2-5 『賢者の石』の実験

 アルフレッドとリリアは、『コンタクトミラー』を使って、第十一部隊の隊員たちと連絡を取っていた。


 二人が今回探し当てた魔導具は、伝承こそ有名だが、実物は未発見のものだった。加えて、伝承通りの性質があるなら、人類にとって非常に有益なものでもあった。それだけに、他の班にもすぐに報告する必要があると考えたのだ。


「『賢者の石』……」


 告げられた魔導具の名称を、マトは呆然と繰り返す。


「って何だっけ?」


「不老不死になれるという石」


「そうね。『石』そのもの、あるいは『石』が生み出す『エリクシル』という液体には、あらゆる怪我や病気を癒したり、老人を若返らせたりする力があると言われているわ」


 ゲイルが端的に答え、クリスが詳細を説明した。


 現代の医学では、まだすべての怪我や病気を治すことはできない。たとえ『ポーション』や『アンチドート』のような魔導具を使ったとしても、治療できる範囲には限界がある。しかし、もし伝承通りの『賢者の石』を手に入れられたなら、医療に関する諸問題を一挙に解決できることになるだろう。


「ただそれ以外にも、卑金属つまり鉄や鉛みたいなありふれた金属を、きんに変える力があるという話も伝わっているの。宝箱の中が金張りだったのは、そのことを表していたんでしょうね」


 貴重さから貨幣に使われたり、美しさから装飾品に使われたり、金には古来より高い価値がつけられてきた。しかも、近年は導電率や耐久性などから、工業製品への利用が始まっており、ますます価値が上がっていた。その点から言っても、『賢者の石』は有益なのである。


「じゃあ、描いてあった模様は?」


 マトが『石』の敷き布について尋ねると、今度シルヴィアが回答した。


「六芒星というのは上下対称の二つの三角形でできた図形、つまり対になるものを組み合わせた図形だから、完全性の象徴だとされている。そのことから、『賢者の石』を表す場合があるんだ」


「よく分かんないんですけど」


「金は金属の中でも特に腐食に強いからな。完全な生物は不老不死で、完全な物体は金だということだろう」


 王水のような特殊な液体を用いなければ、金を溶かすことはできない。金は言わば死なない金属なのである。


 しかし、マトはそのことを知らなかったようで、シルヴィアに解説されてもピンと来ない様子だった。


「お金があって長生きできるのが、完璧な人生ってことよ」


「なるほどなー」


 リリアの説は独自解釈が過ぎるが、マトにはこちらの方が受け入れやすかったようだった。


 説明が済むと、今度は実際に『賢者の石』を使うところを見せることにする。卑金属である鉄製のフライパンに、リリアは『石』を当てる。


 すると、今回も『石』が触れた箇所から全体に広がるように、鉄が徐々に金へと変化していった。隊員たちの間から、驚きやどよめきの声が漏れる。


「でも、それって本物の金なのかしら? 金メッキみたいなものってことはない?」


「計測したわけではないですが、重量が明らかに変化していますから」


「それなら間違いなさそうね」


 アルフレッドの反論に、クリスは納得したように頷く。


 けれど、このやりとりを聞いて、マトはむしろ疑問が湧いてきたようだった。


「そんなに重さ違うんでしたっけ?」


「確か鉄の2.5倍くらいあるはずよ」


 鉄の比重が約7.9なのに対して、金は19.3。これは銅(8.9)や鉛(11.3)など、他の重金属と比べてもかなり高い数字である。


 しかし、マトはそのことも知らなかったようで、クリスに解説されてもピンと来ない様子だった。


「みんな金を手に入れるために、人生を犠牲にして働いてるでしょ。金は命より重いのよ」


「なるほどなー」


「さっきからリリアは何の話をしてるんだ」


 シルヴィアはついにそうツッコミを入れた。


 重量が増加した点から、黄金化の力があることはほぼ間違いない。だが、ゲイルはまだ若干疑いを持っているようで、黒い石に目を向けていた。


「でも、『賢者の石』は赤色だと聞いたような」


「一説によると、『石』の生成には、三つの段階があると言われているんです。最初が黒で、次が白、そして最後の完成形が赤」


「発見した『石』は未完成ということ?」


「そうなのかもしれません。怪我にも使ってみたんですが効果がなかったんです」


 これも実際の様子を見せた方が分かりやすいだろう。そう考えたアルフレッドは、再びナイフで手の平を切りつける。リリアは鉄を黄金化させた時のように、『賢者の石』を傷に当てる。


 しかし、どれだけ経っても流血は止まらない。傷口はいっこうに塞がる気配がなかったのだ。


「…………」


「残念だったわね」


『リバイビングアーマー』の兜と『コンタクトミラー』の小さな鏡面のせいで分かりづらいが、落胆していたようだ。クリスはゲイルをそう慰めた。


「ただ黄金化も治癒もまだ簡単な検証しかしていませんから、もうしばらく続けてみたいと思います」


「くれぐれも事故が起きないように頼む」


「はい」


 指示するような危惧するようなシルヴィアの言葉に、アルフレッドはそう頷く。『ポーション』があるとはいえ、手の平を切ったことで心配をかけてしまったのだろう。


 ただ、二人がそんなやりとりをする間にも、リリアは一人で勝手に実験を進めていた。今度は鉄製のスキレットに『賢者の石』を使って、「おーっ」とはしゃぐ。


「……横領も起きないように頼む」


「……はい」


 上司として、または部下として、二人はそれぞれ表情をこわばらせるのだった。


 けれど、そんなこと本人は気にも留めない。『コンタクトミラー』の接続を切って、シルヴィアの監視がなくなると、リリアのはしゃぎようはいっそうのものとなっていた。


「この石ホントにすごいなー。金を作り放題じゃん」


「…………」


「これ余裕で億万長者になれちゃうかなー」


「…………」


 リリアは『賢者の石』で、鉄製品をどんどん金へと変えていく。その様子を、アルフレッドは研究者というより警察官のような目つきで見つめていた。


「アル君、そんなに睨まなくても、『石』も金も盗んだりしないって」


「本当ですか?」


「ホント、ホント。そんなリスクを冒さなくたって、大発見なんだから報奨金がたんまり出るでしょ」


「そんな理由で……」


 結局、拝金主義であることには変わりないだろう。それどころか、「リスクよりリターンが大きければ横領する気だった」と言っているようで、余計に不安にさせられてしまったくらいだった。


「リリアさん、ミダス王の話を忘れたんですか?」


「覚えてるよ。でも、これは卑金属を金にするだけじゃん」


 触れたものを黄金化する力で、娘まで金に変えてしまった、というくだりのことだと思ったらしい。リリアはこちらの頬に『賢者の石』を押しつけてきた。


「ほら、なんともないでしょ?」


「欲をかくと、痛い目に遭うかもしれないって話をしてるんですよ。どんな危険があるか分からないんですから、あまり使い過ぎない方がいいでしょう」


 たとえば、少量なら治療薬として機能するが、大量に摂取するとひどい悪酔いを引き起こす『スラー酒』のように、使用する量や期間が増えると副作用が発生する魔導具は少なくなかった。同様の事態を防ぐため、アルフレッドはリリアから『石』を取り上げる。


 そのあとで、自分の『マジックバッグ』から鍋を取り出していた。


「って、アル君も使う気なんじゃん」


「ボクのは検証です。鉄以外の卑金属も金になるのか試すだけです」


 実際、取り出した鍋は銅製のものだった。


 けれど、リリアは「えー」と不満げだった。


「まあまあ、ここは私に任せて」


「あっ」


 不意を突かれて、『賢者の石』を取り返されてしまう。思わず、「まったく……」と文句がこぼれた。


 銅製の鍋、錫製のコップ、ニッケル(を含む合金)製のフォークなど、手持ちの卑金属製品に、リリアは次々と『石』を当てていく。すると、そのどれもが金へと変化したのだった。


「卑金属を金に変える力があるのは間違いないみたいだね」


「ええ」


「で、思ったんだけど、卑金属を金にできるんだから、水を『エリクシル』にできるとかじゃない?」


「なるほど。それは十分考えられますね」


 アルフレッドは三度みたびナイフで手の平を切る。リリアはコップに水を注ぐと、『賢者の石』を浸す。予想が正しければ、これで水が『エリクシル』に、つまり万能の霊薬に変わったはずである。


 しかし、見た目には別段変化はなかった。また、飲んでみても傷口が塞がることはなかった。リリアは「ダメかー」と嘆く。


 念のため、同じことを『ポーション』でも試してみた。けれど、特に再生する速度が上がっているようには見えなかった。


「やっぱり、未完成の『賢者の石』ってことでいいかな」


「そうですね」


 もちろん、自分たちが正しい使い方を理解していないだけで、本当は治癒の力もあるという可能性は否定できない。しかし、これ以上の細かな検証は、調査局ではなく研究局の仕事だろう。


 だから、二人は自分たちの仕事をするべく、七十九番宮殿の地図を広げるのだった。


「それじゃあ、他のところを調べにいこっか」


「はい」


 今回の遺跡は非常に広く、途中で何度も分かれ道に出くわしていた。そのため、探索すべき場所はまだまだ残されていたのだ。


 初めて確認された魔導具の上、黄金化という有用な機能がある点から考えて、『賢者の石』の入手は「大発見」ということになるだろう。その上、不老不死化まで可能だとしたら、「世紀の」という枕詞までつくことになるのではないか。調査に関わった隊や班には、莫大な報奨金が出るに違いない。


 そのおかげで、リリアはすこぶる上機嫌だった。遺跡の通路を歩く足取りも、今までと違って軽やかなものに変わっていた。そのまま走り出しそうなほどである。


 しかし、現実はむしろ逆だった。


 歩くどころか立つ力さえ失ったように、リリアはよろめいていたのだ。

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