コアトルズ:魔導具統制機構

蟹場たらば

第一章 無限迷宮

1-1 新しい任務

 相手に治らない傷を負わせることのできる剣、『ダインスレイヴ』。


 設置すると、一帯の土地における地震の発生が抑制される石、『要石かなめいし』。


 時空間を超越した異次元に物体を保管できるかばん、『マジックバッグ』。


 栽培環境を選ばず、病虫害や連作障害にも強く、さらには生食まで可能な芋、『万能芋』……


 古代魔科学文明の失われた技術ロストテクノロジーによって生み出された、超常的な力を持つ遺物を魔導具といい、


 飢餓や疫病、自然災害、獣害事件等のさまざまな社会問題を解決すべく、魔導具の回収・解析・運用を行う公的機関を〝魔導具統制機構〟――通称〝コアトルズ〟といった。



          ◆◆◆



〝もし『ダインスレイヴ』でついた傷ごと周囲の肉をえぐったらどうなるのか。普通の傷として再生できるようになるのか。それとも再生するのは周囲だけで、『ダインスレイヴ』でついた傷の部分は治らないのか〟


 思い浮かんだ疑問を、アルフレッド・アルバートは羽根ペンを使って書き記す。


 アルフレッドの所属は、遺跡内の探索と魔導具の回収を専門とする、調査局と呼ばれる部局である。発見したものが何なのか鑑定するために、魔導具の外観や機能に関する知識は欠かせない。それで、この日も事務室で、解析専門の研究局の作った論文に目を通していた。


 しかし、読み進める内に、検証が不十分だと感じる部分が出てきてしまった。研究局には再検証をしてもらう必要がありそうだ。


「アル君はもし宝くじが当たったらどうする?」


 唐突にそんな質問をしてきたのは、隣の席のリリア・リーだった。


「買ったんですか?」


「まさか。あんな分の悪いギャンブルやるわけないじゃん」


 リリアは言下に否定する。それどころか、「アル君も買っちゃダメだよ」と忠告までしてきたくらいだった。


〝もし『ダインスレイヴ』で髪を斬ったらどうなるのか。傷が治らなくなるように、髪もそれ以上伸びなくなるのか。それとも斬髪は負傷とは異なるから、その後も通常どおり伸び続けるのか〟


 彼女の黒い髪を見て思いついた疑問を、アルフレッドは新たに書き加える。同時に、本人に対しても質問をする。


「なら、どうしてそんな話を?」


「来る時に見かけたから、ちょっと気になったってだけ」


「はぁ……」


 自分と同じように、リリアも研究局の論文を読んでいた。だから、「代金を払ってから開けると低確率で大金が出てくることがある箱、『宝くじ箱ロトボックス』が国内でも発見された」とか、「持ち主に絶大な幸運をもたらすお守り、『777つ葉のクローバー』に新事実が見つかった」とか、何かしら魔導具に関係する話だという可能性も一応想定していた。けれど、どうやら完全にただの雑談だったようだ。


 とはいえ、相手は年齢的にも経歴的にも先輩だったし、自主的に取りかかっていただけでまだ始業時刻ではなかった。素直に振られた話題に応じることにする。


「そうですね。やっぱり貯金ですかね」


「うわ、出たよ、貯金」


 せっかく話に乗ったのにこの反応である。アルフレッドは思わず眉根を寄せていた。


「いいじゃないですか。将来どうなるか分からないんですから」


「ダメダメ。今の金利じゃあ、銀行に預けるメリットなんてほとんどないんだから。株なり土地なり買って、投資に回した方が絶対にいいって」


「ああ、そういうことですか」


 アルフレッドの正式な所属は、ノヴスオルド合衆国の、魔導具統制機構コアトルズの、調査局の、中央調査部の、第十一部隊の、第三班――通称。つまり、リリアは直属の上司なのである。


 それも新人時代からの関係で、彼女にはずっと「隠そうとしたせいで手遅れになるのが一番まずいから、ミスしちゃった時はすぐ報告してね」「これは瞬間移動用の魔導具の『ワープポータル』だね」「アル君は可愛いね」などと指導を受けてきた。そういう仲だからか、それともアルフレッドがまだ十四歳と若いからか、ときどきこうして私生活についても口出しされることがあったのだ。


「ま、つまんないっていうのもあるけどね。何かこうパーっと使いたいとか思わないの? でっかい豪邸を建てるとか、ブランド物の服や時計を買うとか、女の子を何人もはべらせるとか」


「ボクはそういうのはあんまり……」


「今の子は欲がないなー」


 呆れるような羨ましがるような口調でそうぼやく。リリアの方が年上というだけで、彼女もまだ二十歳はたちにもならないはずなのだが……


 それにリーという姓や黒い髪に表れている通り、リリアはシン人の血を引いているのだという。だからか、顔の彫りが浅くて、年齢以上に若く見える。東洋人の感覚では美女扱いかもしれないが、西洋人からは美少女とも評されそうな容姿をしている。


〝もし『ダインスレイヴ』で髪を斬ったらどうなるのか〟


 先程書いた文章を思い出すと、アルフレッドは〝髪や爪〟に修正した。


「そういうリリアさんは、宝くじが当たったらどうするんですか? やっぱり投資ですか?」


「あとは起業するっていうのもアリかな」


「またコアトルズを辞める話ですか」


 リリアが退職したいと言い出すのは、今日が初めてではなかった。というか、あまりにもしょっちゅう言っているので、もうほとんど口癖のようなものだった。


 どうやら、それくらい彼女は現状に不満があるらしい。


「だって、いくら高給って言っても、所詮は公務員だから限度があるでしょ? それに危険だから、いつまで続けられるか分からないし。もっと楽に稼げる仕事があるならそっちに行くよ」


 アルフレッドはもちろん、リリアも雑談中ずっと論文を読んでいた――コアトルズの仕事をしていた。にもかかわらず、彼女は平然とした顔つきでそう言ってのけたのだった。


「話が盛り上がっているところ悪いが――」


 皮肉っぽい台詞で会話に割って入ってきたのは、班長のリリアよりさらに上、隊長のシルヴィアだった。


「仕事だ」



          ◇◇◇



 大半の女性が見上げるほど背は高く、大半の男性がすくみ上がるほど目つきは険しい。直剣の一種にシンクレアと呼ばれるものがあるが、シルヴィア・シンクレアにはまさに剣を思わせるような鋭さがあった。


 そんな威圧感のある容姿そのままに、彼女は厳然たる態度で任務を告げてくる。


「君たち二人には、いわゆる〝無限迷宮〟の調査をしてもらう」


 説明のために、事務室の一角に集められた隊員たち。その反応は、真っ二つに分かれていた。


「無限……?」リリアは首を傾げる。


「ああ、」アルフレッドはそう頷く。


 先の通り、シルヴィアの容姿や態度にはいかめしさが漂っている。ただ相手が自身の半分ほどの年齢しかないからか、それとも知識量に感心したからか、彼女の口調は柔らかいものになっていた。


「アルフレッド君は知っているようだね」


「確か、西方地区との区境にある遺跡ですよね?」


「その通りだ」


 ノヴスオルド合衆国は、中央と東西南北を合わせた五つの地区によって構成されている。アルフレッドたちの所属は調査部だから、つまり無限迷宮はここ中央地区の西部に位置する遺跡ということになる。


「へー、さすがだねー」とリリアにも感心されたものの、アルフレッドはほとんど喜んでいなかった。知っているからこそ、気になることもあったためである。


「でも、無限迷宮の調査は無期限で延期中だったような……」


「先日、迷宮を含む一帯の土地を、オリバー・オークウッド氏が購入してね。それをきっかけに、調査に着手することになったんだ」


 シルヴィアはまたも固有名詞を挙げたが、今回はリリアも心当たりがあるようだった。


「ああ、ホテル王の」


「そういうことには詳しいな」


 リリアとはまだ年が近い方だからか、あるいは単に呆れてしまったからか。シルヴィアは容赦なく嫌味を浴びせていた。


「それで全調ぜんちょうでいいんですか?」


「今回はとりあえず目調もくちょうだ」


「珍しいですね」


 全調(全域調査)とは、遺跡内のすべての魔導具を回収すること。目調(目的物調査)とは、特定の魔導具のみを回収することを指す用語である。


 目調を行うには、事前の調査や過去の伝承などによって、遺跡内にどんな魔導具が存在するのかが分かっていなければならない。また、社会の発展を促すために、コアトルズは可能なかぎり多くの魔導具を回収することを目標にしている。そのため、リリアの言う通り、目調が命じられることは珍しいのだ。


「アルフレッド君は予想がつくんじゃないか?」


「ええ、無限迷宮といえば、『完全美の女神像』ですよね?」


 シルヴィアとアルフレッドがそうして通じ合う中、リリアだけは「?」ときょとんとした表情を浮かべていた。遺跡だけでなく、そこにある魔導具の名前にも聞き覚えがなかったようだ。


「『美しき尊き女神像』『美を司る美しき女神の美しき像』『石像になった女神』…… 呼び方はさまざまだが、遺跡の中心に美しい――それはもう言葉では言い表せないほど美しい像があると、当時の伝承でうたわれているんだ。氏もその像の価値を見込んで遺跡を購入したようだな」


 判明している唯一の特徴だからだろう。シルヴィアはさんざん『完全美の女神像』の美しさを強調した。


 しかし、リリアはその点にはまったく興味を持たなかったようだった。


「そんなに高く売れそうなものなんですか?」


「分からん。そもそも伝承が残っているだけで、実在するかどうかも怪しいからな」


「だから、あるかどうか私らに調べろと」


「そういうことだ」


 シルヴィアがそう答えると、「分かりました」とリリアもようやく頷く。


 ただ、まだすべてに納得したわけではなかったらしい。


「分かりましたけど、でも無限迷宮って結局何が無限なんですか?」


「これはコアトルズが調査を延期していた理由でもあるんだが……」


 詳しい説明に入る前に、シルヴィアはそう前置きした。いや、続く言葉を考えると、言いよどんだと受け取るべきかもしれない。


「伝承を当て込んで、過去にも何度か民間人が調査を行った例があるが、遺跡から生きて帰ってこられた者は一人もいなかったとされている。外観から言って、遺跡の広さ自体はそう大したものではないにもかかわらず、だ。

 だから、遺跡の内部はどこまでも限り無く迷宮が続いているんじゃないかという噂が生まれて、いつしか無限迷宮と呼ばれるようになったんだ」

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