2-3 本当の全員参加の任務

 遺跡でも迷宮でもなく、宮殿と名づけられたのも頷ける。いや、むしろ数字を割り振っただけの簡素な名称では不釣り合いとさえ思えてくる。


 それほど今回調査する〝七十九番宮殿〟は、デザインが洗練され、色使いが華やかで、そして何より規模が大きなものだった。


 それは外観に限ったことではなく、内部についても同じだった。壁には蝋燭ろうそく型、天井にはシャンデリア型の魔導具が備えつけられていて、屋外よりも明るいくらいである。


 また通路には、幾何学的かつ芸術的な模様を描くように、さまざまな色合いのタイルが敷かれていた。言い換えれば、そんな複雑なモザイク画のキャンバスにできるほど、通路の幅は広かったのだ。


 そのため、宮殿の探索は、縦二列の隊列を組んで行うことになった。


 前衛は罠を発見する観察力と魔物に対処する戦闘力が求められる、最も重要なポジションである。よって、隊長のシルヴィアとマトの班が務めることになった。


 後衛は前進しつつ背後の確認もして、魔物の後方からの襲撃バックアタックに備える注意力が必要になる。そのため、副隊長のクリスとゲイルの班に任せられることになった。


 中衛は相対的に安全なので、地図の作成などの補助的な作業を兼任する場合が多い。まだ経験の浅いアルフレッドがいることから、この役割はリリア班が担当することになった。


 その上、その地図作成マッピングですら、今日は苦労するようなものではなかった。というのも、七十九番宮殿は広いだけで、構造自体は単純だったからである。


 通路は迷う要素のまったくない、真っ直ぐな一本道だった。さらに壁に並ぶ扉の先も、分かれ道ではなく部屋に繋がっていた。


 そして、その部屋の中には宝箱――ではなく、魔物が潜んでいたのだった。


 上顎から飛び出た二本の牙と、細く引き締まった筋肉質な体。猫系の魔物のサーベルクーガーである。


 それも一頭や二頭ではない。十頭近くからなる巨大な群れだった。


 財宝狙いの侵入者を排除するために、遺跡のあるじが仕込んだものだったのだろう。第十一部隊が部屋に入るや否や、サーベルクーガーたちは襲いかかってくる。


 先頭に立つシルヴィアが、真っ先に反応して武器を構えた。


 彼女が手にしていたのは、一挺の回転式拳銃リボルバーだった。『ファイアリーフレンド』と呼ばれる魔導具である。


 両手で銃把をしかと握って、正確に敵の頭を撃ち抜く。しかも、それだけでなく、無駄な動作を省いて、素早く次に照準を合わせる。


 だが、相手の動きも負けず劣らず素早かった。


 銃弾が飛来する中でも、サーベルクーガーたちは決して走るのをやめようとしない。シルヴィアが群れを倒し切る前に、残党が一行の下へと迫ってきてしまう。


 そのため、今度はマトが臨戦態勢に入った。


 武器はナイフの魔導具、『ザ・ナイフ』。それを左右の手に持つ二刀流が、彼女の戦闘スタイルだった。


 サーベルクーガーが近寄ってきたのを、むしろチャンスくらいにしか思っていなかったらしい。こちらを喰い破らんとする相手の喉笛を、逆に『ザ・ナイフ』と抜群の身体能力で次々とき切っていく。


 結局、遭遇からわずかな時間の内に、二人はサーベルクーガーの群れを返り討ちにしたのだった。


「六人もいると、私たちやることないね」


 隣のリリアがそう声を掛けてくる。


 部屋の中に入るのは――魔物と戦闘になるのは、これが初めてというわけではなかった。その前にも、蜘蛛やワニなどの魔物を、シルヴィア班の二人だけで退けていたのである。


「いつもこうだったら、楽だし稼げるしでコアトルズの仕事も悪くないんだけどなー」


 遺跡の調査は、ちょっとしたミスが命の危険を招くこともあるというのに、思いきり油断してしまっている。それにコアトルズの理念に反するような、拝金主義者染みた考え方も気になる。


 通称とはいえ、ちょうど宮殿、つまり王の居所きょしょにいたこともあり、アルフレッドはとある人物の名前を挙げるのだった。


「リリアさん、ミダス王って知ってますか?」


「あー、はいはい」


 知っているから、何を言いたいかも伝わったようだ。リリアは投げやりな返事をする。


 一方、マトはポカンとした表情をしていた。


「? 誰だよ?」


「神話の登場人物ですよ。酒の神ディオニュソスに、養父をもてなしたお礼に何か欲しいものはないかと聞かれて、触れたものをきんに変える力を手に入れたんです」


「へー、便利でよさそうじゃん」


 マトは無邪気に羨ましがる。ゲイルも顛末を知らなかったようで、彼女に賛同するように頷いていた。


「ミダス王も最初はそう思っていたようですが、触れたものすべてを金に変えることの問題点にすぐに気づくことになりました」


「なんだろう? うっかり自分まで金に変えちゃったとか?」


「近いですね。最愛の娘を金に変えてしまったとか、食べ物まで金に変わって飢えに苦しんだとか言われているんです」


 アルフレッドがそこまで説明すると、リリアが続きを引き取った。この話の教訓を語ったのである。


「つまり、他人に何かお願いする時はよく考えてしないとダメってことよ」


「そうじゃないだろ」


 思わずという調子で、シルヴィアはそう口を挟むのだった。


 そんな風に雑談をしながらも、隊員たちは部屋の壁や床、天井を調べていた。隠し部屋や隠し通路の類がないかを確認するためである。


 それでも何も見つからないと、ようやく部屋をあとにする。前・中・後衛に分かれて、再び通路を慎重に進んでいく。


 しかし、ほどなくして隊員たちの足は止まってしまった。


「げっ」


「変なこと言うからですよ」


 リリアが「六人いると楽だ」と口にしたそばから、今回の調査で初めての分かれ道に出くわしたのだった。


「どうする、シルヴィー? 全員で行く? それとも三人ずつに分かれる?」


「…………」


 最優先されるべきなのは、もちろん隊員たちの命である。だが、上からは仕事の効率化を、つまり調査期間の短縮を求められている。安全性を重視し過ぎて調査が遅れれば、勤務評定を下げられてしまうだろう。そうなると昇進や昇給が遠ざかって、かえって隊員たちの迷惑になるかもしれない。幸いなことに、今回は対処に苦戦するほどの罠や魔物はまだ発見されていなかった。……というような葛藤があったのだろう。


「いや、この先まだ分かれ道があるだろうから、二人と四人で分けよう」


 クリスの提案に対して、シルヴィアはしばしの思案の末に、そう判断を下したのだった。


「ここは私とマトが行くから、そっちの指揮は頼んだぞ」


「分かったわ」


 こうしてシルヴィア班は左の道を、クリス班とリリア班の合同チームは右の道を、それぞれ行くことになったのだった。



          ◇◇◇



 隊員の数が減ったため、一行は隊列を組み直す必要があった。


 後衛だったクリスとゲイルは、最も重要度の高い前衛へ。代わりに中衛だったアルフレッドとリリアは、相対的に危険な後衛へと移る。


 ただし、中衛の代役はいないので、アルフレッドたちは引き続きその仕事も続けなくてはならなかった。つまり、魔物の背面攻撃バックアタックを警戒しつつ、これまで通りに地図作成マッピングもする必要があったのだ。


 もっとも、調査部隊の最小単位である一班二人組で行動する場合は、それらの仕事を後衛一人だけで行わなくてはならない。リリアと仕事を分担できることを考えれば、今回はまだ負担は軽い方だった。


 前衛を務めるクリスたちもそれは同じだろう。罠の有無を二人がかりで確認できるので、いつもより仕事が楽になっているはずである。


 また、魔物の襲撃についても、二人がかりで対処することができた。


 通路の先から迫ってくる相手に対し、クリスは手にしていた魔導具を向ける。


『魔女の傘』は名前の通り傘の形をしているが、今はあたかも魔法の杖のように見えた。先端の石突から、火球が飛び出したためである。


 燃え盛る炎の塊が、魔物の体を直撃する。床を叩く蹄の音が消えて、代わりに毛皮が焼ける音がし始める。


 しかし、相手はバーサクバイソンの群れだった。


 この魔物は普通のバイソンより巨体というだけでなく、全身が分厚い脂肪の層に覆われている。そのため、炎によるダメージが軽減されたようで、一頭だけだが生き残ってしまったのだ。


 そこで、今度は全身鎧で身を固めたゲイルの出番になった。


 日頃から身にまとっているそれは魔導具だった。一般的な鎧よりずっと硬く重い『リバイビングアーマー』で、バーサクバイソンの激しい突進を真正面から受け止める。


 それどころか、ゲイルはそのまま相手を締め上げて、窒息死までさせていた。


 結局、今回もアルフレッドたちが何かするまでもなく、バーサクバイソンとの戦闘は終わってしまったのだった。


「四人もいれば十分かー」


 リリアは笑顔でそんな感想を漏らす。相変わらず、「いつもこれくらい楽に稼げる仕事ならいいのに」というようなことを考えているのだろう。


「何があるか分からないんだから、油断しちゃダメよ」


「うちの隊はみんな頼もしいなーって話ですよ」


「調子のいいこと言っちゃって」


 リリアのおべっかに、注意していたはずのクリスも笑ってしまっていた。


 このやりとりを聞いて、先程も同じような会話をしたことを思い出したらしい。ゲイルが質問してきた。


「……そういえば、ミダス王の話の結末は?」


「それでは、原形とされる食べ物まで金に変えてしまったパターンの続きから。空腹に苦しめられたことで、ミダス王は自分の欲深さを反省します。すると、ディオニュソスから川の水で手を洗うように言われたので、その通りにしてみると、ようやく力を捨て去ることができたのでした」


 この時、触れたものを金に変える力はミダス王から川へと移った。以来、その川からは多くの砂金が採れるようになった……とも伝えられている。


「また、娘を金に変えてしまったパターンもほぼ同様で、手と一緒に娘を洗うことで、元通りに戻せたとされています」


「そう……」


 言葉少なな上、兜のせいで顔が見えない。だが、ゲイルはどうやら安堵しているらしかった。


「そして、そのあとは、有名な『王様の耳はロバの耳』のエピソードに繋がるわけですね」


 ゲイルはこのことも知らなかったようだ。


「そうだったの?」


「ええ、自分の強欲さを反省したミダス王は、田舎で素朴な生活を送るようになり、また牧畜の神パンのことを信仰するようになりました。しかし、パンの演奏の方が、芸術の神アポロンよりも優れていると言い張ったことで、アポロンの怒りを買って、耳をロバに変えられてしまったんです」


 それからミダス王は、ターバンを使ってロバ耳を隠して生活するようになったが、髪を切らせる都合上、理髪師にだけは耳を見せるしかなかった。王に固く口止めされたものの、理髪師はどうしてもこの秘密を話したくなり、穴を掘って「王様の耳はロバの耳」と叫ぶことにした。


 すると不思議なことに、穴を埋めたあとの地面から葦が生えてきて、風に揺れるたびに「王様の耳はロバの耳」と繰り返すようになった。そのせいで、ミダス王の秘密は国中に知られることになってしまったのだった。


 この話の結末にも、いくつかパターンがある。ミダス王が謝罪したことに免じて、アポロンは耳を元に戻してやったとか。秘密がばれた恥ずかしさに耐えきれず、王は毒をあおって自殺してしまったとか……


「でもさぁ、かねに目が眩んでもダメ、質素に暮らしてもダメって、結局何が言いたい話なの?」


「そ、それは……」


 黄金化の力の話は「強欲は身を滅ぼす」、ロバの耳の話は「嘘をつき通すことはできない」と、それぞれのエピソードを別のものとして捉えていたので、リリアの言うようなことは考えもしなかった。アルフレッドは返答に窮してしまう。


 そのせいで、リリアが先に口を開くことになった。


「げっ」


 通路を進んでいく内に、一行は再び分かれ道に出くわしたのである。


「それじゃあ、予定通りクリス班とリリア班で分かれましょうか」


「……了解」


 シルヴィアたちが離脱する前に、今後また分かれ道に出た場合にどうするかは話し合っていた。だから、クリスの指示に、リリアは一見素直に従う。


 けれど、本心は違ったようだ。クリスたちがいなくなると、溜息をつき始めたのである。


「はぁ、面倒くさいなぁ……」


「そう言わないでください」


「やっと二人っきりになれたね」


「そういうのもいいです」


 愚痴られるのも困るが、からかわれるのも困る。アルフレッドは呆れ顔をするばかりだった。

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