3-3 初のダンジョン調査

 場所は中央地区北部の遺跡。調査方法は遺跡全体を探索する全調ぜんちょう(全域調査)。参加者は第十一部隊の全隊員……


 事務室で、シルヴィアは任務の大まかな内容を説明した。


 そして、遺跡の入り口では、細かな作戦を指示するのだった。


「隊列は斥候スカウトを務める前衛をシルヴィア班、背面攻撃バックアタックを警戒する後衛をクリス班、地図作成マッピングを行う中衛をリリア班という形で行く。だから、アルフレッド君は中衛だ」


「はい」


 シルヴィアが念を押すように言うと、アルフレッドはそう答えた。


「それから地図作成マッピングについてだが、リリアは実際の作成を、アルフレッド君はその護衛を頼む」


「はーい」


 今回返事をしたのは、リリアだけだった。


「中衛が二名以上いる場合、お互いのものを確認し合ったり、一枚が破損した場合の保険にしたりするために、少なくとも二名は地図を書くものだと聞きましたが」


「その通りだが、アルフレッド君は今回が初の調査だからね。雰囲気に慣れることを優先してくれればいい」


 前衛と後衛に挟まれた中衛は、相対的に安全なポジションである。その上で、さらに仕事の量を減らすことによって、新人の負担を軽減しようという意図があったのだ。「お気遣いいただきありがとうございます」と、アルフレッドもようやく納得したらしかった。


「他に質問のある者は?」


 誰からも手が挙がらないのを見て、シルヴィアは「それじゃあ、出発だ」と歩き出す。隊員たちは「了解」と続く。


 しかし、リリアには言いたいことがないわけでもなかった。


「六人もいるんだから、そんなに緊張することないって」


 隣で白い顔をするアルフレッドにそう声を掛けたのである。



          ◇◇◇



 シルヴィアは新人隊員に配慮した隊列を組んだが、上層部も同じようなことを考えていたらしい。


 分かれ道や行き止まりのある通路、破壊することのできない壁、内部を照らす魔導具の松明など、今回調査する遺跡の構造はオーソドックスなものだった。また、罠や魔物はまったくと言っていいほど見当たらなかった。おそらく事前調査を元にして、上層部が新人向けの簡単そうな仕事を割り振ったのだろう。


 しかも、アルフレッドを除いた残りの五人は、全員最低でも一年以上、調査局に在籍していた。そのおかげで、第十一部隊は順調に通路を進んでいく。


 もっとも、魔科学文明時代の遺跡である以上、侵入者にとって安全であるはずがない。途中で、前衛の二人も足を止めていた。


 進行方向の天井に、何かがぶら下がっているのを発見したからである。


「アルフレッド君、あれは?」


「フライングファングかと」


 シルヴィアの出した問題に、彼は難なく正解してみせる。コウモリ系の魔物は種類が多い上、距離もあって見分けづらいはずだが、迷うそぶりさえ見せなかった。


「フライングファングの特徴は?」


「視力が弱い代わりに、聴力に優れます。また強い麻痺性の毒牙を持っています」


「対策は?」


「肉体の強度が高いわけではないので、遠距離からの攻撃でも十分ダメージを与えられます。そのため、毒を受けないように、距離のある内に倒すことが推奨されています」


 適性も考慮するものの、それ以上に安全性を考慮して、新人は基本的に後方支援に回すというのが局内のルールだった。いかに有能とはいえ、その点はアルフレッドも同様で、彼には武器として弓の魔導具が貸与されていた。


「やってみるか?」


「はい」


 夜行性のため、フライングファングは現在眠っているようである。これなら止まった的を射るも同然だろう。


 しかし、アルフレッドが答えた通り、相手は聴力に優れる魔物だった。だから、矢の風切り音に反応したらしい。


 直撃する寸前で目を覚ますと、フライングファングは素早い動きで攻撃をかわす。さらには、こちらに向けて飛んできたのだった。


 ただ、新人離れした冷静さで、この展開にもまるで動じるそぶりを見せない。アルフレッドはすぐに二の矢、三の矢を放つ。


 両者の距離が近づけば近づくほど、当然矢を躱す時間は短くなる。とうとう避けきれなくなって、フライングファングの翼に一つが命中した。


 翼開長の大きさを考えれば、小さな穴が空いただけに過ぎない。にもかかわらず、フライングファングはその場から動けなくなっていた。


 アルフレッドの持つ魔導具は『逆理の弓』。


 この弓で矢を射ると、使用者の意思で座標を固定できるようになる。つまり、何もないはずの空中で、矢を静止させることが可能になる。


 だから、フライングファングに命中した瞬間、アルフレッドはその場に矢を固定した。


 矢羽根と矢じりが、釣り針でいう返しの役目を果たしているからだろう。相手は前進しても後退しても、矢から翼を引き抜くことができない。その場で一緒に静止するしかなかった。


 そうして今度こそ、本当に動きが止まったので、アルフレッドは悠々と相手の頭を射抜くのだった。


「おー、やるじゃん、新入り」


 マトは念のために構えていたナイフを下ろす。同じ感想のようで、クリスやゲイルも賞賛を口にする。


「弓術は大学時代から学んでいましたから」


 喜ぶというより安堵するように、アルフレッドはそう答えるのだった。



          ◇◇◇



 それからも、遺跡の探索は順調に進んでいった。


 通路を歩く。罠を見分ける。魔物を倒す。そうやって、遺跡の内部を調査することができた――というだけではない。


 道の先にあった部屋で、宝箱を発見できたのである。


 それも一つや二つではなかった。これまで見つからなかった分を埋め合わせるように、今回の部屋の中には宝箱がいくつも置かれていたのだ。


 隊の中で最も解錠が得意だからだろう。鍵の確認はリリアに任されることになった。


 ただし、鍵を開けることまではしない。本当にただ確かめていくだけだった。


 何故なら、目当てとする宝箱があったからである。


「アルフレッド君にはこれがいいかな」


「はい、ありがとうございます」


 魔物の討伐と同様に、新人に宝箱の解錠も経験させようという話になった。そこで数ある宝箱の中から、鍵の構造が単純で開けやすいもの、また爆弾などの罠が仕掛けられている可能性が低いものを、リリアは選別していたのである。


 調査局で試した時には、アルフレッドは同じようなつくりの鍵をすぐに開けられていた。しかし、遺跡の中での作業のせいか、他の隊員たちに見られているせいか、今日は手こずっているようだった。


「時間はあるからね。あせらなくていいよ」


「はい」


 アドバイスを送ると、アルフレッドは上ずった声でそう答えた。生真面目な彼には、むしろプレッシャーになってしまったかもしれない。


 もっとも、最年少で調査局にトップ合格するくらいだから、全力を発揮できなくても十分優秀ということだろう。時間はかかったものの、最終的には解錠に成功していた。


「上出来、上出来」


 リリアがそう声を掛けるが、アルフレッドは喜びもしなければ安堵もしなかった。ただ疲れた顔をするばかりだったのである。


 とはいえ、作業はまだ終わったというわけではない。宝箱の中身を確かめて、それでようやく本当の意味で解錠に成功したと言うことができる。


 だが、ふたを開けてみると、新人のアルフレッドどころか、先輩のリリアまで首を傾げるような結果になった。


「何でしょう、これ?」


「さぁ? 何かの石像かなぁ?」


 表面はいかにも硬質そうな、黒ずんだ灰色をしている。一方で、鼻や口、四つの脚などが確認できた。おそらく、何らかの生物を模しているのだろう。


 しかし、鼻はブタのようにつり上がり、歯はネズミのように飛び出ている。それでいて、体長はブタよりも小さく、ネズミよりも大きい。


 こんな生物は、今までに一度も見たことがなかった。


 班長どころか、隊長クラスでもすぐには判別できなかったらしい。リリアたちが悩んでいると、「こっちで預かろう」とシルヴィアが解析を申し出てきた。


 それで二人は再び解錠作業に戻ることにしたが、アルフレッドにとっては今回の調査はまだ研修のようなものだった。宝箱を一つ開ければそれで十分だろう。残りはリリアが自分で受け持つことにする。


 作った結び目が絶対に解けない縄、『ゴルディアスの縄』。


 一方から息を吹き込むと、もう一方から炎に変化して出てくる筒、『火吹き棒』。


 食べ物に文字を書いて食べることで、その内容を記憶できるようになるインク、『頭脳チンキ』。


 心臓や血管の疾患を引き起こしかねないほど辛い調味料、『ニアデスソース』……


「はい、終わりっと」


 すべての作業時間を合わせても、アルフレッドの時より短いくらいだった。そのせいで、こそばゆいことに尊敬の眼差しを向けられてしまう。


「リリア班長はさすがですね」


「こんなの慣れだよ、慣れ」


「ご謙遜を。自分は感服いたしました」


「アルフレッド君は大袈裟だなー」


 リリアはだんだんと照れくささよりも居心地の悪さを覚え始めていた。


 本来なら褒められるようなことではなかったからである。


「元盗掘犯ってだけだって」

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