじゃないか」


 リリアが残りの宝箱の開錠をする間、他の隊員たちは例の石像の魔導具の解析を進めていた。けれど、図鑑まで持ち出してもなお、シルヴィアは首を捻っていた。


「見た目から機能を探るのは無理そうね」


 最年長のクリスもそう結論付けるしかないようだった。


 馬の姿をかたどった『スティールホース』は、馬のように休憩なしに走り続けることができる。カナリアの姿をかたどった『ワーニングバード』は、カナリアのように有毒ガスを検知して知らせてくれる。モチーフとなった生物の特徴から、魔導具の機能をある程度推測することは可能だった。


 しかし、今回発見した石像は、ブタとネズミを混ぜ合わせたような、見慣れない姿をしていた。そのため、一行にはどんな生物をモチーフにしているかさえ分からなかったのだ。


「ただの美術品という可能性は?」


 単なる石ではなく石像であること。宝箱を開けたり石像に触れたりしても、特に機能を発揮しないこと。この二点から、ゲイルはそう推測したようだった。


 宝箱は古代人が財産を保管するためのものである。それだけに、中に入っているのは魔導具ばかりではなかった。金貨や銀貨、宝飾品、そして美術品の発見例も数多く存在していた。


 けれど、この仮説にクリスは否定的だった。


「それなら、もっと見栄えのするポーズを取らせるんじゃないかしら?」


「確かに……」


 石像は四肢をすぼめて、固く目を閉じていた。眠っているというよりも、うずくまっているかのようである。


 もっと言えば、先の通り奇妙な生物をかたどっているせいで、ポーズ以前にモチーフの段階から見栄えがしなかった。


「私も私も」


 他の隊員たちがあまりに悩んでいるので気になったのだろう。マイペースに水分補給をしていたマトがようやく話し合いに参加する。


 しかし、下手の考え休むに似たり、いやそれ以下のようだった。


「やだ、もう」クリスが悲鳴を上げる。


「何をやってるんだ」シルヴィアが目をつり上げる。


 マトは横着をして、コップを持ちながら観察をしていた。そのせいで、石像に水をこぼしてしまったのだ。


 しかも、ろくに反省していないらしい。マトはタオルではなく、着ている隊服を使って拭こうとする。


 だが、その前に、水はすべて石像に染み込んでいた。


 そして、それと同時に、変化が起こりだしたのだった。


 石のように硬かった表面が、徐々に柔らかみを帯びていく。石のように灰色だった表面が、徐々に赤みを帯びていく。


 生物をかたどった石像は、実際に生物になり始めていたのである。


 リリアたちがただただ驚きに目をみはるだけだった中、アルフレッドはこの現象を分析していた。


「乾眠のようなものでしょうか……」


「何それ?」


「ご存じかとは思いますが、クマやシマリスは寒くなって餌が少なくなると、冬眠して春になるのを待ちます。それと同じように、一部の生物には周囲から水分がなくなると眠りについて、水分が増え始めると目を覚ますという性質が備わっているんです。

 中でも特に緩歩かんぽ動物、いわゆるクマムシは、百年以上乾眠を続けても復活が可能だとも言われています」


 リリアがなおも不思議がった顔をしていると、アルフレッドは「緩歩動物というのは節足動物に近い種類の生物のことです。動きがゆっくりしていることからそう名づけられました」と補足してくれた。


 その説明通り、石像化から復活を遂げた魔導具は、のそのそと手足を動かし始める。


「おっとっとっと。逃げるな逃げるな」


 手の上から降りようとするので、マトは元石像の首根っこを掴む。すると、今度は空中でばたばたともがきだしたので、シルヴィアは『マジックバッグ』からおりを取り出す。


 どうやら警戒心は強いが、攻撃的な性格ではないらしい。逃げ出せないことを悟ると、魔導具は檻の隅でじっとするばかりだった。鉄格子を齧ったり引っかいたりしないどころか、隊員たちに吠え立てることすらしなかったのである。


「特に害はなさそうだな」


「ペットの魔導具?」


「わざわざ保管していたことを考えるとそうなのかもしれないな」


 ゲイルの推測に、シルヴィアはそう頷く。確かに、この攻撃性の低さからいって、侵入者対策の罠ということはなさそうである。


 にもかかわらず、マトはこの仮説に賛成できないようだった。


「でも、ペットにしては、あんまり可愛くなくないですか?」


「それはそうだが……」


 石像状態から復活したことによって、魔導具の外見は余計に奇妙さを増していた。肌はくすんだピンク色の上、毛がないせいでしわのたるみが目立つ。動物には珍しい大きな白目が、臆病そうな卑屈そうな表情を作っている。おおよそ人好きしそうにない見た目だった。


「しかし、昔は美的感覚が違ったのかもしれないし、今だってパグやエキゾチックショートヘアみたいなのが人気だしな」


「…………」


「悪かったよ。怒るなよ」


 猫好きとしては聞き逃せなかったのだろう。何か言いたげな視線をゲイルに向けられて、シルヴィアは発言を撤回するのだった。


「ペットなら餌付けができるのではないでしょうか?」


 アルフレッドはそう言って、持ってきた肉を与えることを提案する。けれど、魔導具はまるきり食べようとする様子を見せない。前歯がネズミのようだから、草食ないし草食寄りの雑食の可能性があると考えて、野菜やパンも与えてみたものの、こちらにも手をつけなかった。


 もしかしたら、見知らぬ人間を警戒しているのかもしれないと、今度は餌を手渡しするのではなく檻の中に置いてみる。だが、それでもやはり魔導具は食べようとしなかった。


「食欲がないのかしらねえ?」


「動物は環境が変わると、ご飯を食べなくなると言いますからね」


 表面的には、クリスとアルフレッドのやりとりはごく普通のものだろう。


 しかし、リリアには引っかかることがあった。


「アルフレッド君って動物が好きなの?」


「何故ですか?」


「餌じゃなくてご飯って言うから」


 犬派猫派の話になった時に、「強いて言うなら猫」と答えたのも、両方好きという意味だったのではないだろうか。


「あるいは、世話の手間を省くために、餌を与えなくてもいいように作られているとも考えられます」


「あ、誤魔化した」


 もっとも、そのせいでむしろ背伸びをしている感が強まっていた。隊員たちの間に、微笑ましがるような空気が流れる。


 ただシルヴィアだけは、一応アルフレッドの意見を汲んでいた。


「しかし、だとすると、やはりペットか……」



          ◇◇◇



 魔導具の名前は、資料や記録を元に、当時の呼称(を翻訳したもの)が使用される。資料が発見されなかった場合には、外観や機能などから研究局が命名することになっている。


 ただし、これはあくまで正式名称の話である。現場でのやりとりを円滑にするために、調査隊員は調査隊員で便宜上の名前をつけている。また、その仮称がそのまま正式名称として採用されることもあった。


 宝箱に名前が記されたりしていなかったので、今回見つけた未知の魔導具も、とりあえず隊員たちで適当な仮称をつけることになった。また、宝箱を解錠した点や命名の経験がない点から、アルフレッドに一任されることになった。


「では、緩歩動物にも哺乳類にも似ているので、『緩歩獣類』というのはどうでしょうか?」


 覚えやすく、また伝わりやすいように、端的で簡潔な名前をつけたつもりである。しかし、他の隊員たちの反応は、「まぁ、いいんじゃない」「まんまかよ」といまひとつだった。


 宝箱の開錠と魔導具の解析、及び命名が済む頃には、時刻はすでに夜になっていた。それで遺跡の探索は一旦中止して、野営をすることが決まった。


 魔物が生息しているような場所で、全員が一斉に睡眠を取るのは危険である。そのため、ローテーションを組んで、見張り役と休憩役を交代するのが基本だった。


 ただし、アルフレッドは哨務を免除されることになった。リリアたちによれば、「新人は疲労で起きていられないか、緊張のせいで全然眠れないかで、見張りをやってる場合じゃないから」ということらしい。


 だが、どうやら自分はそのどちらかではなく、中間のタイプのようだった。寝つくまではすぐだったものの、夜中にふと目が覚めてしまったのである。


 せっかく先輩隊員たちが確保してくれた睡眠時間を無駄にはできない。アルフレッドは目を閉じ、無心になって、早く眠ろうとする。


 しかし、考えないようにしようとすればするほど、今日あった出来事がまぶたの裏で繰り返されてしまうのだった。


 フライングファングを『逆理の弓』で倒したこと。宝箱を解錠するのに手間取ったこと。『緩歩獣類』を発見・解析したこと。元盗掘犯だとリリアに告白されたこと。そして――


〝誤解してほしくないから言っちゃうけど、リリアは孤児だったみたいなのよ〟


 そして、クリスから密かにそう教えられたことが、何よりも頭から離れなかった。


 リリアは安易な金儲けのために、犯罪に手を染めたわけではなかったのだ。


 よく考えてみれば、そもそもリリア・リーという名前自体が、彼女の出自の複雑さを物語っていた。ノヴスオルドは移民が集まってできた国とはいえ、言語・文化の違いや差別意識などから、今でも異人種間結婚は珍しいからである。


 おそらく彼女が孤児だったのも、そのあたりの事情が絡んでいるのではないだろうか。たとえば父親が……


 そこでアルフレッドは思案を打ち切った。周りに気を遣わせたくなかったのか、あるいは過去に触れてほしくなかったのか。理由は何にせよ、リリアは盗掘犯だったことは口にしても、孤児だったことは黙っていたのである。それなら、こちらも聞かなかったことにするべきだろう。


 睡眠導入用の目薬、『オーレ・ルゲイエのミルク』を使って、さっさと寝てしまおう。そう考えて、アルフレッドは横たえていた体を起こす。


 その時になって、ようやく異変に気付いた。


 低い上背に細い手足。色素の薄い肌と髪がさらに体の華奢さを強調している。


 また、瞳は茫洋としていて捉えどころがない。おかげで、その姿は病的なようにも、神秘的なようにも見えた。


 アルフレッドは思わず瞠目する。


 


 隊員の誰でもない少女が、野営地のすぐそばに立っていたのだ。

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