1-2 ダンジョンの入り口

 ノヴスオルド合衆国は、世界各国から渡ってきた移民たちによって作られた国である。入植以前(約三百年前)までは、新大陸や新世界という名前で呼ばれていたほどで、旧世界諸国に比べれば今でも歴史の浅い、若い国だと言える。


 ただ、それは言い換えれば、ノヴスオルドはまだしがらみの少ない国だということでもある。そのため、金も権力も持たない人間が、持つ者に成り上がることも決してありえない話ではなかった。


 裸一貫からホテル王までのし上がった彼も、その典型例の一つに数えていいだろう。


「はじめまして。オリバー・オークウッドです」


 想像と全然違う、というのがアルフレッドの正直な感想だった。眼光の鋭いやり手という風でもなければ、醜く肥え太った成金という風でもない。どこにでもいるような、人のよさそうな小太りの中年で、親戚のアンソニーおじさんのことを思い出していたくらいだった。


 そもそも遺跡の調査前に、新しい所有者のオリバーとこうして会うことになったのも、彼の方から申し出があったからだった。「お礼をお伝えしたいので、ご挨拶の機会をいただけませんか?」「近くの街に私の経営するホテルがありますから、是非ご招待させてください」などと熱心に頼み込まれた。それで一行が彼のホテルを訪れると、豪奢な応接室に案内されたのである。


「今回、調査を担当するのは、こちらの二人ということになります」


 隊長のシルヴィアはそう言って、部下たちのことを紹介する。


 軍服に似たデザインの、魔導具統制機構コアトルズの調査部隊の隊服。アルフレッドはその隊服を着崩すことなく、シルヴィアと同等かそれ以上にきっちりと身につけている。


 またリリアも、カジュアルを通り越してセクシャルなくらい露出過多に改造してはいるものの、規定通り羽冠の蛇ケツァルコアトルの紋章は残したままである。


 しかし、むしろそんな隊服姿を見たせいで、オリバーは大きく目を見開いていた。


「……失礼ですが、おいくつですかな?」


「リリア君は今年で十九歳、アルフレッド君は十四歳です」


 この説明に、オリバーは再び目を見開く。


 どうやら彼は驚いていたわけではなかったらしい。こちらのことをよく観察して、仕事を任せるに値するか見定めようとしていたようだ。


「十四歳? それはまた随分お若いですな」


「確かにアルフレッド君は、調査局に入ってまだ一年目と決して経験が豊富だとは言えません。しかし、大学を飛び級で卒業したあと、入局試験をトップの成績で合格したホープです。

 特に魔導具の解析に関しては非凡な才能があるようで、入局後はもちろん大学時代から多くの功績を挙げてきました。なにしろ、あのキリヤ・テンドウ博士が研究局にスカウトしようとしたくらいですからね」


「キリヤ博士が!?」


『エニグマ十二面体』の機能の解析、『ポーション』製造の低コスト化、ゲバル文字の解読、城郭都市テウケリアの発見…… キリヤ・テンドウといえば、古代魔科学文明の研究において、国内どころか世界でもトップに立っているような天才である。


 その天才に見込まれたからには、アルフレッドにも同じくらいの素質があるに違いない。そう判断したようで、オリバーは一瞬で相好を崩していた。


「ただ本人たっての希望で、やはり調査局に配属されることになりました。有益な魔導具の発見に貢献したい、と」


 シルヴィアはそうも続けたが、オリバーの耳にはもはや届いていないようだった。


「それは素晴らしい。若い才能ほど貴重なものはありませんからなぁ」


「いえ、そんなことは」


 二人ともさすがに持ち上げ過ぎだろう。アルフレッドは照れくささを通り越して、居心地の悪さを覚えてしまう。


 その点、リリアは如才なかった。


「でも、才能ならオリバー様だって大したものでしょう。若くしてホテル王になられたくらいなんですから」


「私は単に趣味が高じただけですよ。旅先にこういうホテルがあったらいいな……というのを形にしてきただけです。

 高級ホテルはどこにでもあるような平凡で退屈なものにしない。安ホテルは〝安ホテルの味〟で済む程度の最低限の清潔感を保つ。そんなところですね。若い頃は安ホテルのトイレやベッドにさんざん泣かされましたから」


 この話題に関しても、アルフレッドは単に感心するばかりだったが、リリアはもっと上手く話を合わせていた。


「ああ、新聞か何かで読みましたよ。旅行がお好きなんでしたよね」


「そうですね。その土地土地の料理を食べたり、変わった建物を見たり…… でも、一番は釣りですね」


 それを聞いて、肩書と外見のギャップの謎が一つ解消された。ホテル王というわりに日焼けをしていたのは趣味が原因だったのだ。


「釣りはされますか?」


「いいえ」


「自分もしません」


 リリアもアルフレッドも首を振る。シルヴィアも同じようなことを答える。


 その結果、オリバーは大いに顔をしかめるのだった。


「それはいけませんなぁ。釣りは一度覚えたら一生の趣味にできますよ」


「そういうものですか?」


「もう三十年以上やってる私が言うんだから間違いありませんよ」


 アルフレッドの質問に、オリバーはそう即答する。


「今の時期なら、ブラックバスか、ウォールアイか…… パイクなんかも面白いですねぇ。いや、初心者なら手頃なイエローパーチあたりの方がいいかなぁ」


 遺跡の調査や担当者の能力のことは、もうすっかりどうでもよくなってしまったらしい。その後も、オリバーは延々と釣りの話をするばかりだった。



          ◇◇◇



「ご宿泊されていってはいかかですか?」「お食事だけでもどうですか?」と、オリバーが引き留めようとするのを固辞して、顔合わせは終了となった。


 しかし、彼と別れてからも、その熱っぽい語り口は耳に残ったままだった。


「釣りかー……」


 アルフレッドは思わずそう呟く。


 独り言のつもりだったが、そばにいたリリアには聞こえていたようだった。


「何? アル君、興味湧いたの?」


「ええ」


 アルフレッドには趣味らしい趣味はなかった。強いて言えば読書だが、それも手に取る本の大半は魔導具や遺跡についての学術書だった。そのせいで、「仕事中毒ワーカホリックじゃないの?」とか「他に趣味を見つけた方がいいよ」とか、周囲の人間に――それこそリリアにも――助言されていた。だから、オリバーの話は渡りに船だったのである。


「リリアさんも一緒に始めてみませんか?」


「私はいいよ。魚なんて買った方が安いし」


「釣る楽しさがあるじゃないですか」


「そんなの疲れるだけでしょ」


 そうにべもなく否定されてしまう。てっきりリリアも釣りに関心があるとばかり思っていたから驚きだった。


「オリバーさんとはあんなに盛り上がってたのに」


「あれは媚び売っといただけ」


「えぇ……」


 そういえば、リリアは今朝も「コアトルズを辞めたい」「もっと楽に稼げる仕事をしたい」というようなことをぼやいていた。オリバーと親しくしていたのは、その実現のためのコネ作りに過ぎなかったらしい。


 オリバーは単なる仕事仲間というだけでなく、釣り仲間候補としてアルフレッドたちのことを見ているようだった。しかし、リリアの方は、彼のことをあくまでもホテル王としてしか見ていなかったのだ。


「でも、ホテル王のイメージと違いましたね。気さくというか、庶民的というか」


「分かんないよ。向こうは向こうで、私たちに取り入ろうとしてたのかも」


「そんなことないと思いますけど」


「金持ちなんだから、それくらいの計算はするでしょ」


 農耕や畜産、運輸、医療、防災…… 〝魔導具なくして国家なし〟とまで言われるほど、魔導具は社会のさまざまな分野で役立てられている。当然、その回収や解析を行うコアトルズは、国内で一、二を争うほど重要な組織ということになる。


 だから、たとえ単なる平隊員が相手でも、コネを作っておく意味は大きいだろう。考えてみれば、挨拶をしたいと言い出したのはオリバーの方だった。


 けれど、あの人のよさそうな顔立ちや趣味の話に夢中になる姿を見たあとでは、そんな計算高いことを考えるような人物だとはどうしても思えなかった。


「アル君はちょろいなー。詐欺とか気をつけなよ」


「いや、リリアさんが疑り深いだけでしょう」


 自身が打算的な行動を取っているから、他人もそうだと思い込んでいるだけではないだろうか。しかし、そう主張すると、逆に「アル君がお人よしだから、他人もそうだと思い込んでるだけでしょ」と言い返されてしまうのだった。


 そうして水掛け論をしている内に、時間はどんどん過ぎていった。また、それに伴って、周囲の風景も移り変わっていった。高級ホテルが建てられるような都市部から、人の往来の少ない街道へ。さらに春草の生い茂る草原から、石と砂に覆われた荒野へ……


 アルフレッドたちは、馬に乗って移動している最中だった。


 ただし、普通の馬ではない。飼い葉ねんりょうさえ与えれば、休憩や睡眠なしでも走り続けることができる機械仕掛けの馬、『スティールホース』である。


 オリバーとの顔合わせが済んだあと、アルフレッドたちはずっと、『スティールホース』でを目指していたのだ。


「見えてきたな」


 案内役のシルヴィアがそう報告してきた。


 しかし、彼女が何も言わなくても、すぐにそこが目的地だと気づけただろう。それくらい違和感は大きかった。


 周囲に見られる一枚岩や低山などとは明らかにおもむきが違う。直線的な輪郭に、滑らかな表面と、不自然なまでに形が整い過ぎている。人工物、それも恐ろしく高度な技術によるものだということは明白だろう。


 あれこそが、今回調査を行う遺跡――〝無限迷宮〟だった。

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