5.1度目の話し合いタイム③ それぞれの話/昭博といちごとヤマト
続いて話し始めたのは昭博だった。
「次は僕が話そうかな。さっきも言ったとおり、僕は会社でいじめられているよ。君たちくらいの年齢だと理解しにくいかもしれないけどね。大人のいじめは子どものいじめよりもずっと陰湿だよ」
夏風が口を挟んだ。
「でも、会社だったら学校と違ってその気になれば転職できると思うんですけど」
「ははは、そうだねぇ。そのとおりだ。夏風ちゃんみたいな優秀な子なら、そう思うかもしれない。でもねぇ、百社以上不採用でようやく雇ってもらえたんだ。数年も勤めずに退職したら、次は就職がもっと難しくなっちゃうよ」
昭博はため息をつく。その表情は、まさに社会に疲れ切った大人の姿だった。
「何度も死のうと思った。ユグゥラちゃんが言っていただろう? 薬を手に入れたって」
拳太はまさかと気づく。
「ひょっとして、自殺用の薬とか?」
「まあ、そうだね。なかなか飲む勇気がでなかったけど。だから、別にゲームの参加を拒否して殺されてもいいんだけどね。願いが叶うっていうなら、がんばってみようかなって」
「転職をお願いするとか?」
拳太の質問に、昭博は首を横に振った。
「いいや違うよ。ウチの会社の不正を世に知らしめたいんだ」
昭博は説明を続けた。
「ウチの会社は子ども向けの遊具をつくっている。公園のブランコとかだね。でも、安全性チェックに大きな問題がある。子どもたちが怪我しかねない悪質な不正だ。入社して半年で僕はその不正に気がついた。だからそれをなんとかしようと思ったんだ」
夏風が小首をかしげた。
「内部告発ってことかしら?」
「それも考えたよ。でも、部長にばれて、証拠のデータを消されたあげく、僕がいじめられるようになっちゃった」
拳太は思わず叫んだ。
「ひどい。それじゃあ悪いのは会社の方じゃないか」
昭博はふぅっとため息をついて続けた。
「いじめの具体的な内容は言いたくないな」
夏風がたずねた。
「どうしてかしら?」
「大人のいじめは本当に陰湿で悲惨で残酷だ。中学生にならまだしも、小学生に聞かせるような話じゃないよ」
「なるほど。そう言われたら追及はできないわね。これ以上なければ、ヤマトくんかいちごちゃんにお願いしようかしら」
すると、いちごが言った。
「しゃーないわね。それじゃあいちごちゃんの涙々の悲劇を教えてあげるわ」
「アタシね、インフルエンサーなのよ。ヤマトくん意味分かる? インフルエンザじゃないよん」
ヤマトは「うん」とうなずいた。
「分かるよー、SNSとかで有名な人のことでしょ?」
「アタシの場合は動画配信だけどね。『歌ってみた動画』がそこそこバズってるよ」
拳太はあまりそういう方面に詳しくないので確認した。
「えーっと、それってカラオケみたいな動画?」
「ビミョーに違うかな。まあ細かいことはともかく、半年前にコリコちゃんの有名ソングを生配信で歌ったの」
コリコとは今人気の小学生アイドルだ。テレビの歌番組にも出演し、今年の紅白歌合戦出場も噂されているらしい。
「視聴者数も上々だったんだけど、最後にちょっとしくじっちゃって」
夏風が眉をひそめた。
「どうせアホなこと言ったんでしょ?」
「うーん、アタシが言ったってよりも、視聴者から『コリコよりも上手い!』ってコメントが来たのよねぇ。で、うっかり『でしょでしょ! 私の歌に聞き惚れろ』って叫んじゃってさぁ」
拳太の記憶が確かなら『私の歌に聞き惚れろ』はコリコの決めセリフだ。
夏風があきれた表情を浮かべた。
「そりゃ、炎上しても不思議じゃないわね。他人の曲を歌ってみただけなのに、まるでコリコってアイドルより自分の方が上みたいに聞こえるもの」
その時、ヤマトがポンと手をたたいた。
「あー。その話ちょっと聞いたことあるかも。ニュースサイトで見出しだけ見たよ。詳しいことは知らないけど、いちごお姉ちゃんのことだったんだ」
「あっちゃぁ、見ず知らずの3年生にまで知られちゃってたか。そういうわけで、私は現在日本中からいじめられ中ってわけ」
そんないちごに夏風が言った。
「自業自得じゃない」
「それは否定できないわねぇ。生配信した動画はあっというまに無断転載されまくっちゃったよ。ネット上に出回っているし。世界中のコリコファンを敵に回しちゃったわ」
いちごはそこで寂しそうにため息を漏らしてから続けた。
「アタシだってコリコちゃんの大ファンなんだけどね……そうじゃなきゃ歌ってみた動画で選曲しないしさ。ねえ、ユグゥラちゃん。このゲームで勝ったらネット上からアタシの情報を全部消すことってできる?」
「ネット上から消すだけなら可能じゃ。記憶までは不可能じゃがな」
「ありがとう。それだけでも十分だよ」
いちごの話はそれで終わりだった。
残り時間は『11:32』
最年少のヤマトが話す番だ。
だが、彼は話し始めることなく、再びシクシクと泣き始めてしまった。
夏風が困った表情でヤマトに話しかけた。
「あの、ヤマトくん。最後はキミの話を聞きたいんだけど」
「でも、だって、ボク……うぇぇぇーん」
どうやら話をするどころじゃなさそうだ。
そんなヤマトを見て、いちごが言った。
「いじめの原因は泣き虫だから?」
いちごにそう言われても、ヤマトは泣きわめくばかりだ。
拳太はとても見ていられなかった。
(これじゃあ、まるで夏風さんやいちごちゃんが、ヤマトくんをいじめているみたいだ)
拳太は立ち上がってヤマトのそばに歩み寄った。
「ヤマトくん、大丈夫だから。誰もキミがいじめっ子だなんて思ってないよ」
「拳太お兄ちゃん、本当に?」
「もちろんだよ」
拳太がうなずくと、ヤマトは泣きやんだ。
夏風もヤマトの隣に来て、ポケットからハンカチを取り出した。
「しょうがないわね、これでとりあえず涙を拭きなさい」
「ありがとう、夏風お姉ちゃん」
ヤマトは夏風からハンカチを受け取って涙をぬぐった。
拳太は思う。
(ヤマトくんがいじめっ子なんてことはないな)
いちごの言うとおり、いじめなんて年齢に関係なく起きるだろう。
でも、ヤマトがいじめっ子とはどうしても思えない。
ヤマトは夏風にハンカチを返そうとした。
「いらないわよ。ヤマトくんにあげるわ。どうせまた泣き出しそうだし」
夏風はそう言って、自分の席に戻った。
そしてその時、残り時間が『00:00』を示し、同時に校内スピーカーからキーンコーンカンコーンとチャイムが流れた。 
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