2-8 愚か者たち

 前衛はシルヴィアとマト、後衛はクリスとゲイル。そう隊列を組んで、広い通路を進んでいく。


 話し合いの末、貧血を起こしたアルフレッドとリリアを除くこの四人で、七十九番宮殿の探索を再開することになったのだった。


 世話係を残さずに、病人だけを置いていくことには異論もあった(そもそもシルヴィアが反対派の中心人物だった)。けれど、「軽症だから問題ない」とアルフレッド本人が主張したため、反対派も折れたのである。


 罠の有無を確かめながら、一行は通路を前進する。壁に扉があれば、調査のために突入する。


 しかし、なかなか思うような成果は上がらなかった。部屋の中には、蛙や甲虫の魔物がいるばかりだったのだ。


 そんな空振りを何度か繰り返したあとのことである。


 今回入った部屋には、宝箱が置かれていた。


 また、それを守るように、魔物の姿もあった。


 こちらを一目見るなり、相手は猛然と突進を繰り出してくる。


 巨大な体躯、それを支える太い脚、前方へ突き出た長い牙…… イノシシ系の魔物の、スピアボアである。


 だが、前衛かつ飛び道具を持つシルヴィアが、相手の突進よりも先に攻撃を仕掛けていた。『ファイアリーフレンド』で、スピアボアを銃撃したのだ。


 ただし、スピアボアが素早いのは前進だけではなかった。左右への動きも俊敏で、弾丸をかわしながらこちらへ迫ってくる。


 銃で足止めできないなら、鎧で受け止めようというのだろう。後衛のゲイルが前に出ようとする。


 けれど、『リバイビングアーマー』は、あくまで外部からのダメージを無効にするというだけである。突進の衝撃までは消し切れないため、スピアボアが相手では吹き飛ばされてしまう恐れがあった。


 そうなった場合でも、やはり魔導具の機能でゲイルは無傷のままだろう。だが、足止めにならないせいで、結局後ろで控える隊員たちでスピアボアに対処しなくてはならないことになる。


 だから、シルヴィアはゲイル以外の隊員に指示を出していた。


「マト、援護を」


 彼女の持つ『ザ・ナイフ』は、ただの切れ味がいいナイフに過ぎない。しかし、機能が単純なせいか、製造するのが簡単だったようで、各地の遺跡から大量に発見されていた。


 つまり、『ザ・ナイフ』はいくらでも入手可能な魔導具なのである。そのため、投げナイフとして使ってしまっても、マトはすぐに『マジックバッグ』から次を取り出すことができた。


 それどころか、何十本と所持しているのをいいことに、矢継ぎ早に『ザ・ナイフ』を投げまくるのだった。


 とはいえ、いくらマトの身体能力が高いといっても、さすがに銃弾より速くナイフを投げることはできない。スピアボアは悠々と避けて、一行の下へ迫ってくる。


 もっとも、そんなことは当然シルヴィアも分かっていた。


「クリス!」


「はぁい♡」


 指示を受けて、彼女が『魔女の傘』を構える。今回の天気は強風。石突から轟々と音を立てるほどの、猛烈な風が吹き出した。


 その結果、突風を受けた『ザ・ナイフ』は速度を増すのだった。


 すでに手元を離れたものが加速するのは予想外だったようで、スピアボアは投げナイフをもろに体で受けてしまう。しかも、速度が増した分、威力も増しており、痛みのあまり動きが鈍りだした。


 ゲイルが押さえ込むには、もう十分過ぎるほど勢いが弱まっただろう。本人もそう判断したようで、再び前へと進み出た。


 スピアボアの巨体から繰り出される突進を真正面から受け止める。それでもゲイルは、その場を微動だにしていなかった。


 いつもの流れなら、そうやって相手の体を押さえたあと、首絞めチョークで息の根を止めにいくところである。しかし、今回は病人を待たせた状態で遺跡の探索を行っていた。とどめに窒息死を選ぶのは悠長過ぎるだろう。


 だから、シルヴィアは再び銃を撃った。


『ファイアリーフレンド』の曲がる弾丸は、味方のゲイルを避けて、敵のスピアボアにだけ命中する。――それも急所である頭部に。


 脳天を貫かれたスピアボアは、その瞬間にも床に倒れ込んだのだった。


 入室時に確認したように、部屋の奥――スピアボアの背後には、宝箱が置かれていた。強力な魔物に警備させていた点を考えると、中の魔導具は貴重なものかもしれない。


 けれど、シルヴィアたちは宝箱に目もくれなかった。


 それよりも、スピアボアの解体を優先していたのだ。


「これでアルフレッド君たちも助かるな」



          ◇◇◇



「貧血ってどうやって治すんだ?」


 二人の体調不良の原因が分かると、マトはすぐに対処法について尋ねた。


 しかし、この疑問にアルフレッドは答えようとしない。リリアも「嫌な予感がする」と呟くだけだった。


 だから、シルヴィアは代わりに説明を引き継ぐことにする。


「本来なら貧血にはいろいろな原因が考えられるが、今回は鉄分の不足だと分かっているからな。単純に鉄分を補えばいいだろう」


「食べるんですか? 鉄を?」


「そこまでしなくても、鉄製品で食事を作るだけで十分だ」


 調理をする内に、鉄が徐々に料理に染み出すのだという。そのため、貧血対策として、食材と一緒に煮込む、専用の鉄塊が販売されているくらいだった。


「鉄製の鍋を持っていたね?」


「それが……」


 シルヴィアの質問に対して、アルフレッドは気まずそうに言葉を濁す。


 彼が取り出した鍋は、眩いばかりに輝いていた。


「そういえば、『石』の検証で使ったんだったか」


 おかげで、鍋は金製に変わってしまっていた。しかも、それはフライパンなど他の調理器具についても同様だった。


「そういうことなら、食材から取るしかないわね」


 アルフレッドたちが貧血の症状以上に青い顔をしている理由を察したのだろう。クリスはしのび笑いをもらす。


 一方、ゲイルはまだ気づいていないようだった。


「鉄分が多い食材というと……」


「イワシやカツオ、貝、大豆、ケール、ほうれん草。ただ代表的なものと言ったら、やっぱりレバーでしょうね」



          ◇◇◇



 スピアボアのレバー入りのスープは、ほどなくして完成した。


 しかし、患者二人はなかなか手をつけようとしなかった。


「魔導具を濫用した罰だと思うんだな」シルヴィアはそう罪悪感に訴える。


「せっかく、みんなが取ってきてくれたんだから」逆にクリスは情に訴えた。


「これも訓練」ゲイルは自分も苦手なのを棚に上げてそう言った。


「旨い旨い」手本のつもりなのか、ただ単に空腹なのか、マトはつまみ食いをしていた。


 隊員たちの圧力には勝てなかったらしい。アルフレッドとリリアは、ようやくレバーを口に運ぶ。その結果――


「うっ」


 二人は揃ってうめくような声を漏らすことになったのだった。

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