第三章 ありふれた失敗

3-1 エピソード0

 その日、第十一部隊の全隊員が、事務室の一角に集められていた。


 隊長のシルヴィアによれば、隊全体に関わる報告があるのだという。


「今度、この隊に新人が入ることになった」


 驚いたり笑ったりと、それぞれの反応には差があった。しかし、新隊員の加入に肯定的である点は変わらなかった。


「やっと人手が増えるのね」


「もっとうちにも回してほしいですよね」


 クリスの愚痴に、リリアはさらに愚痴を重ねていた。


 第十一部隊は他の隊以上に慢性的な人員不足で、そのせいで一人一人の負担が大きくなってしまっている……というのが隊内での共通認識だったのである。


 一方、クラスに転入生でも来るような気楽さで、「はいはーい」とマトは挙手をしていた。


「どんなやつなんですか?」


「大学を飛び級で卒業して、そのままストレートで調査局の試験もパスして……という感じだな」


 この話題に、年少者のゲイルが真っ先に反応した。


「飛び級? 年は?」


「十三」


 身体能力が求められる仕事なので、調査隊員の年齢は全体的に低い傾向にあるが、それでも聞いたことのないような数字だった。


「わっか!」驚きのあまりマトはそう叫ぶ。


「ゲイルより若いじゃん」リリアはそばの大鎧に目をやった。


「後輩……」兜で表情は分からないが、ゲイルの声には喜びが滲んでいた。


「よかったわね」クリスは微笑ましげな笑みを浮かべた。


 シルヴィアの補足説明によると、誕生日の関係で新記録にならなかったというだけで、満年齢で計算すれば歴代最年少タイの入隊者らしい。それどころか、トップ合格に限れば記録を更新したことになるという。どうやらかなり優秀な新人のようだ。


 経歴に関してはおおよそ分かったので、リリアはさらにそのについても尋ねる。


「家柄はどうなんですか? やっぱり名家とか?」


「別に一般的な家庭みたいだが」


「じゃあ出世しそう度はB、いや才能を加味してA-ってところですか」


「妙なランクを作るな」


 しかし、上手くやれば相手が昇進した時に、自分も引き立ててもらえるかもしれないのである。媚びを売るかどうか、またどれくらい売るかを見極めるのは重要なことだろう。


 それに媚びを売るほどの相手ではなくても、同僚なら仲良くしておいた方が仕事がやりやすいに違いなかった。


「それで、その子の名前は?」




 後日、同じようにリリアたちに集合がかけられたが、その前に立ったのはシルヴィアではなかった。


 事前に性別を聞いていなければ、女の子と勘違いしていたかもしれない。自分が不信心者でなければ、天使と勘違いしていたかもしれない。金色の髪に白皙の肌、小柄な背、そして中性的な整った顔立ち……


 だが、その反面、彼の表情は硬かった。


「本日付けで、第十一調査部隊に配属されることになりました」


 そう着任の挨拶をする、新人隊員の名前は――


「アルフレッド・アルバートです」



          ◇◇◇



「私はシルヴィア・シンクレア。この第十一部隊の隊長だ。改めてよろしく」


「はい、よろしくお願いいたします」


 手続きなどの関係で、隊長のシルヴィアは、アルフレッドとすでに顔合わせを済ませているはずだろう。それでも再び握手を交わしたのは、手本を示すためだったようだ。彼女は次に隊員たちの紹介を始める。


「それから、彼女がリリア・リー。君の所属する第三班の班長で、直接の指導係も彼女ということになる」


 シルヴィアにならって、リリアもアルフレッドと握手をする。ただし、挨拶については自分の言葉ですることにした。


「頑張って働いてね。そして、私の出世に貢献してね」


「至らぬ点も多々あるかと思いますが、粉骨砕身する覚悟だけはできているつもりです。ご指導のほどよろしくお願いします」


「あ、はい」


 本心でもあったが、早く打ち解けるための冗談でもあった。だから、素直に受け取られると、かえって困ってしまう。


 失敗を挽回するため、リリアは隊員の紹介を引き継ぐことにした。


「この人がクリス・クロフォードさん。この隊の副隊長で、クリス班の班長でもあるよ」


「よろしくね」


 握手をしながら、クリスはアルフレッドのことをまじまじと見つめる。


 だが、それは別に、彼の顔を覚えようとしてやったことではなかったようだ。


「あなた、可愛い顔してるわね」


「仕事中だぞ」


「副隊長のような御盛装された方に褒めていただけて光栄です」


「アルフレッド君も真面目に答えなくていい」


 シルヴィアはそれぞれに対して渋い表情を向ける。


 先程「出世に貢献してね」と言った時も、アルフレッドはずれた返答をしていた。緊張しているのか、それとも素でそういう性格なのか……


 けれど、リリアにはそれよりも気になることがあった。


「ていうか、クリスさんって筋肉が好きなんじゃなかったですか?」


「将来甘いマスクのマッチョに育つかもしれないじゃない。いえ、むしろ私が育てたいわ」


 そう説明しながら、アルフレッドにチョコバーを渡す。市販の間食だが、多忙な時には行動食になるほど栄養豊富なものである。つまり、クリスは新人と仲良くなるために、お世辞や冗談を言ったわけではないということになる。


 しかし、これを聞いても、シルヴィアが「仕事中だと言ってるだろ」などと小言を口にするようなことはなかった。それどころか、彼女はしどろもどろになってしまっていた。


「あー、つまり、なんだ。クリスはその、そういうことなんだ」


「そうですか」


「……それだけか?」


「配慮の足りない言動で、ご不快な思いをさせてしまうこともあるかと思いますが、何卒よろしくお願いします」


「そういうことじゃあないんだが……」


 思ってもみない反応に、むしろシルヴィアの方が困惑させられたようだった。一方、当のクリスは、「本当に可愛いわね」とますます上機嫌になっていた。


「こっちがマト・ウィトコ。ティグル族の言葉で、 〝狂える熊クレイジー・ベア〟って意味なんだって」


「よろ~」


 ティグル族というのは、大陸の先住民族の一つである。古来からの伝統的な産業や文化を保持しつつ、移民たちとの交流によって言語などには融和も見られる。特に若い世代ほどその傾向は強い。


 しかし、そんな説明は、大学飛び級のアルフレッドには必要ないだろう。リリアは民族ではなくマト個人の話をすることにした。


「こんなアホ面で信じられないと思うけど、三等官だから隊長やクリスさんよりも等級だけは上なの」


 調査隊員は、主に階級(役職)と等級の二つの要素によって格付けされている。


 班長や隊長などの階級は、管理職としての能力によって決定される。つまり、階級とは統率力やコミュニケーション能力などを示したものである。


 これに対して、等級は魔物に対する戦闘力や魔導具に対する分析力など、ありていに言えば現場での能力を示したものである。こちらは十二等官から始まり、一等官が最上位となっているが、査定の厳しさからそこまでたどり着ける隊員はまず存在しなかった。三等官クラスでも、局内には数えるほどしか在籍していないくらいである。


 入隊初日だが、アルフレッドも隊内の制度は把握しているようだ。先輩隊員に「優秀な」という枕詞が加わったことで、今まで以上にマトを敬意のこもった目で見始める。


「ご指導ご鞭撻いただけたら幸いです」


「ああ、ゴベンタツね。まぁ、私くらいになると、週三ペースでゴベンタツしてるからね」


「アンタ、絶対意味分かってないでしょ」


 アルフレッドと違って、リリアは彼女に冷たい視線を向けていた。


「最後に、このでっかい鎧のがゲイル・ゲーティス」


 小柄で細身のアルフレッドと並ぶと、2メートル超の全身鎧はますます大きく見える。その上、ゲイルは自分を大きく見せたがっているようだった。


「十六歳だから、アルフレッド君に一番年が近い。だから、班は違うけれど、何かあった時は気軽に相談してくれていい」


「先輩風吹かすねー。自分もまだ二年目のくせに」


「アルフレッド君はどうしてコアトルズに?」


「あ、無視した」


 そう言って、リリアはさらにゲイルのことを茶化す。


 けれど、アルフレッドがこれに悪乗りするようなことはなかった。むしろ、今まで以上に真剣な表情で質問に答えるのだった。


「〝魔導具の普及を通じて、神話における羽冠の蛇ケツァルコアトルのように、人々に文明をもたらす〟という統制機構の理念に共感したからです。そのため、自分は特に『方舟アーク』の発見に貢献したいと考えています」


 隊員たちは誰もが驚きに目を見張る。まさか、それを目標として公言する人間がいるとは思わなかったのだろう。


 唯一、マトだけはきょとんとした顔をしていた。


「『方舟アーク』って?」


「『楽園の方舟アーク・オブ・アルカディア』のことでしょ。乗った人間を飢えとか病気とかのない理想郷に連れて行ってくれるっていう船よ。いわゆる〝究極の魔導具〟ね」


 リリアの知る仮説では、発達し過ぎた古代魔科学文明は、自らが生み出した魔導具の暴走によって滅亡したとされている。しかし、また別の説では、滅亡を前に一部の古代人たちは『方舟アーク』に乗船。理想郷のような素晴らしいところに――こことは異なる星に渡ったとも、異なる世界に渡ったとも言われているのだった。


 もっとも、『方舟アーク』に関しては、正式な研究資料等は発見されていない。せいぜい古代の神話や叙事詩にそれしきものが描かれているだけである。だから、先程の隊員たちの驚きというのは、「あれは御伽話おとぎばなしじゃないのか」「本当に信じているのか」という驚きだったのだ。


「あんなの御伽話じゃねーの?」


 マトに至ってはそう口に出していた。シルヴィアが丸めた資料で頭を叩くと、「聞いただけじゃないですか」と言い訳を始める。


 しかし、そんな風に真面目に取り合おうとしない隊員たちを前にしてもなお、アルフレッドの表情は真剣なままだった。

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