2-7 『石』の欠陥
仮説を検証するために、『賢者の石』を使わせてほしい。
そうアルフレッドが提案すると、クリスはすぐに回答してきた。
「ダメよ。危険過ぎるわ」
同意見、いやそれ以上ということかもしれない。彼女の言葉に続くように、ゲイルも重々しく頷いた。
二人の唱えた仮説は、「『石』が未完成なために、不老不死とは反対の効果が出てしまっている。あるいは黄金化に必要なエネルギーとして使用者の命を利用している」というものだった。もしこの推測が正しかった場合、アルフレッドも倒れかねないのだから、実証実験に賛成してもらえないのも当然のことだろう。
「でも、このままだとリリアさんが犠牲になりかねないですよ」
「その犠牲を増やさないために、リリアは一人で使ったんでしょう?」
「それは……」
「私も個人としてはアル君と同じ気持ちよ。でも、副隊長としては許可できないわ」
さらにクリスに同意するように、今回もゲイルは頷いていた。
二人に諭されて、リリアに目をやる。確かに、『石』のせいで自分まで倒れれば、彼女の意思を無駄にしてしまうことになるだろう。
だから、アルフレッドは言った。
「やっぱり試させてもらえませんか」
いっこうに回復する兆しはなく、リリアは毛布の上に横たわったままだった。いや、それどころか時間の経過とともに、徐々に症状が悪化してきているらしい。倒れたばかりの頃にも増して、リリアの呼吸は荒くなっていた。
自分をかばったせいで、彼女はこうなってしまったのである。このまま見過ごせるわけがなかった。
「寿命を削るほど危険なものを、宝箱に入れて保管するのは不自然だと思います。かといって、罠のつもりなら、もっと序盤に設置して、侵入者が奥まで来れないようにするはずです。ですから、体調不良の原因は別にあるのではないでしょうか」
「……分かったわ。でも、危ないと思ったら、その時点で止めるからね」
使い続ける内にリリアが倒れたことから、使用回数や使用時間が増えるにつれて症状が現れると考えたのだろう。クリスはそう譲歩してくれた。
また、ゲイルも今度は賛成してくれたらしい。
「これを」
そう言って、『マジックバッグ』から取り出した、鉄製のフライパンを渡してくる。だから、「ありがとうございます」と二人に答えるのだった。
アルフレッドは、早速『賢者の石』をフライパンに当てる。『石』が触れた箇所から、少しずつ鉄が金へと変化し始めていく。
けれど、自身の体には、特に変わったことはなかった。
その後も実験を続けたものの、やはり変化があるのは卑金属の方だけだった。体調はなかなか悪くならない。
そこでアルフレッドは、まだ体が万全な内に、試していない実験に手をつけることにした。最初に金にしたフライパンに、もう一度『賢者の石』を当ててみたのだ。
噛むと歯型がつくという話からも分かるように、金は他の金属に比べるとかなり柔らかい。他にも耐熱性で鉄に劣るなど、用途によっては必ずしも金が最上とは言えない場合がある。そのため、「誤って金にしてしまったものを、元に戻すこともできるのではないか」と考えたのだ。
しかし、『石』の使い方を間違えているのか、そもそも機能自体がないのか。金のフライパンは、いつまで経っても金のままだった。
もっとも、実験に成功したところで、それはあくまで金を卑金属に戻せるというだけの話である。リリアの体調まで元に戻せるかは疑わしいところなのだが……
そう諦めをつけて、フライパンから『賢者の石』を離そうとした時だった。
視界が歪む。
脚に力が入らなくなる。
意識が遠の――
「アル君!」
忠告なのか、悲鳴なのか。よろめくさまを目にしたクリスがそう叫ぶ。
ただ、ゲイルが支えてくれたおかげで、床に体を打ちつけることはなかった。
「大丈夫?」
「ええ」
アルフレッドは弱々しいが、はっきりした口調で答える。
「原因が分かりました」
◇◇◇
リリアが倒れたという連絡を受けて、シルヴィアとマトも合流を目指すことにした。
作った地図を見せてもらって、道順は確認済みである。また、道中の罠の有無についても同様である。そのため、クリス班がそうしたように、二人も遺跡の中を全力疾走で進んでいく。
しかし、序盤で分かれ道に出くわしたことで、シルヴィアたちは早い段階から別行動を取っていた。それが原因で、クリス班に比べて長い距離を移動しなけれならず、到着が遅れてしまっていたのだ。
その上、魔物による足止めもあった。
通路を塞ぐ巨大なサソリに対して、シルヴィアは拳銃を構える。
けれど、アイアンスコーピオンの光沢のある外骨格は、見た目の通り金属のように硬かった。『ファイアリーフレンド』をどれだけ連射しても、大したダメージを与えることができない。
軽傷程度なら気にも留めず、アイアンスコーピオンは距離を詰め続け、とうとう前衛のマトのところまで接近する。
もっとも、本能的にマトの持つ『ザ・ナイフ』に危険を感じ取ったのだろう。アイアンスコーピオンはすぐには攻撃してこなかった。
一方、マトはマトで、手数で負けていることから、攻めあぐねているようだった。アイアンスコーピオンには腕の二つの
そのため、両者は間合いを取ったまま、睨み合いを続けることになった。
ただ、今は状況が状況である。一刻も早くリリアの下へ駆けつけたかった。持久戦の末、最終的にマトが勝つとしても、それを待っているような時間の余裕はない。
痺れを切らしたシルヴィアは、再び『ファイアリーフレンド』で敵を銃撃した。射線上に味方がいるにもかかわらず、である。
しかし、その弾丸は、マトの体を避けていた。
『ファイアリーフレンド』は、味方への誤射を意味する『フレンドリーファイア』を反転させたネーミングである。すなわち、味方には当たらないような、自由に軌道を変えられる銃弾を生成・発射できるという機能が存在するのだ。
味方の体を避けて、『ファイアリーフレンド』の弾丸は敵へと向かう。マトが死角になって撃つ動作が見えなかったせいで、アイアンスコーピオンはろくに回避行動を取ることができない。
しかも、シルヴィアの一撃は単なる不意打ちではなかった。曲がる銃弾で外骨格と外骨格の隙間を狙った、急所への不意打ちだった。
いかに硬い体の持ち主と言えども、これにはさすがに
その瞬間を狙って、マトが『ザ・ナイフ』で攻勢に打って出た。
右手のナイフで、まず左の鋏を切り落とす。こうしてナイフ二本と鋏・毒針二本の対等の勝負になると、マトはさらに勢いづいて滅多切りを始める。高硬度のはずのアイアンスコーピオンの外骨格が、まるでトマトかキュウリかのようだった。
「相変わらず、でたらめな強さだな……」
シルヴィアは思わずそうぼやく。
『ザ・ナイフ』の機能は、切れ味がいいこと。ただそれだけである。
しかも、切れ味がいいといっても、決してなんでも切れるというわけではない。あくまでも、「現代の一般的なナイフと比べて」という程度の話である。言ってみれば、マトは便利な家庭用品レベルの魔導具を、高い身体能力で無理矢理武器として運用しているようなものだったのだ。
とはいえ、方法はどうあれ、結果は十分なくらい出しているのである。とりたて問題視するようなことではないだろう。
それよりも、今はリリアの救護の方が重要だった。シルヴィアは先を急ぐことにする。
「ちょうどよかった。アル君が、謎が解けたって」
到着した直後にも、クリスがそう報告してきた。
シルヴィアは一瞬驚いたものの、すぐに安堵していた。体調不良の原因が分かれば、対処も可能なはずだろう。
「一体どういうことだったんだ?」
「ヒントになったのは、ミダス王の話でした」
実際に『賢者の石』を使って検証したらしい。アルフレッドは蒼白な顔で解説を始めた。
「前にお話ししたように、力を手にしたミダス王が迎えた結末には、いくつかのバリエーションがあります。しかし、その後にロバの耳のエピソードで出番があるせいか、ミダス王本人が金になって終わるという話は存在しません。
ただこの魔導具にはそんなことは関係ないようで、たとえ使用者であっても無差別に金に変えてしまうみたいなんです」
ミダス王の話になった時、「自分を金に変えてしまった」という結末を予想したのはマトだった。そのせいか、説明に真っ先に口を挟んでいた。
「でも、その石はヒキンゾク?を金に変えるだけなんだろ? 実際、アルもリリアも金になってないし」
「いえ、なってますよ。なっているから体調不良を起こしたんです」
「?」
アルフレッドに訂正されたが、意味がまったく分からなかったらしい。マトはむしろ困惑した様子だった。
「そうか。卑金属は人間の体内にも含まれているものな」
「??」
シルヴィアの相槌を聞いて、マトはますます困惑していた。
「鉄欠乏症――つまり貧血だ」
人間の体内では、鉄は主に血液の中に含まれている。一説によると、血中の鉄が肺で酸素を結びつけたり、各部で離したりすることによって、酸素が全身に行き渡るようになっているのだという。
そのため、体内の鉄が不足すると――鉄が魔導具で金になったりすると、一種の酸欠状態になって、体調不良を起こすことになるのだ。
「確かに、めまいや息切れは、貧血の典型的な症状だものね」
アルフレッドの仮説に、クリスはそう賛同していた。他に頭痛や手足の冷えなどの症状も出ているようだが、それらも同様だからだろう。
「色が黒いのは、やっぱり未完成品だったということ?」
本来の『賢者の石』には、使用者への影響はないとされていることから、ゲイルはそんな考察をしていた。
ただ、たとえ欠陥のある未完成品だとしても、研究を進めていくためのサンプルとしては有用だろう。だから、遺跡の
「それで、貧血ってどうやって治すんだ?」
「…………」
博識なアルフレッドが知らないとは思えない。にもかかわらず、マトの質問に彼は黙り込んでしまう。
リリアも青い顔をさらに青くしていた。
「すごく嫌な予感がするんだけど……」
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