2-2 全員参加の任務
あたりが夜の闇に包まれだした頃のことである。
〝竜の巣〟と名付けられた場所に集まった、第十一部隊の隊員たちは――
「乾杯!」
と、それぞれのグラスを掲げたのだった。
〝竜の巣〟というのは、レストランの店名だった。
大衆的というわけではないが、さりとて高級志向とまではいかず、価格や雰囲気がほどよい。また、調査局の庁舎の近くという好立地にある。そのため、隊員たちの行きつけになっていた。
「アル君たちも、早く飲める年になればいいのにねー」
ビアグラスを下ろすと、リリアはそんな感想を口にする。ノヴスオルド合衆国での飲酒可能年齢は18歳以上のため、アルフレッドはオレンジジュースを注文していたのだ。
またゲイルも、口元だけ出るように、兜を上にずらしてジュースを飲んでいた。
「……そんなに美味しい?」
「美味しいよ」
その言葉を証明するように、リリアはピッチャーを使って二杯目の用意を始める。内容物の温度変化を0に抑える『エースピッチャー』から、キンキンに冷えたままのビールが注がれていく。
しかし、自分がおかわりするためではなかったらしい。
「飲んでみる?」
リリアは二杯目をゲイルに差し出す。もっとも、すぐにシルヴィアが「やめろ」と止めに入ったが。
「隠れて飲んだこととかないの?」
結局自分で二杯目を飲みながらリリアが尋ねる。これにゲイルは無言で首を振った。
「アル君は?」
「前に酔った姉に言われて、ワインを舐めたことがありますけど、苦くて無理でしたね」
濃厚なブドウジュースのようなものだと勘違いしていたから、あの時はとても驚いた。姉に大笑いされてしまったくらいである。
「……苦いのは苦手」
「ゲイルはコーヒーよりも紅茶派だものね」
クリスがそんな相槌を打った。デスクワーク中などに、よく飲んでいるのを指して言っているのだろう。
「ボクも紅茶の方が好きですね。牛乳が一番ですけど」
もっと言えば、アルフレッドは牛乳に限らず、チーズやヨーグルトなどの乳製品全般が好きだった。今日頼んだメニューも、パイグラタンというほどだった。
「アル君、カルシウム摂ったって背は伸びないよ」
「分かってますよ」
からかうような態度のリリアに、アルフレッドはあくまでも冷静に対応する。
「身長を伸ばすには、カルシウムだけでなく、タンパク質やビタミン、マグネシウムなども摂る必要があります。他に適度な運動や睡眠も重要ですね」
「詳しいね」
間違いを訂正されたはずなのに、リリアは何故か恥ずかしがらない。それどころか、ますますからかうような呆れるような口調になっていた。
「マトもあまり飲まないよな」
「酒でお腹いっぱいにしちゃうのは、もったいないじゃないですか」
シルヴィアにそう答えながら、マトは実際にステーキをどんどん口に運んでいく。
しかし、そんな彼女の前には、他にもミートボールだのムニエルだのが並んでいた。それどころか、自動配膳台車の『キッチンキャット』が、次の料理まで運んできていた。元がこれほどの健啖家なら、酒で食べられる量が減ったところで大した影響はないのではないだろうか。
「みんなお子ちゃまだなー」
若干とはいえ年上のはずのマトまで小馬鹿にしつつ、リリアは再びビールに口をつける。
が、最年長のクリスからすれば、どんぐりの背比べのようなものだったらしい。
「リリアだって
「別に食べようと思えば食べれますよ。昔はもったいないからって、血だって食べてましたもん」
どうやら痛いところを突かれたらしい。リリアはそう言い訳したあと、誤魔化すようにこちらに話を振ってきた。
「二人は?」
ゲイルは今回も無言で首を振った。アルフレッドも、「ボクも内臓は臭みがあってダメですね」と続いた。
これを聞いて、マトは次にレバーソーセージを
「旨いと思うけどなぁ」
「自分で頼めよ。大食いなんだから」
本来の注文者であるシルヴィアは眉間にしわを寄せていた。
「まあまあ、シェアするのも楽しいじゃない」
「クリスも甘やかすなよ」
自身のパスタサラダをマトの皿に分けるのを見て、シルヴィアはさらに眉間のしわを深くするのだった。
横取りしたレバーソーセージともらったパスタサラダを、マトは「旨い旨い」と食べ進めていく。その様子を目にして、アルフレッドは思い出すことがあった。
これまでにも仕事中や仕事帰りに、マトとは何度も一緒に食事をしたことがある。だが、彼女が文句を言うところは一度も見たことがなかった。
「マトさんは嫌いな食べ物はないんですか?」
「私はなんでも食べるぞ。魚でも野菜でも虫でも」
「虫……は意外と栄養豊富らしいですね」
タンパク質を中心に、ビタミンやミネラル、良質な脂肪などが含まれていると聞いたことがある。肉や魚の不足を補うために、国によっては常食する文化も存在するそうである。だから、自分のこの感情はただの偏見であって――
「アル君、キモイってはっきり言いなよ」
「いえ、そんなつもりは……」
一瞬言いよどんだのを見逃してくれなかったらしい。遠慮も配慮もないリリアの言葉に、アルフレッドはしどろもどろになってしまう。
その態度を肯定だとマトは捉えたようだった。
「なんだよ、二人して馬鹿にして。蛾の幼虫とかエビみたいで旨いのに」
「エビ……」
ゲイルは固まってしまう。ちょうどシーフードのグリルを食べていたところだったのである。
どうも昆虫食の話は、自分たちには向いていないようだ。アルフレッドはそれとなく話題を変えることにする。
「シルヴィアさんも嫌いな食べ物なさそうですよね」
「そうだね。強いて言うなら脂身かな」
マトがガツガツとステーキを食べるのを、シルヴィアは信じられないという目つきで見る。
ただクリスに言わせれば、それは単に自分の嫌いなものを食べていたからというだけではないようだ。
「シルヴィーは偏食じゃないけど少食よね」
「なんでお前は
パスタサラダを勝手に皿に盛られて、シルヴィアは
それからも、「ステーキの味つけは何がいいか」とか、「挽くと塩が出てくる『海の底の臼』という魔導具がある」とか、話題は次々に移り変わっていった。
しかし、会話が途切れることは一度もなかった。
こうして、第十一部隊の夜は更けていったのだった。
◇◇◇
この日、アルフレッドは始業前から事務室の机に向かっていた。
遺跡の内部はどんな構造になっていたのか。罠はどんなものが仕掛けられていたのか。魔導具はどんな種類のものを発見したのか…… 前回行った調査について、早出して報告書を書いていたのである。
また、それは隣の席のリリアも同じだった。二人は並んで、羽根ペンを使って文章を綴っていく。
しかし、その内に彼女の手は止まってしまった。
「うーん……」
「どうかしました?」
リリアの書く報告書は、良くも悪くも要点がかなり絞られているため、いつも提出するまでが早かった。だから、必要な情報まで削って再提出を命じられることはあっても、書いている途中で詰まってしまうのは珍しいことだったのだ。
「やっぱり、私も宝くじ買おうかなって」
予想外の返答に、アルフレッドは自分の耳を疑っていた。
宝くじは分の悪いギャンブル。買わない方がいい。リリアはそう主張していた張本人だったからである。
「あれだけ腐しておいてですか?」
「だって、レアな魔導具見つけるのも、宝くじ当てるのも、大して変わらない気がしてきて」
どうやら前回の調査を振り返る内に、貴重な魔導具を発見できなかった――報奨金が手に入らなかった落胆まで思い出してしまったようだ。
「コアトルズの理念は社会に貢献することで云々」と反論しても、リリアに対して効果があるかどうか怪しいだろう。そこでアルフレッドは、別のやり方を試してみることにする。
「魔導具の捜索はまだ努力の余地があるじゃないですか」
調査をすぐに終わらせれば、その分だけ早く次の調査に着手できる。調査の実績を積めば、重要だと思われる遺跡の調査を任されやすくなる。貴重な魔導具を発見できるかどうかは、運だけで決まるものではないのだ。
けれど、この説得も効果は薄かった。
「だから、頑張りたくないんだって」
リリアはそう不満げにするばかりだったのである。
そんな風に二人が話をしている内に、クリスやゲイル、マトら他の隊員たちも続々と出勤してくる。それぞれと、「おはよう」「おはようございます」と挨拶を交わす。
ただし、隊長のシルヴィアだけは違った。
彼女はもうすでに執務室の方で仕事をこなしていた。だから、アルフレッドたちの前に現れるのも、出勤ではなく始業のタイミングになった。
「集合だ」
事務室に入ってきたシルヴィアは、そう一言命じるだけだった。リリア班ともクリス班とも指定しない。
「全員ですか?」
「ああ」
アルフレッドの確認に、シルヴィアははっきりと頷く。
「事前調査によると、今回の〝七十九番宮殿〟はかなり大規模な遺跡らしい。だから、第十一部隊全員で調査を行う」
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