第二章 愚者の石

2-1 第十一部隊の面々

 金髪の小柄な少年と黒髪の細身の女が、薄暗い通路を歩いていた。


 中央地区東部の、小さな村でのことである。新しく井戸を作るために、地面を深くまで掘り返した。すると偶然にも、未発見の遺跡に突き当たったのだという。


 こういう事例自体は決して珍しいものではなく、似たような報告がこれまでに何度もされている。しかし、だからといって、中にある遺物までそうだとは限らない。事実、過去には貴重な魔導具が見つかったケースもある。


 そこで第十一部隊第三班に――アルフレッドとリリアに、調査の命令が下ったのだった。


 例によって、二人は縦に隊列を組んで遺跡の中を進んでいく。前衛のリリアは落とし穴などの罠がないかを確かめ、後衛のアルフレッドは道に迷わないように地図作成マッピングを行う。


 さほど広い遺跡ではなかったのだろう。迷路状の通路を三日ほど探索した結果、二人は最奥の部屋にたどり着く。


 扉を開けた瞬間、リリアは驚いたような喜んだような声を上げた。


「わっ、すっごい量」


 部屋の中には、箱がいくつも置かれていた。


 それだけでも価値のありそうな、きらびやかな外観。古代人の財産である金貨や宝飾品、あるいは魔導具などが収められた、いわゆる宝箱に違いない。


 ただし、すぐにふたを開けて中身を確認するというわけにはいかなかった。宝箱にはどれも鍵が掛けられていたからである。


 早速解錠を始めようと考えたのだろう。リリアはピックと呼ばれる、先端が歪曲した金属製の棒を手にする。


 簡単に言えば、このピックで鍵の形を再現して、鍵なしで錠を開けるということである。もっとも、簡単なのは説明だけで、実行するとなると相当の技術を要するが。


「手伝いますか?」


「ううん、平気。それよりも見張りをお願い」


 鍵開けの得意なリリアが宝箱の解錠を行い、その間アルフレッドは魔物の急襲がないか周囲を警戒しておく……というのが二人の普段の役割分担だった。今回は宝箱の数が多かったものの、分担を変える気はないようだ。


 実際、このリリアの指示は正しかったのだろう。アルフレッドが下手に手伝うよりも、彼女に作業に集中してもらった方がよほど早かった。あっという間に宝箱を開けてしまう。


 一つ目の魔導具は、口紐のついた布製の袋だった。


「『マジックバッグ』……かな」


 遺跡でかばんや袋状のものを見つけたら、デザインや素材にかかわらず、まず『マジックバッグ』を疑うというのが調査隊員のセオリーだった。それくらい発見例の多い、ポピュラーな魔導具なのである。


 リリアから布袋ぬのぶくろを受け取ると、アルフレッドは検証を始める。自身の『マジックバッグ』から取り出した鉄製の鍋を、袋に移し替えようとする。


「そうみたいですね」


 袋のサイズよりも明らかに大きな鍋を中に入れることができた。『マジックバッグ』と見て間違いない。


 一口に『マジックバッグ』といっても、収納容積の大小や時間停止機能の有無など、性能にはそれぞれ違いがある。だが、安全であるという点についてはほぼ共通しているので、詳細の確認は後回しにしても問題ないだろう。


 リリアもそう考えたようで、早くも次の宝箱の開錠に取りかかっていた。


 二つ目の魔導具は、フレームどころかレンズまで白い眼鏡だった。


「これはあれだ。暗いところでもよく見えるってやつだ」


「『ムーングラス』ですね」


 今度も検証のため、アルフレッドは実際に眼鏡をかけてみる。


 すると、裸眼では薄暗くてぼんやりしていた部屋の隅が、はっきりと見えるようになった。やはり自分たちの予想した通りだったようだ。


 三つ目の魔導具は、円筒状のものだった。筒の上端には取っ手が、下端には円形の刃物がついている。


「これは……なんだっけ? 武器?」


「おそらく『ブロメラインカッター』でしょう」


「もしかして珍しい?」


「そうですね。まだ少数しか見つかっていなかったはずです」


 研究局の論文を読んだことがあるだけで、アルフレッドも実物を目にするのはこれが初めてだった。


「どんな魔導具なの?」


「これでパイナップルを切ると、食べ過ぎても口の中が痛くならない……というものです」


「ガラクタじゃんか」


 期待はずれの返答に、リリアは口を尖らせていた。


 しかし、だからこそ余計に、「今度は有益な魔導具を引き当てたい」という気持ちになったのかもしれない。彼女は驚くほどの速さで解錠を進めていった。


 蚊や蝿だけを通さない障壁を張ることができる装置、『モスキートシールド』。


 飲むとしばらくの間、無呼吸で活動できるようになる炭酸飲料、『サルミンコーラ』。


 果物を入れておくと、酸味が甘味に変化するかご、『狐のバスケット』。


 非常に美味しい代わりに、非常に口の中が痛くなりやすい果物、『ペインフルパイナップル』……


 すべての宝箱を開け終えると、リリアはますますねたような落胆したような顔つきになるのだった。


「役に立たないものばっかりだなぁ」


「『マジックバッグ』も『モスキートシールド』も有益な魔導具だと思いますが」


『マジックバッグ』を使えば、一度に大量のものを輸送できるようになる。『モスキートシールド』を使えば、虫が媒介する病気を予防できるようになる。すでに社会で活用されているような、ありふれた魔導具かもしれないが、決して役立たずなどではないだろう。


「何言ってるの、アル君。レアもの見つけないと報奨金出ないでしょ」


「リリアさんの役に立たないって意味ですか……」


〝特定の個人ではなく、全体の奉仕者であるべき〟というのが公職のあり方のはずだが、リリアは自身に奉仕することが最優先らしい。アルフレッドは二の句が継げなくなってしまっていた。



          ◇◇◇



 夕方、もう終業を迎えるような時間帯のことである。


 アルフレッドとリリアは遺跡の調査を完了して、ようやく中央調査部の庁舎に戻ってきたのだった。


 魔導具の鑑定は概ね現場で済ませてあった。既知のものばかりで、安全上の問題はなさそうだということも確認済みだった。


 だから、今すぐ再鑑定や再検証を求められることはないだろう。魔導具の提出と簡単な報告だけ済ませたら、今日はもう帰宅できるはずである。疲労困憊だったものの、二人の足取りは重いものではなかった。


 相手もちょうど同じような状況だったらしい。第十一部隊の事務室に向かう途中、アルフレッドたちは同僚と偶然出くわすことになった。


「あら今帰り? お疲れさま」


 そう労いの声を掛けてきたのは、口紅ルージュ眼影アイシャドウなどでばっちり化粧をしただった。は副隊長のクリスである。


「お疲れ」


 巨大な全身鎧がそう続いた。兜も顔の隠れるような大きなものだが、だからこそ中身がゲイルだとすぐに分かる。


「お二人は?」


 兜で見えないゲイルはともかく、クリスの方は表情に疲れが滲んでいた。しかし、アルフレッドの記憶のかぎりでは、クリス班には遺跡調査の仕事は入っていなかったはずである。


「訓練ですか?」


「ええ」


 遺跡内での魔物との遭遇を想定して、調査部の庁舎には肉体や戦闘術を鍛えるための訓練場が併設されている。二人は事務室でデスクワークをしたあと、訓練場でトレーニングを行い、そうして今からまた事務室に戻って退勤の手続きをするところだったようだ。


 けれど、そんなクリスの返答を聞いても、リリアは納得していなかった。


「……なんか私たちより疲れてません?」


「もう一回、もう一回って、ゲイルがはりきっちゃって」


「このところ調査に出てないから」


 ゲイルの言葉に、「立派な心掛けだ」「自分も見習わないと」とアルフレッドは感心を覚える。だが、リリアは「よくやるなぁ」と言わんばかりの表情を浮かべていた。


 クリスの感想も後者に近かったようだ。ますます愚痴っぽいことを言い始める。


「おかげで、付き合わされるこっちは大変だったわ」


「クリスさんだって体力あるじゃないですか」


 確かに二人の班は、前衛のゲイルと後衛のクリスという組み合わせが基本ではある。しかし、前衛もこなせるくらい彼女の身体能力は高かった。それは体力についても同様のはずだが……


「体力はもっても、メイクがもたないのよ」


「そっちに困ってたんですか?」


 アルフレッドは思わずそう尋ねていた。化粧をしないこともあって、悩みにまったく共感できない。


「それならクリスも鎧を着たらいい」


 そう言ってゲイルが自身の兜を示すと、「大げさ過ぎるでしょ」とリリアは呆れ顔をするのだった。



          ◇◇◇



 クリスとゲイルも加わって、アルフレッドたちは四人で事務室へと向かう。


 話題はクリス班の訓練の話から、リリア班の遺跡調査の話になり、そこからさらに発見した魔導具の話になり……今は何故か果物の話になっていた。


「犬や猫には、ブドウは毒になることがあるそうで――」


 そこまで言いかけたところで、アルフレッドは目を見開いた。


 事務室に入ると、隊員の一人が机に突っ伏していたからである。


「マトさん、大丈夫ですか?」


 心配になって、彼女のそばへ様子を窺いに行く。すると、いつもは健康的な褐色の肌が今日は青ざめていた。


 一方、リリアの反応は、冷静を通り越して冷淡だった。


「どうせ仕事が終わんないだけでしょ」


「終わったから休んでるんだよ」


「へー、珍し」


 マトに抗議されても、リリアの態度は変わらない。感心するというよりも、小馬鹿にするような口調のままだった。


 もっとも、マトはデスクワークが大の苦手で、他の隊員が手伝いや尻拭いをさせられるようなことがしょっちゅうあった。リリアはそのことを根に持っていたのだろう。


 訓練後の水分補給用に、ゲイルはアイスティー入りのグラスを手にしていた。見かねたように、それをマトに差し出す。


「いる?」


「いる」


 しかし、もう手に取る気力も残っていなかったらしい。ゲイルにグラスを持たせたまま、マトはストローを使って中身を吸い上げるのだった。


「全員揃うのは久しぶりね」


「そうだな」


 クリスの言葉に、部屋にいたもう一人が――シルヴィアが頷く。


 平隊員のマトよりも、シルヴィア班の班長かつ第十一部隊の隊長でもある彼女の方が、仕事の量は多かったはずだろう。にもかかわらず、いつも通り凛とした雰囲気を保ったままだった。


 それどころか、隊員たちが勢揃いしたこの状況を見て、シルヴィアは早くも次の判断を下していた。


「それじゃあ、〝竜の巣〟に行くか」

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