2-4 金張りの箱、六芒星の絵、そして黒い石
六人いた隊員たちも、探索する通路を分担する内に二人だけになってしまった。
リリアが前衛、アルフレッドが後衛と、再び隊列を組み直す。それから改めて遺跡の中を――七十九番宮殿の中を進んでいく。
しかし、その足はすぐに止まることになった。
進行方向から、魔物の群れが迫ってきたからである。
相手の正体は、ビッグアントラー。小回りの利く体格と、それに反比例するような巨大な枝角を持つ、ヘラジカの魔物である。
アルフレッドはクロスボウの魔導具、『アングラー』を構える。
矢じりについた鎖と
リリアは棍の魔導具、『
伸縮自在の棍を、遠距離の敵に対しては伸ばし、反対に近距離の敵に対しては縮める。そうやって、どんな間合いの相手にも柔軟に対応していた。
だから、他の班と同様に、リリア班も二人だけで苦もなく魔物を倒すことができたのだった。
部屋を調べる時もそうだった。中で待ち構えていた毒蛇や大ムカデなどを、アルフレッドたちは次々と撃破していく。
ただ事前調査の通り、遺跡の規模は非常に大きかったようだ。いくら進行が順調でも、すぐに調査完了とはいかなかった。夜になると、二人は今度は野営の準備を始める。
「――という感じで、こっちは問題ありません」
そうリリアが話しかける相手は、折り畳み式の手鏡だった。
ただし、その鏡面は二分割されており、一方にはシルヴィアが、もう一方にはクリスの顔が映っていた。離れた相手と会話できる魔導具、『コンタクトミラー』を使って、今日の活動について報告し合っていたのだ。
他の班も、進行は順調のようだった。罠に引っかかったり魔物に負傷させられたりといったトラブルは、特に起きていないそうである。
そうして班長たちが遠隔で会議をしている間、アルフレッドは料理の準備を行っていた。
今日の夕食は、スープを作るつもりだった。ナイフで食材を切ると、それを鉄製の鍋に入れていく。ニンジン、タマネギ、ブロッコリー、ビッグアントラーの肉……
手持ちの食材を節約するために、道中で倒した魔物を食べるのは珍しいことではない。にもかかわらず、リリアは眉を
「アル君、レバー使う気なの?」
「はい」
「えー、なんで? 嫌いじゃなかった?」
「遺跡から出られなくなった時のことを考えると、苦手な食べ物は減らしておいた方がいいかと思いまして」
「クソ真面目だなぁ」
班長会議は終わったものの、『コンタクトミラー』は繋いだままにしてあったようだ。他の隊員たちも、アルフレッドの考えに反応していた。
「確かに、また無限迷宮みたいなことが起きないとは限らないからな」
シルヴィアは、以前二人が脱出に苦戦した遺跡のことを引き合いに出す。
「慣れたら旨いぞ。内臓も虫も」
マトは先日の〝竜の巣〟での食事会で、昆虫食を馬鹿にされたことを根に持っているようだった。
しかし、それでもリリアはレバーを食べる気になれなかったらしい。他の隊員からも意見を聞こうとする。
「ゲイルはどう思う?」
「アル君の言うことも一理ある」
自分も使う気になったということだろう。同じく料理中だったゲイルは、『コンタクトミラー』に内臓肉を映してきた。
この前の食事会で苦手だと言っていたから、ゲイルをあてにしていたらしい。リリアは慌てて別の反対票を集めようとする。
「クリスさんは……内臓系平気でしたね」
「そうねぇ」
食事会の時はパスタサラダを食べていた。ただ、レバーソーセージやキドニーパイを注文する日もあった。
「でも、無理して食べることはないんじゃないかしら。非常食なら、『万能芋』で大体済むと思うわよ」
「ですよね!」
「残すようなことになったら意味ないんだし、少し入れる程度にしておいたら?」
「ほら、副隊長殿もこうおっしゃってるんだから」
クリスの穏当な反論を笠に着て、リリアが調子づく。「はぁ……」と、アルフレッドは引き下がるしかなかった。レバーを減らして、代わりに肩肉を足す。
具材以外には、特に意見が割れるようなことはなかったため、ほどなくしてスープは完成した。
示し合わせたわけではないものの、話の流れからだろう。一口目には全員がレバーを選んだ。その結果――
「うっ」
三人は揃ってうめくような声を漏らすことになったのだった。
「…………」アルフレッドは不満ごと肉を飲み込もうとする。
「まずい……」思わずという風に、ゲイルは正直な感想を呟く。
「子供の頃を思い出すなぁ」リリアは苦笑いを浮かべていた。
異口同音に好き嫌いがあることを宣言したからだろう。クリスには「みんな、まだまだ子供ね」と笑われてしまった。
◇◇◇
翌朝になると、アルフレッドとリリアは調査を再開する。
先へ先へ進んでも、内部の構造は今までとまったく変わらなかった。広い通路と無数の部屋。そして、その中に潜む魔物……
一方、アルフレッドたちの対応も今までと変わらなかった。『アングラー』と『神珍鐵』を使って、たった二人で魔物たちを返り討ちにしていたのだ。
また、これまでと同様に、アルフレッドたちは今日も分かれ道に出くわした。しかし、安全面を考慮して、隊員は二人組以上で行動することが原則になっているため、もう班を分散させることはできない。そこで一方の道は後回しにして、まずはもう一方の道を調べることにする。
夜になったら、探索を中断して野営を行った。『火吹石』で魔物の肉を焼いて夕食を作る。リリアに断固反対されたので、レバーは使わなかったが。
加えて、『コンタクトミラー』を使って、他の班と魔物や地図などの情報を共有した。幸いなことに、シルヴィア班もクリス班も、目立った問題には遭遇していないようだ。
数日の間、そんな風に魔物を倒したり、分かれ道を選んだりしながら、アルフレッドとリリアは宮殿の調査を進めていった。
その結果、ようやく通路の一つを調べ尽くすことができたらしい。二人は行き止まりに突き当たった。
いや、正確には、扉に突き当たったのだった。
「この部屋で最後っぽいね」
「ですね」
念のため、二人は中の床や壁を調べてみる。しかし、隠し部屋や隠し通路を見つけることはできなかった。
「じゃあ、ちゃちゃっと終わらせちゃいますか」
「はい、お願いします」
そう言うと、アルフレッドは周囲の警戒を始める。それを受けて、リリアは得意の解錠作業に意識を集中する。
今回の部屋には、宝箱が置かれていたのだ。
自己回復力を活性化させて、怪我が一瞬で治るようにする薬、『ポーション』。
ベッドのそばに飾っておくと、悪夢を見なくて済むようになるお守り、『ドリームキャッチャー』。
中で酒を熟成させても、蒸発による量の減少が起きない樽、『天使の酒樽』。
触れていると、ストレスや不安が軽減される毛布、『安心毛布』……
いくつか中身を確認すると、リリアは感想を漏らしていた。
「やっぱり、こんなもんかー」
たとえば、『ポーション』は外傷の治療に、『安心毛布』は精神病の治療に使える。ただ有益ではあるものの、貴重な魔導具とまでは言えない。報奨金目当てのリリア的にははずれということになるだろう。
実はこれまでに調べた部屋からも、すでに宝箱はいくつか発見されていた。けれど、中身は似たり寄ったりで、有益だが平凡な魔導具ばかりだった。それでも、侵入者がたどり着きづらい奥の部屋ほど、重要な魔導具を置かれていることが多いため、リリアは期待せずにはいられなかったようだ。
しかし、落胆していても、鍵開けの速度はまったく落ちた様子がなかった。リリアは次々に解錠を成功させていき、とうとう最後の宝箱の
その瞬間、
金貨や金細工が入っていたわけではない。金色の魔導具が入っていたというわけでもない。
宝箱の内側が、金張りになっていたのだ。
そして、そんな絢爛な箱の中に保管されていたのは――
「……石?」
見慣れない黒色の物体に、リリアは首を傾げていた。
手でつまみ上げて、詳しく石を観察する。それでも正体が判然としなかったようで、今度はこちらに見せてくる。
「どう?」
「ちょっと分からないですね」
過去に読んだ論文や報告書を思い出して、石と比較してみたが、アルフレッドにも見当はつかなかった。
「魔導具じゃないのかな? でも、ただの宝石って感じでもないよね?」
ブラックダイヤモンドやブラックスピネルなど、黒色の宝石はいくつか存在している。けれど、今回発見したものは、宝石というには形が
このまま石自体の観察を続けても、これ以上のことは分かりそうにない。そこでアルフレッドは宝箱の方に目を向けることにする。
箱の中は、ただ金張りになっているというだけではなかった。石があった場所の下に、絵入りの布が敷かれていたのだ。それも、上下対称の三角形を組み合わせた絵である。
「リリアさん、これを見てください」
「六芒星?」
「ええ、そうです」
金張り、黒い石、六芒星…… 一つ一つの時は不明瞭だったが、三つ揃ったことで正体が分かりかけてきた。
「もしかしたら、その石は『賢者の石』かもしれません」
連想が働かなかっただけで、やはり名前自体は知っていたらしい。アルフレッドの予想を聞いて、リリアは目を丸くしていた。
「『賢者の石』って
「はい」
返答を聞くや否や、リリアは『マジックバッグ』から鍋を取り出す。魔導具でもなんでもない、ごく普通の鉄製のものである。
その鉄の鍋に、『賢者の石』と
すると、その瞬間のことだった。
「おおーっ」
リリアは驚きとも喜びともつかない声を上げていた。
『賢者の石』で触れた箇所が、金色に輝き始めたからである。鉄が黄金に変わったからである。
さらに『石』を当て続ける内に、その現象はどんどん周囲にも広がっていった。布に染料がしみわたっていくように、黒い鍋が徐々に金色に変化していったのだ。
だから、最終的に鉄の鍋は、完全に純金製のものへと変貌を遂げたのだった。
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