3-2 新人隊員の実力
班長として、新人に先輩隊員たちを紹介したあとのことである。
リリアはさらに、自分の隣の席に彼を座らせたのだった。
「アルフレッド君には、まず報告書の要約作りをしてもらうね」
そう言いながら、彼の机の上に筆記具を並べていく。調査報告書とまっさらな紙、インク壺。そして、羽毛にインクを溜めることができ、またその色の変化によってインクの残量が分かる羽根ペン、『
「遺跡に潜ったあと、私たちはどんな罠があったとか、どんな魔物がいたとかを全部報告書に書くの。で、それを他の人に読んでもらって、知識を共有してるのね。
でも、全部読むのは大変だから、まず要約を読んで、それで気になることがあったら本文に手をつけることが多いの。アルフレッド君には、そのための作業をやってほしいってわけ」
要約作りは、入隊したばかりの新人が最初に任される仕事の一つだった。
いずれは調査に出て、遺跡内の罠や魔物、魔導具に対峙しなくてはならない。その時に備えて、それぞれの性質や対処法を過去の事例から学んでおくのである。もちろん、単純に報告書の書き方を覚えるという意味もある。
リリアは、過去の報告書とそれを基に自分が作った要約を見せる。また、シルヴィアやクリスに添削を受けた、修正前の要約も見せる。そうやって例を示すことで、どんな点に注意して書類を作るべきか、具体的に説明するのだった。
「こんなところかな。もし分かんなかったら、私に声かけてね。先輩相手だと話しかけづらいかもだけど、分かんなかったりミスしたりしたまま進めちゃうのが一番まずいから」
「はい、お気遣いありがとうございます」
しかし、アルフレッドはそう言って、きちんと礼をするような生真面目な性格である。「作業の邪魔になるかもしれない」と質問するのを遠慮してしまうかもしれない。そのため、時機を見計らって、リリアは自分からも声をかけるつもりでいた。
ただ、過去の報告書とその要約を読んで書き方を覚えて、さらに担当する報告書を読んで……となると、実際に要約作りに取りかかるまでには、かなりの時間を要することだろう。しばらくは自分の仕事に集中しても問題ないはずである。
というのは、思い込みに過ぎなかったようだ。
「リリア班長、今お時間よろしいでしょうか?」
「何か分かんないことでもあった?」
「いえ、作業が完了しましたので、確認をお願いしたいのですが」
「え? もう?」
リリアは思わず大声になる。新人時代の自分なら、まだ過去の報告書を読んでいるような頃合いだったからである。
自分が無学で書類仕事が苦手だったことを差し引いても、あまりに早過ぎるだろう。ひょっとすると、アルフレッドは何か作業内容を勘違いしていて……
「わっ、本当だ」
パッと見ただけとはいえ、要約に不備は見つからなかった。これなら少なくとも大きな修正が必要になることはなさそうである。
報告の通り、アルフレッドは作業を完了していたのだ。
◇◇◇
目の前には、だだっ広いばかりで何もない、一面砂地の土地があった。
アルフレッドを連れて、リリアは事務室から野外に出ていたのである。
「今度は戦闘の訓練をします」
彼を案内したのは、調査局に併設された訓練場だった。場内には他にもいくつか施設があるが、今回訪れたのはその中でも特に屋外訓練場と呼ばれている場所だった。
「知ってると思うけど、遺跡内では魔物や盗掘犯と遭遇して、戦闘になることがあるからね。他にも罠のせいで、矢が飛んできたり岩が転がってきたり。そういうのに対処するために、体を鍛えておくってわけ」
要約作りを通して、アルフレッドがデスクワークが得意なことはよく分かった。そのためリリアは、今度は彼の戦闘力がどれほどのものか量ることにしたのだった。
遺跡調査において、強さは生死に直結する要素である。極端な話、事務が壊滅的でも戦闘さえこなせれば、隊員としてやっていけないこともない。しかし、その逆は決してありえないのだ。
「とりあえず、アルフレッド君の腕前が見たいから、『ソフトソード』で掛かり稽古をしようと思うんだけど……『ソフトソード』は分かる?」
「剣の魔導具です。通常時は一般的なものと変わりませんが、人体に触れた時だけ刃が柔らかくなり、相手を傷つけることがありません。そのため、実物に近い感覚で剣の鍛練をすることができます」
「そうそう。よく知ってるね」
自分が説明するよりも分かりやすいくらいかもしれない。つい苦笑が漏れてしまった。
「それじゃあ……始め!」
リリアの合図で、訓練が始まる。
アルフレッドは十三歳としても小柄な方である。普通に斬りかかるようなことをすれば、軽い剣になってしまうだろう。かといって、大振りをすれば、今度は隙が大きくなってしまうはずである。
そのことは本人も自覚しているから、足運びと手数で攻めることにしたようだ。前後左右にちょこまか動く。そして、頭や胸、脇腹など、体のあちこちを狙ってくる。
かといって、攻めばかりに考えがいって、守りがおざなりになっているわけではなかった。リリアが攻勢に回ると、やはり素早い動きで回避や防御に転じていた。
しかし、対人戦で優秀な隊員が、必ずしも魔物との戦闘で優秀な隊員とは限らない。魔物は奇襲を仕掛けてきたり、未知の攻撃をしてきたりすることがあるからである。そのため、隊員には単純な戦闘力だけではく、不意打ちへの対応力も求められるのだ。
リリアは次にその点を試すことにした。
自然に間合いが開くのを待ってから、『マジックバッグ』に手を突っ込む。取り出したのは、野球用のボールである。
「!」
さしものアルフレッドも、突然の遠距離攻撃には意表を突かれたようだった。
だが、次の瞬間にはもう対処に移っていた。『ソフトソード』の側面を使って、投擲による攻撃を防ぐ。
それどころか、彼はボールを弾く角度やタイミングを調整することで、こちら目がけて打ち返してきたのだった。
「マジか……」
さすがに新人が反撃までしてくるのは予想外である。リリアは呆然とボールをキャッチするしかなかった。
◇◇◇
隊長専用の執務室に、リリアは呼び出されていた。
また、同じように、部屋にはクリスの姿もあった。シルヴィアの指示は、「班長会議を行う」というものだったのである。
予想はついていたが、議題はやはり彼のことだった。
「アルフレッド君はどうだ?」
「優秀ですね」
彼の入隊からすでに一ヶ月近くが経過していた。しかし、初日に受けた印象はまったく変わっていなかった。
むしろ、仕事に慣れたことで、作業や動作が洗練されて、ますます優秀さに磨きがかかっていたくらいである。
「事務も戦闘も新人離れしてますよ。研究局が再検討するような鋭い質問をしてきたりするので、教わったことしかこなせないってわけでもないですし」
「やはり、そうか」
アルフレッドの仕事ぶりは知っているが、直接の指導係の意見も確認しておきたかった、というところだろう。シルヴィアは安堵したような満足したような息をつく。
一方、クリスはやや異なる印象を抱いていたらしい。
「でも、ちょっと気になることもあるわよね」
「何がだ?」
「彼固いというか、真面目過ぎるところがあるでしょう?」
この指摘にはシルヴィアのみならず、リリアも「ああ」と納得の声を漏らしていた。
入隊して間もない頃は、単に初めての仕事や新しい人間関係に緊張しているだけかとも思った。その内に、堅苦しさが抜けて、もっと年相応の振る舞いをするようになるだろう、と。
だが、一ヶ月経った今でも、アルフレッドの態度にはまるで変化がなかったのである。
「確かにもうちょっと打ち解けてほしい気はしますけど……でも不真面目なのよりはいいんじゃないですか?」
「そういうこともあるけど、真面目で責任感が強い子は失敗しちゃった時がね。ミスを深刻に捉え過ぎちゃうかもしれないから」
言われるまで気づかなかったが、クリスの懸念はもっともなものだろう。
調査局の退職理由のトップは、「危険な仕事だから」というものだった。これは単に、遺跡の調査中に死にかけて、自分の命が惜しくなる者が現れるからというだけではない。仲間を負傷させたり、死亡させたりしたことで、心を病んでしまう者が現れるからでもあったのだ。
「シルヴィーだって、初めてやらかした時はわんわん泣いてたし」
「泣いとらんわ」
シルヴィアはムキになったように反論する。もっとも、そのせいで
「しかし、確かにクリスの言う通りだな。経歴を見てもアルフレッド君はずっと優等生で、これまでに大きな失敗を経験せずに来ていることだろう。だから、何かあった時は、フォローを入れるなり、叱り過ぎないようにするなり、気をつけて接してほしい」
「はい、分かりました」
自分が説教がましい方だとは思わないが、うっかり言い過ぎてしまうことはあるかもしれない。注意するに越したことはないだろう。
けれど、今回の会議は、ただ新人の指導方針を話し合うためだけのものでなかったらしい。
「でも、アルフレッド君の様子を確認するってことは……」
「ああ、そういうことだ」
クリスの推測に、シルヴィアは重々しく頷いていた。
◇◇◇
「おはようございます」
そう挨拶しながら、アルフレッドが事務室に入ってくる。「おはよう」「おはよう」と次々に隊員たちは返事をする。
特に指導係のリリアは、チェック中の論文から完全に顔を上げていた。
「アルフレッド君、今日も早いねー」
「ボクは新人ですから。それに、そういう皆さんの方がお早いじゃないですか」
「まぁ、私も班長としては新人だからね」
初めて部下を持ったことで責任感が芽生えた……というわけではない。せっかく給料が上がったので、降格させられるのは避けたかったのだ。
だから、感心するような表情をされても困ってしまう。リリアは話題を変えることにする。
「そういえば、アルフレッド君は犬と猫どっちが好き?」
「強いて言うなら猫でしょうか」
「あー、やっぱり」
予想した通りの回答だった。
「こういうのって、大体自分の性格の逆を選ぶんだよ。私、適当人間だから犬の方が好きだもん」
「そういうものですか?」
「ホントだって。ゲイルも猫の方が好きだもんね?」
こちらも予想通り頷いていた。前に同じような会話をした気もするが。
「で、マトは犬が好きでしょ?」
「ステーキの方が好きだけど」
「あれが馬鹿の回答ね」
「はぁ……」
アルフレッドは曖昧な返事をする。マトに失礼なので一緒になって馬鹿にすることはできないが、リリアに失礼なのでやめるように注意することもできなかったのだろう。
「しかし、なぜ急にそんな話を?」
「新聞に連続動物殺害事件って記事が出てたから。ちなみに今日までに、飼い犬が二件、猫がペットと野良合わせて三件だって」
感情を表に出さないアルフレッドが珍しく顔をしかめる。兜で表情こそ見えないものの、ゲイルのペンも止まってしまっていた。
同じくクリスも眉を
「でも、動物虐待って、確か危険な兆候だったわよね?」
「動物の痛みに鈍感な人物は、人間の痛みにも鈍感だと言われていますね。実際、傷害や殺人事件の加害者の多くに、動物虐待の経験があるという研究も存在するくらいですから」
アルフレッドは普段以上に真剣な表情でそう解説していた。ゲイルも「それはよくない」と何度も頷く。
ただ、そうは言っても、動物虐待事件を捜査するのは警察の領分だった。調査局には調査局の仕事がある。
「みんな、集まってくれ」
執務室から出てきたシルヴィアによって、隊員たちの雑談が打ち切られる。
先日会議をしたばかりなので、何の用件で集合がかかったのか、リリアにはすぐに察しがついた。
「第十一部隊に、遺跡調査の任務が入った」
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