2-6 悪化していく症状
最初は、『賢者の石』の発見に浮かれているのだと思った。リリアは喜びのあまり、フラフラとふざけたような歩き方をしているのだろう、と。
だが、どうやらそうではなかったらしい。
実際には、立っているのもやっとだったようだ。リリアは『
問題が起きていることに、アルフレッドはようやく気づく。前衛として先を歩いていた彼女の下へ慌てて駆け寄る。
「大丈夫ですか、リリアさん」
「へーきへーき。ちょっとくらっと来ただけだから」
ただ単に、めまいを起こしただけということだろうか。リリアは立ち止まって少し休んだあと、改めて調査を開始する。
けれど、体調はますます悪くなるばかりだったようだ。今回は『神珍鐵』を杖代わりにしても耐えきれなかったようで、とうとうその場にへたり込んでしまったのである。
「リリアさん!」
アルフレッドは再び彼女の下へ駆け寄る。顔色は青白く、呼吸も荒かった。本人の申告と違って、平気でないのは明らかだろう。
にもかかわらず、リリアが立ち上がろうとするので、「一旦、休憩にしましょう」と声を掛けるのだった。
「水でも飲みますか?」
「悪いんだけど、温めてもらえる?」
「もしかして、寒いんですか?」
「うん、手足が冷たいっていうか」
「じゃあ、熱はどうですか?」
「それはないと思う」
念のため、アルフレッドは「失礼します」と、リリアの額に手を伸ばす。だが、確かに発熱はしていないようだった。
「他に何か症状は?」
「うーん、頭が痛いかな」
「横になった方が楽ですか?」
「そうかも」
すぐに『マジックバッグ』から毛布を取り出すと、それを床に広げる。
ただ、白湯を飲むのも安静にするのも、症状を和らげるだけのものに過ぎないだろう。根治のためには、不調の理由を突き止めて、それに対処しなくてはならない。
「『賢者の石』が原因だという感覚はありますか?」
「どうだろう。でも、タイミング的にそうだよね」
「本来の『賢者の石』には癒しの力があるので、『石』を飲めば治る可能性も考えたんですが……ダメみたいですね」
「それは最終手段に取っとくよ」
『賢者の石』原因説が正しいのなら、下手に『石』を使うと余計に症状が悪化しかねない。リリアの言う通り、今はまだ保留にしておくべきだろう。
しかし、たとえ『賢者の石』が原因だと仮定しても、何故『石』を使うと不調になるのか。また、どうすれば不調を改善できるのか。それらの点については、まったく見当がつかなかった。
だから、詳細を突き止めるまでは、対症療法でしのぐしかないだろう。アルフレッドはお湯を沸かすため、『火吹石』や鍋の用意を始める。
その最中のことだった。
「アル君、水もらっていい?」
「え? ええ」
まだ温める前なのに、よほど喉が渇いたのだろうか。これも症状の一つだろうか。そう疑問に思いつつ、リリアにコップを渡す。
すると、彼女はその水を自身の手にかけたのだった。
「リリアさん……?」
「水にはそういう力があるって、アル君言ってたでしょ?」
「何のことですか?」
「〝強欲を反省したミダス王は、神の言葉に従って、川の水で手を洗うことで力を手放した〟って」
『賢者の石』の「触れた卑金属を金に変える」という性質は、ミダス王の力の「触れたものを金に変える」という性質に似ている。
また、「『石』のせいで体調不良になる」という性質と、「力のせいで食べ物や娘まで金になる」という性質は、使用者が苦しみを味わわされるという点で共通している。
それならば、手を洗うことで苦しみから解放されるという点まで共通している可能性も確かにあるのではないだろうか。
「それで、どうですか?」
「よくなってる気はしないかな」
リリアは震えながら両手をこすり合わせる。どうやら謎の体調不良で冷たくなった手を、水に濡らしてさらに冷たくしてしまっただけだったようだ。
しかし、お湯が沸くまでには、まだ時間がかかるだろう。せめて手を乾かしてもらおうと、アルフレッドはハンカチを差し出す。
「……すみません」
「なんでアル君が謝るの? 忠告を聞かなかったのは私じゃん」
そうは言いつつ、まったく懲りていないらしい。リリアはへらへらと笑うばかりだった。
だが、『賢者の石』の濫用は、彼女が反省するようなことではないとアルフレッドも思っていた。むしろ、反省すべきなのは自分の方だろう、と。
「リリアさんは、ボクがトラブルに巻き込まれないように、検証を引き受けてくれたんでしょう?」
「金に目が眩んだだけだとは思わないの?」
「それなら、もっと隠しやすそうなものを変えた方がいいですから」
たとえば、リリアは解錠用に何十種類ものピックを持ち歩いている。一、二本なくなったとしても――金に変えて隠し持ったとしても、本人以外が気づくのは難しいだろう。
にもかかわらず、彼女が実験に使ったのは、鍋やフライパンのような目立ちそうな大きなものばかりだったのである。
しかし、そう指摘されても、リリアはへらへらしたままだった。
「最初に私が『石』を使っちゃったからね。二人とも使って、二人とも何かあるのが一番まずいと思って。ただそれだけのことなんだから、アル君が気にすることないよ」
体調を崩したあとも、彼女は無理して調査を続けようとしていた。あれはやはり、「検証を任せてしまったせいだ」という罪悪感を、こちらに抱かせないためだったようだ。
◇◇◇
七十九番宮殿の通路を、クリスとゲイルが進んでいく。
二人の歩調は、ほとんど全力疾走の時のそれと変わらなかった。歩けば数時間もかかるような道のりを、あっという間に駆け抜けてしまう。
だが、そんなクリスたちを妨害するように、進行方向に魔物が立ちはだかるのだった。
赤と黒のまだら模様という派手な体色。一見すると大トカゲにも見えるが、鱗がないことからイモリの一種だということが分かる。
このジャイアントニュートが恐ろしいのは、通常のイモリのように皮膚にはもちろん、牙にも毒腺が存在することだった。すなわち、捕食者から身を守る時だけでなく、獲物を捕食する時にも毒を用いるのである。
そこで相手に接近される前に、クリスは先制攻撃を仕掛けることにした。
ジャイアントニュートに対して、『魔女の傘』の先端を向ける。石突から太陽を思わせる火球が飛び出す。
しかし、この個体は炎の特性を理解していたらしい。
火球がぶつかる直前に、体表から毒液を分泌する。水分で体中を覆うことで、引火するのを防いだのだ。
『魔女の傘』による攻撃を
噛みつかれたことで、牙から毒を注入されてしまう。さらに引き剥がそうとしたことで、皮膚の毒に触れてしまう。常人なら完全に中毒症状に陥る場面だろう。
だが、相手は『リバイビングアーマー』を着込んだゲイルだった。
全身を覆う鎧が、牙も皮膚も遮って、毒を一切寄せ付けない。むしろ、あまりの装甲の硬さに、噛みついたジャイアントニュートの方が面食らっていたほどだった。
そうしてゲイルが敵を引きつけてくれている間に、クリスは次の攻撃へと移る。
ジャイアントニュートに炎は効果が薄いことは分かっている。しかし、『魔女の傘』は単に火球が放てるだけの魔導具ではなかった。傘がモチーフになっている通り、天候になぞらえた様々なものを放つことができるのだ。
クリスは今度、『魔女の傘』で天気を快晴ではなく落雷に変える。つまり、火球ではなく電撃を繰り出す。
体表が毒液で濡れているジャイアントニュートには、電気はやはりよく通ったようだ。先程までの激しい動きが嘘のように、筋収縮によって体を硬直させる。
問題があるとすれば、ジャイアントニュートの足止めのために、ゲイルが組み合っていることだろう。電気の性質上、一緒に感電してしまう恐れがある。
けれど、『リバイビングアーマー』には、外部から受けるダメージを完全に無効化するという機能があった。
そのため、両者に雷が直撃したにもかかわらず、ジャイアントニュートだけが倒れたのだった。
「やあねぇ、急いでる時に限って」
クリスの愚痴に、ゲイルは無言で頷く。
先程、『コンタクトミラー』で、アルフレッドから連絡が入った。『賢者の石』の機能を検証した直後に、リリアが体調不良を起こしたのだという。
その上、多くの中毒や病気に有効な『アンチドート』を飲ませてみたが、まったく効果はなかったそうである。
だから、クリスとゲイルは調査を一旦中断して、二人と合流することにしたのだった。
「体調はどう?」
到着すると、クリスは真っ先にそう尋ねた。
「よくないので、補償金をください」
「ふざけてる場合じゃないでしょうに」
リリアは手を差し出してみせたが、横になっているあたり本当に体調はよくないのだろう。強がる様子がかえって痛々しく見えてしまう。
そのまま流れで、クリスは問診を行った。主な症状は、ふらつき、息切れ、寒気、頭痛…… また、リリア本人は自覚していないようだが、顔色が蒼白になっていた。
「どうですか?」
「原因不明の体調不良としか言えないわね……」
アルフレッドの質問に対するクリスの回答は、ただそれだけだった。
もっとも、原因については、分かっているといえば分かっている。十中八九、『賢者の石』を使用したことだろう。だから、傍らに置かれていたそれに、隊員たちの視線が集まった。
話はすでに聞いていたが、『石』の実物を見て、ゲイルは気づいたことがあったようだ。
「そういえば、黒い賢者の石は未完成だとアル君が」
「そのせいで、不老不死とは反対に、持ち主の寿命を削ったってこと?」
そうクリスが確認すると、ゲイルは首肯した。確かに、未完成品ゆえに欠陥があるというのは頷ける説である。だから、クリスはさらに、「それなら、金に変えるエネルギーを、寿命でまかなってるなんていう可能性も考えられるわね」と別の仮説を立てていた。
もっとも、いくら頭をひねったところで、仮説は所詮仮説に過ぎない。アルフレッドはそう考えたらしい。
「……ボクが試してみてもいいですか?」
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